放蕩な血

イシュタル

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 朝の光が薄く差し込むベッドの上で、私はまだ夢と現実の境を彷徨っていた。 

「ん……オルガ……ひっ」
 
 目を開けると、クラウドの顔が近すぎて、息が詰まりそうになる。
 彼の碧眼はいつもの冷たさを失い、黒曜のように深く、怒りと焦燥が渦巻いていた。
 普段の整った顔立ちが、今はまるで獣のように歪んで見えた。

「……奴のことは愛していない、と言ったではないか」

 その声は、地獄の底から響くように低く、私の顔が引きつった。
 逃げようとした瞬間、彼が私の手首を掴んで動きを封じた。力は強くないのに、確かな拘束感があった。

「ち、違っ、本当に」

「証明しろ」

「ど、どうやって?」

「君から僕にキスしろ」

「は? それが何で証明になるの?」

「しないのだな? では、フェルゼンに暗殺者を放とう」

 言葉が、部屋の空気を凍らせる。
 私は思わず引き攣った。

「は、何で?!」 

「止めるのか? それは、愛してるということだな?」

「何で?! 止めてないけど!」

「止めないのか?」

「止めないけど……オルガは、何の罪で殺されるの?」

「君の心を奪った罪だ」

 私は呆れてタメ息をついた。
 そんなことで人を殺すなど、彼は本気で言っているのだろうか。
 彼の顔を見上げると、怒りの奥に脆さが見え隠れして、胸がぎゅっと締め付けられる。

「落ち着きなさいよ。そんなことで殺してたら、キリがないじゃない」

「そんなに男が、たくさんいたのか」

「何で、そうなるの?」

 彼は私の胸に顔を擦り付ける。鼻先が私の肌に触れた。
 香水はいつもと同じで、懐かしさと混乱が同居する。
 彼の声が震える。

「頼むから、もう捨てないでくれ。耐えられない」

 その言葉に、私の心は揺れた。
 怒りや憎しみだけでは説明できない、深い依存と恐れ。

 撫でようか、やめようかと迷っていると、突然彼が私の手首を強く掴んだ。
 驚きで身を硬くすると、彼は私の指をそっと口に含み、舌で指先を舐めた。

 おしゃぶり? 幼児退行? どうすればいいの?

 困惑していると、彼はそのまま私の唇に顔を寄せた。
 彼の唇は温かく、少し荒々しく、しかしどこか必死だった。

 何で、今の流れでキスされるのか?
 ──わからない。
 どうすればいいの?

 驚きで、拒絶の言葉も態度も出てこない。
 混乱の中で、彼の胸の鼓動が伝わってくるだけだった。


 朝の光が、レースのカーテン越しに差し込んでいた。  
 私はぼんやりと目を開け、天蓋の揺れる影を見つめる。

「おはよう、立てる?」

 クラウドの声が、優しく響いた。  
 私は思わず目を見開く。 
 まるで昔の彼に戻ったような……婚約時代の、私にだけ見せていた柔らかな笑顔だった。

 私は顔を赤らめて、そっと首を振った。  
 さっきのことを思い出すと、胸がざわつく。  
 キスされているうちに、彼の手が私の体を這ったかと思うと、あっという間に意識が遠のいていた。  
 一線は超えていない。  
 でも、心も体も、まだふわふわしている。
 放蕩な血だけあって、経験値の高さを見せ付けられた。

「じゃあ今日は、ずっとベッドの中で過ごそうか」

 彼はそう言って、また私の額にキスを落とした。  
 その甘さに、侍女たちはそっと扉を閉めて出ていった。  

 クラウドは私の髪を梳かし、朝食を食べさせてくれた。  
 私は、ただ困惑するばかりだった。

 そして彼の腕に抱えられ、王妃の部屋から続く夫婦の寝室へと運ばれる。

 彼は書類を持ってこさせ、私の頭を自分の膝に乗せて政務を始めた。  
 私は身を起こそうとしたが、彼の手がそっと肩を押さえる。

「あ、あの……」

「心配しなくても、王妃とは白い結婚で、この寝室を使ったことはないよ」

 そういうことではないんだけど……。  
 言いかけた私に、彼は微笑んで続けた。

「ここは君と使うと、婚約した時からずっと決めていた。夢を叶えてくれて、ありがとう」

 そう言って、私の頭を撫でた。  
 手のひらは温かくて、優しくて、うっかり絆されそう。

 ──いやいや! 何で、いきなりこうなったの?

