冷遇された入り婿は後悔する──10年後の再会と精算──

星森 永羽

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元妻視点/元カレとの再会

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 リックを見送って、扉が閉まる音を聞いたあと、私はキッチンに向かった。  
 朝の光が差し込む窓辺に、果実のかごが並んでいる。  
 今日は、ジャムを作ると決めていた。

 リックは甘いものを、ほとんど食べない。 
 けれど、紅茶に少しだけジャムを落とす。  
 それを知ってから、私はいろいろな果物で試してみるようになった。

 私は貴族だったから、料理なんて、ほとんどしたことがなかった。  
 けれど、今は違う。  
 助けてくれた彼のために、私にできることをしたいと思っている。

 果実を刻み、鍋に砂糖を入れ、火をつける。  
 甘い香りが立ちのぼる。  
 その香りに包まれていると、少しだけ心が落ち着く。

 そこへ、使用人がやってきた。

「ルーカン・ソーンクロフト男爵という方が訪ねてきましたが」

 その名を聞いた瞬間、手にしていた木べらを落としそうになった。  
 忘れるはずがない。  
 10年も、交際していたのだから。



 狭いリビングに、彼は居心地悪そうに座っていた。  
 けれど、私の顔を見ると、喜びと悲しみを混ぜたような表情を浮かべた。

 そして、彼の口から告げられたのは──リックの正体だった。

 エドリック・アッシュコーム侯爵。  
 私の、元夫。

 頭が真っ白になった。  
 あの人が……?  
 あの優しいリックが……?

 狼狽える私に、ルーカンは言った。

「幸せの絶頂で突き落とすつもりだ。いつか、僕らがしたみたいに、監禁するんじゃないか」

 その言葉に、胸がざわついた。  
 優しい彼と、かつての婚約者時代に放蕩を繰り返し、暴言を吐いた彼が、ないまぜになっていく。

 どちらが本当の彼なのか。  
 それとも、どちらも本当なのか。

 考えがまとまらないまま、私は家を出ることになった。  
 ルーカンが、私を心配してくれていたのが、嬉しかったのかもしれない。



 本国ルカナに戻り、ルーカンの屋敷に落ち着くと、すぐに結婚式の準備が始まった。  
 前は、互いに家を背負う当主だったから、結ばれることは叶わなかった。  
 けれど今、そのしがらみはない。

「年齢的にも、早く子供を作らないといけないから。すぐに式を挙げよう」

 ルーカンはそう言った。  
 私たちは同じ29歳。  
 この国の平均寿命は50歳。  
 出産適齢期は32歳までとされ、それを過ぎると閉経する人も多い。

 焦りは理解できた。  
 私も、もう若くはない。  
 けれど、心が追いついていないのも事実だった。


 急ピッチで準備が進む中、驚いたのはリック──エドリックも招待するという話