 私は、そっと口を開いた。

「あの……私、ちょっと……」

「うん?」

「状況が……よく、わからなくてですね……」

「うん」

「し、しばらく、頭の中が整理されるまで、1人になりたいんですが」

「いいよ。20分、向こうの部屋で休んでおいて」

「20分じゃなくて、2ヶ月くらい」

「却下」

 その瞬間、柔和な笑みが、美しい顔から去った。

「どうせ、僕から離れる計画立てるに決まってる」

「逃げられることをしなければ、良かったのでは?」

「う……」

 彼は言葉に詰まり、私は静かに続けた。

「私は陛下と結婚すると思って育ちましたし、婚約破棄するまでそう思ってました。  
 そして、それは終わったことなのに……あなたが勝手に掘り起こしてるのです」

「終わってない。終わったことなどない」

 その言葉とともに、彼は私をそっと押し倒し、また唇を重ねてきた。  
 深く、長く、まるで何かを確かめるように。  
 その手が私の背を撫で、熱がじわじわと広がっていく。

 私は、また抗う間もなく、全身の力が抜けていった。

 ──まずいわ。  
 まずい。  

 その後も1人になろうとするたび、こうして強引に甘さで包まれて、思考を止められる。  
 もしかして……体から絆そうとしてる? よね……?


 お手洗いに立つふりをして、私はローリエを呼んだ。
 まだ足の悪い私は、移動に介助が必要なので不自然ではない。  
 王妃の部屋の奥、香炉の煙がゆらゆらと揺れる控えの間。  
 扉を閉めると、私はすぐに小声で切り出した。

「……どうやって逃げればいい?」

 ローリエは眉ひとつ動かさず、静かに答えた。

「逃げるから追ってくるのです」

「え?」

 思わず聞き返すと、彼女は涼しい顔で続けた。

「逆に、グイグイいけば萎えるのでは?」

「……グイグイ? 例えば?」

「自分からキスしたり、甘えたり、褒めたり」

「できるわけないじゃない!」

 思わず声が裏返る。  
 けれどローリエは、まるで子供に言い聞かせるように淡々と続けた。

「シンシア様は、どうすれば怒りが収まるのです?  
 毎日懺悔させて気が済むなら、させるべきです。  
 今の陛下なら、床で寝ろと命じれば寝ますよ」

 私は言葉を失った。  
 どうすれば許せるかなんて、考えたこともなかった。  
 何と引き換えに許す?  
 いえ、許せない。  
 でも、出られない以上、許すしかないの?

 ──いや、違う。  
 そもそも「何でも言うことを聞く」と言っておきながら、私を部屋から出してくれないのがおかしい。  
 亡命? ……無理ね。次は、さすがに実家も無事では済まない。

 なら、逆手に取るしかない。  
 出られないのなら、いっそ嫌われるほど我が儘と悪行を重ねてやればいい。  
 そう、私がされたことを、彼に追体験させるのだ。

 何をすればクラウドは、苦しむだろう?

 1、政務を妨げる? ……だめ。国民に迷惑がかかる。  
 2、性を発散できなくする? ……これは効きそう。放蕩な血だもの。  
 3、床で寝かせる? ……むしろ牢屋に閉じ込めてもいいかも。

 私のされたことを、そっくりそのまま返してあげればいい。

 夫婦の寝室に戻ると、側近が控えていた。

「そろそろ、教会に出発する時間です」

 クラウドは私の様子を見て、金の眉をひそめた。

「シンシアがグッタリしているのだ。今度にしよう」

「いいえ、行きます。ローリエ、支度を手伝って」

 私はきっぱりと言い、ローリエとともに王妃の部屋へ踵を返した。  
 扉を閉めると、私は彼女の耳元に顔を寄せ、いくつかの案を囁いた。

 ローリエは一瞬、緑の目を見開いたが、すぐに口元を引き締めた。

「シンシア様……」

「やっぱ、やりすぎ?」

「いいえ、天才です」

 その言葉に、私は小さく笑った。  
 水面は静かでも、底では確かに波が立ち始めていた。


 教会の空気は、ひんやりと澄んでいた。  
 高い天井から差し込む光が、ステンドグラスを通して床に色とりどりの影を落とす。  
 私は正装したクラウドと並んで膝をつき、静かに祈りを捧げた。  

 長い白髪を1つに束ねた司祭が、近づいてきて柔らかく問いかける。

「お祓いを受けたいとか?」

 クラウドが、すぐに答えた。

「僕はいい。彼女だけ」

「……私だけですか?」

 思わず聞き返すと、彼は少し目を伏せて、短く答えた。

「ああ」

 ……何だろう。  
 祓われるべきは、むしろ彼の方じゃないの?

 お祓いの儀式があっという間に終わり、私はそっと立ち上がった。  
 そして、司祭に向き直る。

「実は、お願いがありまして」

「はい、何でしょう?」

「陛下は、私の言うこと何でも聞く。何でもすると言いましたね?」

 隣で白いジャケットの王が、身じろぎする。

「……何のつもりだ?」

「言いましたね?」

「……条件付きで」

「その条件は、私が離れないことだけでいいですか?」

 碧眼が細くなる。

「……何を考えてる?」

「1日1回までですか? それとも、私が過去のことを許す条件で、回数無制限にしますか?」

 彼は立ち上がり、声を低くした。

「場所を変えて話し合おう」

「いいえ。ここでなければ嫌なのです」

 クラウドは、息を吐いて座り直す。

「……許すだけでは足りない。愛して欲しい」

 私は微笑んで、懐から1枚の紙を取り出した。  
 クラウドの眉がぴくりと動く。

「こちらの契約書にサインして頂ければ、善処いたします」

「なに?」

 彼が手に取った紙には、こう書かれていた。


〈契約書〉

- シンシアが何をしても、本人およびその身内を永久に罰しないこと  
- 今後3年間、王はシンシアの言うことは何でも聞くこと(ただし国政は除く)  
そして、それに回数制限は設けない
- 契約期間中、シンシアが王宮を去ることはない  
- 3年経過後、シンシアはクラウドから受けた過去の仕打ちを全て水に流す  
- クラウドが契約を破った場合、シンシアを妾から解放し、今後一切関与しないこと



 クラウドは紙を見つめたまま、言葉を失っていた。  
 私は静かに、最後の一手を打つ。

「契約が満了すれば、愛する努力をしましょう」

 答えないクラウドを見限り、司祭に向き直った。

「司祭様、実は私は監禁されているのです。  
 陛下がサインしないなら、こちらで保護していただけませんか?」

 司祭は目を見開き、すぐに頷いた。

「それは……もちろん! 事情をお聞きし、必要であればそのようにいたします」

「なっ……シンシアめ!」

 クラウドが声を荒げる。  

「やはり、反省していないようですね。
 では、司祭様。今までのことを、お話します。  
 別室で聞いていただけますか?
 さようなら、陛下。私はこのまま修道女になります」

「こちらへどうぞ」

 司祭が私を導こうとしたその時、クラウドが声を上げた。

「ま、待った! わかった……わかったから!」

 彼は渋々契約書にサインし、私に差し出した。  
 私は、それを司祭に手渡す。

「では、司祭様。こちらを教会で保管していただけますか?」

「もちろんです。責任を持って、お預かりいたします」

「ああ、ありがとうございます! 司祭に、お願いして良かった」

 クラウドは、まるで苦虫を噛み潰したような顔で、黙って拳を握っていた。  


 王のリビングは、昼の光を取り込む高い窓と深いベルベットのソファ、壁に掛けられた家紋のタペストリーで威厳を保っている。
 暖炉の火は静かに揺れ、室内には古い紙と革の匂いが混じっていた。

「まず、"今後は妾も側室も新たに迎えず、後宮に女人は入れない"と、公布してください」

 聖騎士を率いて王宮へ戻った私は、淡々と告げる。

「そんなことでいいのか?」

 彼は驚いたように金の眉を上げる。
 放蕩な彼から後宮を取り上げるのは、かなりの痛手なはず。
 それが"そんなこと"とは?

「君と婚約破棄する2ヶ月前まで、君しか見てなかったろ」

 その言葉に私は一瞬、言葉を失う。
 確かに、あの頃の彼は私だけを見ていた。
 
「それは……でも、他の女性を侍らす前と今では、辛さが違うはず」

「まあいい。……この内容を公布してくれ」

 クラウドは紙に、私の言葉をサラサラと書き留め、使用人に渡した。

「次は? もう無いのか? なんだ、他愛ない」

 彼の声は軽く、笑みを含んでいるように聞こえた。

「ありますわ。私以外の愛妾を、公開処刑してください」

 言葉を放った瞬間、部屋の空気が一瞬凍った。
 クラウドの顔が強張る。

「罪状は不敬罪です。場所は中央広場。私は、あなたの隣に座ります。王妃は不参加で」

「……投獄にして貰えないか」

「なら斬首でなく、鞭打ちで構いません。打つのは陛下です」

 私は冷ややかに言い放つ。
 彼の碧眼が揺れる。

「僕が女性に手をあげられない、と知ってて言ってるんだな?」

「はい」

「悪いのは僕だから、僕を打ってくれ」

 クラウドの声は震えている。
 ──そう、彼が悪いのだ。
 下級使用人部屋のような場所に、私を押し込め冷遇した。
 それは、愛妾たちに「シンシアを攻撃しろ」と命じたのも同然である。

「確かに陛下が悪いのですが、彼女らも無罪ではありません。  
 彼女らは平民にも関わらず、陛下の寵愛を盾に、元準王族である私に危害を加えられることを喜んでいました。ですから相応の罰は必要です。  
 そもそも陛下は、あの商売女達を抱いて虚しいから私に執着するのです。どちらにせよ、もう不要です」

 クラウドは言葉を失い、やがて低く呟いた。

「……償いの機会を与え、拒否すれば僕の手で斬る」

「陛下には斬れません」

「はあ……山奥に幽閉して、2度と出られなくする。それで許して貰えないか」

「私が全て手配します」

「わかった」

 私はローリエに、実家から使用人と騎士を呼ぶように頼んだ。
 ローリエは無言で頷き、すぐに動き出す。
 クラウドは、ぐったりと椅子にもたれた。
 ──わかってない。
 こんなことは、私が言う前にクラウドがやるべきことだった。

「陛下、移動しますわよ」

 まだまだ終わりじゃないのよ。

「え?」

 私たちは、城の地下へと向かった。
 石造りの通路は冷たく、湿った空気が肌を刺す。
 地下牢の鉄格子が見えると、私は静かに言った。

「では今から、私が投獄されていたのと同じ期間、ここで生活して頂きます。
 もちろん公務の時は出してあげますが、執務もここでしてください」

 側近たちが口々に抗議を始める。
 だが私は契約書の写しを取り出し、彼らに見せて一喝した。

 クラウドは格子の向こうに入れられ、小さく見える。
 私は格子越しに彼を見下ろし、あえて柔らかい声で言った。

「……あら、悪くありませんわ。母性本能が刺激されて、思わず抱き締めたくなります」

 その言葉に、クラウドの美しい顔がぱっと輝いた。
 側近たちが、呆れたように顔を見合わせる。

「でも、まだ抱き締めてあげませんわ」

 彼の期待は萎み、がっかりした表情が浮かぶ。
 私は続ける。

「それより。王所有の土地建物を自由に使う許可と、予算をください」

「好きにしていい」

 クラウドは短く答えた。
 側近が慌てて声を上げる。

「陛下!」

「ありがとうございます。
 あ、それから私の行動を報告させるのを止めてください」

 クラウドの顔が強張る。

「この場で命じてください。王命です。
『何人たりとも、シンシアの行動を王に報告してはいけない』と」

 クラウドはしばらく沈黙した後、重い声で言った。

「……シンシアの言う通りに」

 側近たちが床にへたり込む。
 自分たちの王が、愛を求めるばかりに奴隷に成り果てたからだ。

「心配なさらずとも、国政に関しては契約外です。私は、むしろ国を発展させたいのです。国民に被害は、与えません」

 側近たちの視線が私に集まる。
 私は、さらに付け加えた。

「ああ、そうそう。
 公妾とご子息は、陛下の領地に行っていただいて構いませんか」

「全て任せる」

 クラウドの声は、どこか諦め混じりだ。

「では、処置がありますので。これで」

 彼の顔には、まだ期待と不安が混ざっている。私は、その表情を胸に刻み、静かに地下牢を後にした。



 キングベッドの上は、昼の光を受けて華やかだった。絹のシーツに散る影、男たちの肌の艶、そして私の笑い声が混ざり合っている。
 彼らは皆、顔立ちが整っていて、それぞれに異なる魅力を放っていた。
 彫りの深い顔、柔らかな頬、切れ長の目、ふっくらとした唇──18いる後宮の住人たちだ。

「シンシア!」

 扉が勢いよく開いた。
 クラウドは、怒りの形相で踏み込んできた。額に皺を寄せ、青い瞳は燃えるように赤みを帯びている。
 王の威厳と、男としての嫉妬が混ざった顔だ。

「いけませんわ、陛下。公務以外、牢から出てはなりません」

 私はベッドの上で軽く身を起こし、涼やかに言った。
 ガウンの裾がひらりと揺れる。
 周囲の男たちは一斉に静まり、私の言葉に視線を集める。彼らの表情は、好奇と期待が混じっている。

「ふざけるな! 不貞しておいて! これは、なんだ?! 僕への当て付けか!」

 クラウドは拳を握りしめ、声を荒げる。
 だが私は冷静に、男達を指し示す。

「その通りですわ。人数を、ご覧になって。
 これは私が後宮入りした時に、陛下が囲っていた妾達+婚約者時代に私の前で堂々と不貞した相手の数を、合わせたのと同じなのです」

 彼の顔が、愕然とするのが見えた。
 驚きと、理解の齟齬が混ざった表情だ。

「後宮に宛がった私の部屋に初めて来た時、陛下はお尋ねになりましたね。
『性的な特技は何か?』と。
『無い』と、答えた私に『つまらない』と言いました。

 私も、そう思うのです。
 いつまた娼婦になるかもわからないので、特技があった方がいいだろうと。

 なので、遊び人で有名な殿方を集めたのですよ。
 色々な経験をなさっているでしょうから、教えていただきたくて」

 言葉は穏やかだが、刃のように鋭い。
 クラウドは、言葉を探すように口を開け、閉じる。

「……違う……違う。あれは……本音は違う。君の経験値を……誰にも仕込まれてないのを、確認したかったんだ」

「『つまらない』と仰ったでしょう」

「違う! 本当は嬉しかった!
 僕より、ずっと格下の男1人しか知らないなら勝ち目は十分あると。
 その事を知られたくなかった!」

 彼の声は震え、言い訳が先走る。

「汚い本音だから?」

「そうだ」

 私はため息をつき、ベッド脇に置かれたドレッサーから軽く服を手に取る。
 クラウドの視線が、私の身体に釘付けだ。

「ならその後、メリンダとの逢瀬を見せた上で挨拶させたのも、本音を隠すためですか?」

 彼は言葉を詰まらせる。
 空気が張り詰める。

「はあ……そうね。
 ここでは、あなたが“私の愛人”としては1番格下なので、先輩達に挨拶を」

 その言葉で、クラウドの顔が真っ赤になる。
 彼は何か言い返そうとしたが、言葉が出ない。
 私は静かに服を整え、立ち上がる。

「だって、あなたとは最後までしてないじゃない。
 王妃も謁見の間で仰ったでしょう。私のことを『たかが妾、それもお手付きでない』と。

 私の体どころか愛すら得られない貴方は、この中で1番ランクの低い愛人です。
 ──さあ、挨拶を。
 これは契約に基づく発言です。出来ないなら契約終了として、私は正式に、ここから去ります」

 クラウドは黙ったまま、唇を噛んでいる。
 彼の胸の内で、何かが揺れているのが見える。
 男たちの間に、ざわめきが広がる。
 誰かが低く笑い、誰かが視線を逸らす。

 私は背筋を伸ばして部屋を出た。
 廊下の空気は冷たく、石畳の感触が足裏に伝わる。
 2ヶ月前、窓から飛び降りて骨折した足はすでに完治している。
 新しい出発の準備は万全だ。

 ──やっと終わった!



 王妃の部屋は、もう私のものではなかった。  
 使用人たちに私物をまとめさせた後、静かに廊下を歩いていた。  
 窓から差し込む早春の光が、床の大理石に長い影を落としている。  

 廊下の一角で、クラウドが数人の貴族と談笑しているのが見えた。
 彼らは上質な外套を羽織り、大振りの指輪を光らせている。
 後宮でクラウドと顔を合わせてから、まだ4時間しか経っていない。  
 引きこもっているかと思えば、貴族たちと談笑していた。  
 まるで何事もなかったかのように。

 私は軽く会釈して通り過ぎた。  
 彼は何も言わなかった。  
 私の存在を見なかったふりをするように。

 馬車の前に立ち、乗り込もうとしたそのときだった。  
 ──突然、腕を掴まれた。

「なっ……!」

 振り返ると、クラウドがいた。  
 目は血走り、口元は引き結ばれている。

「いいのか?」

「何が?」

「これから侯爵令嬢として息子を探すのと、僕が見つけるのと、どちらが早い?」

 その言葉に、私は息を呑んだ。

「っ……脅すの?」

「君だって、僕の心を利用したろ。普通なら死罪だ」

「なっ……何を望むの、私に」

「今は……顔も見たくない」

「は?」

「許せない。あり得ない。僕がフェルゼンに嫉妬してきたの、知ってて……」

「み、見たくないなら離して」

「でもここで離したら、君は他国に嫁ぐか何かする気だろう」

 ギクッとした。  
 その一瞬の反応を、彼は見逃さなかった。

「やっぱり! 君を手放して後悔するのは、もう嫌なんだ! だから離さない!」

 そのまま、私は肩に担がれた。  
 抵抗する間もなく、王宮に戻される。


 使用人の仕置き部屋に連れて来られ、私はベッドに降ろされた。
 部屋は簡素で、木の床に粗末な布が敷かれている。
 ここは普段、問題のある使用人を閉じ込めるための場所だ。
 以前、窓から逃げようとした時も、ここに閉じ込められた。
 私は、その冷たい空気に身をすくめた。

「はあ……あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!」

 クラウドはベッドの縁に座り込み、頭を抱えて同じ言葉を繰り返している。
 額に汗がにじみ、青い瞳は血走っていた。

「おち、落ち着いて」

「落ち着けるか! くそっ……もういい、僕のものにする!」

 彼がのし掛かってくる。  
 私は冷静に、告げた。

「私、お風呂入ってない」

「そんなのどうでも……はっ!」

「そうそう。さっき男たちと戯れて、そのまま。
 彼らの手垢と匂いが、ベットリついてる」

「あああああああああああああっ!!」

 彼の叫びが部屋に響く。  
 私は淡々と続けた。

「あなたも散々、私の前で戯れたでしょ。
 バーバラ夫人、ベルガモット夫人、キレーネ夫人、ヨークシャ夫人、ロッペア夫人、それから名前のわからない娼婦2人、それから──」

 クラウドが私の口を塞いだ。

「き、君の狙いどおり、顔が暑かったのが……今度は背筋が寒くなった」

「それは良かった」

 私は彼の手を払い、ベッドから立ち上がる。

「ど、どこへ行く」

「とりあえず、別館の客室に」

「……ダメだ」

「顔も見たくないんでしょ?」

「見たくないが……見えないと不安なんだ」

 泣きそうな顔で言う。
 ……これはもう、入院させた方がいいかもしれない。  
 私は心の中で、ため息をついた。

「とりあえず、王妃の部屋で湯あみします」

「……やむを得ない」

 なんだ? “やむを得ない”って?  
 まるで私が何か、とんでもない要求をしたみたいじゃない。  

 私は無言で踵を返し、扉を開けた。  
 背後で、クラウドが小さく呻いたのが聞こえた。  
 その声に、ほんの少笑いそうになった。


 湯気が立ちこめる浴室は、白い大理石と金の装飾が織りなす静謐な空間だった。  
 壁には藤の花を模した彫刻が施され、湯船の縁には香草の束が浮かんでいる。  
 私はメイドに背中を流してもらいながら、ようやく落ち着いた時間を取り戻していた。

 そのとき──

「シンシア!」

 扉が乱暴に開かれ、クラウドがずかずかと入ってきた。  
 メイドたちが一斉に悲鳴を上げ、慌ててタオルを手に逃げ出す。

「ちょっと、何して──きゃっ!」

 私は湯船の中で身を縮めたが、クラウドはお構いなしに膝をつき、桶を手に取った。  
 そして、私の肩を掴むと、容赦なくゴシゴシと洗い始めた。

「っ、痛い!」

「しっかり洗わないと汚いだろ」

「私が汚いなら、あなたなんか病原菌の集合体じゃないの」

 その言葉に、クラウドの手が止まった。  
 湯気の中で、彼の表情が曇るのがわかった。  
 しばらく沈黙が流れた後、彼の手付きがふと優しくなる。  
 泡をすくう指先が、まるで壊れ物を扱うように繊細だった。

「……君が僕の浮気に傷付くのは、僕を好きだからじゃないか?」

「はあ?」

「傷が深いから、やり返したいのだろう?」

「そうね。まだ1/10も終わってないわ」

 私が冷たく言い放つと、彼は小さく息を呑んだ。  
 そして、ミストの中で膝を抱えるようにして、ぽつりと呟いた。

「……言うこと聞くから、不貞だけはやめてくれないか。壊れそうなんだ」

 私は彼を見下ろし、少し考えてから言った。

「1週間、断食して冷水に浸かったら、やめてあげてもいい」

 彼は碧眼を見開いたが、すぐに頷いた。

「……わかった。何でもするよ。頼むから、他の男に触れさせるのだけはやめて」


 湯上がりの私は、王妃の部屋のソファに座っていた。  
 クラウドが背後から私を抱き締め、頬を私の肩に寄せている。  
 彼の髪はまだ湿っていて、私の首筋にひんやりとした感触を残した。

「仕事は?」

 私が問いかけると、彼は小さく笑った。

「君は賢いよ。王命で君の行動報告を禁止にしたら、僕が見張ってる以外ない」

「仕事しなくちゃ」

「仕事できるメンタルじゃない」

「……王でしょ?」

「君を縛っておくための地位だ。君がいないなら、王でいる意味なんかない」

 その言葉に、私はため息をついた。  
 この人は、どこまで本気で、どこまで子供なのか。

「……はあ、わかった。私が書類捌くから、あなたは印だけ捺(お)しなさい」

 彼は嬉しそうに頷いた。  
 私は彼の腕の中で、少しだけ力を抜いた。  
 けれど、心の奥ではまだ、波が静まる気配はなかった。  
 このままでは終われない。  
 けれど、今は──湯気の余韻に包まれながら、少しだけ休んであげてもいいかもしれない。


 蝋燭の灯りが、天蓋の布を揺らすように照らしていた。  
 私はネグリジェ姿のまま、ベッドの上で書類を捌いていた。膝の上に広げた帳簿と、インクの匂い。
 静かな夜の空気に、ペン先の音だけが響いていた。

 そのとき、クラウドがベッドの端でメソメソと泣き始めた。  
 顔を伏せ、肩を震わせている。

「……どうしたの?」

 私が問いかけると、彼はかすれた声で答えた。

「わからない……心が、ぐちゃぐちゃなんだ」

 私はため息をつき、ペンを置いた。

「……こっちへ来て」

 彼は素直に私の前に跪き、私の膝に額を預けた。  
 私はその金髪を、そっと撫でる。  
 まるで壊れそうな子どもをあやすように。

「眠たくなってきた……」

 私は机の上の書類を片付け、うとうとする彼の手を引いてベッドへと促した。

「今日は、もう寝ましょう」

「……牢屋に戻らなくていいのか」

「……戻らなくていいわ」

 本音は戻って欲しいけど、可哀想で言えなかった。


「ん……おはよう……クラウド」

 朝の光りに目を開けると、彼の顔がすぐそこにあった。  
 唇が触れ、優しいキスが落ちる。  
 けれどその唇が下へと滑りかけた瞬間、彼はふと動きを止めた。  
 そして、何も言わずにベッドを出て行った。

 私はぼんやりと天井を見つめ、やがて鏡の前に立った。  
 首筋に、赤く残る痕──後宮で男達がつけたキスマーク。

 続き扉をそっと開けて王の部屋を覗くと、もうクラウドの姿はなかった。  
「朝食も摂らず、すでに執務室へ向かった」
と、メイドが教えてくれた。


 私は静かにベッドに潜り込んだ。  
 しばらくして、クラウドが部屋に入ってくる。

「今まで仕事してたの?」

「……ああ」

 やっぱり、怒ってるのね。  
 キスマークを見ても、何も言わなかったけど。

「私、寝るけど……何かして欲しいことある?」

 その言葉に、彼がパッと顔を上げた。  
 そして、いそいそとベッドに入ってくる。

「撫でて欲しい?」

 彼がコクンと頷く。  
 私はため息をつきながらも、金の髪を撫でてやった。  
 全て彼の自業自得なのに──どうして、こうも弱いところを見せられると、情が湧いてしまうのか。

 すると、彼が私の撫でていない方の手を取って、指をそっと口に含んだ。

 また幼児退行……?

 私は目を伏せる。  
 この後、なぜかキスしてくるのよね──そう思ったけれど。
 その夜は、キスもなく、ただ静かに彼は眠りについた。


 目を覚ますと、隣に彼の姿はなかった。  
 シーツはまだ少し温かく、彼がついさっきまでいたことを物語っていた。

「……クラウド?」

 返事はない。  
 私はメイドを呼び、彼の居場所を尋ねた。

「陛下は、すでに執務室へ向かわれました」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわめいた。  
 何かが、すれ違っている。  
 何かが、崩れかけている。

 私は窓辺に立ち、朝の光を浴びながら、そっと胸に手を当てた。  
 このざわめきは、怒り? 不安? それとも──期待?

 答えはまだ、水面の底に沈んだままだった。



 クラウドが部屋に来なくなって3日目。
 私は机に向かいながらも、何度も扉の方を振り返っていた。
 けれど、あの足音は1度も響かない。

 そんなとき、ローリエが静かに部屋へ入ってきた。
 表情は、いつになく険しい。

「陛下が、お倒れになりました」

「え、どうしたの?」

「……栄養失調です」

「はい?」

 この国で1番、食に困らないはずの人が……。

「5日前から断食してるそうで」

「5……あっ!」

 思い出した。
 後宮で不貞した後、浴室で私が言った。
「1週間断食して冷水に浸かったら、浮気やめてあげてもいい」

 ──と。

「……あー……私のせいだ、それ」

 彼の元へ駆け出そうとしたが、ローリエが腕を広げてブロック。

「接触は禁止されてます。陛下の命令です」

「でも……!」

 私は唇を噛み、しばらく黙った。
 そして、机に向かい、手紙を書いた。

 ──死なないで。
 私は、あなたに生きていてほしい。
 許すかどうかは、まだわからないけれど、死なれるのは違う。

 それから、新しい契約書も添えた。
 "浮気はしない"こと。
 "命に関わる命令は、拒否してもよい"ことを、以前の内容に追加した。
 2通作り、彼の分の署名欄を空けたまま、ローリエに託した。


 しばらくして、ローリエが戻ってきた。
 手には、サインの入った契約書。
 私は胸を撫で下ろした。

「ありがとう」

 けれど、ローリエの表情は曇ったままだった。

「あの……断食は続けるそうです」

「え?」

「シンシア様に『心から許してもらうには、痛みを追体験するしかない』と……」

 私は言葉を失った。
 その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


 ───ガシャン!

 夜の静寂を破って、窓ガラスが砕け散る。
 私はハンマーを放り捨て、医療室に侵入した。
 医者や側近たちが驚きの声を上げる中、私はベッドに駆け寄った。

「クラウド!」

 彼は虚ろな目で横たわったまま、ぼそりと呟いた。

「……接近禁止したろ。窓を割ったのか」

「口移しで食べさせてあげる」

 私は持ってきたパンケーキを咥え、彼に近づいた。
 彼の碧眼が見開かれる。

「いま断ったら、一生してあげない」

 これなら食べるだろうと思ったのに、返事がない。

「嫌なの?」

「嫌なわけあるか。
 ……だけど、君が味わった苦しみを全部、追体験しないと、君は僕を許せないだろ」

「5日も断食すれば充分じゃない。まだしたいなら、牢屋で暮らしなさいよ。3ヶ月、残ってるから」

「ここで、やめるわけにいかない」

「本当に強情ね!」

「……君と同じだ」

 私は息を詰めた。

「……もう好きにして。呆れた。
 あなた王なのだから、いま死んだら国が混乱するって知ってるのに」

 私は契約書を手に取り、暖炉へ向かった。
 火の中に丸めた紙を投げ入れる。
 炎がぱちりと音を立てて、紙を飲み込んだ。

「私、このまま亡命するから」

 そう言い残して、部屋を出た。
 扉の向こうで、クラウドの声は聞こえなかった。




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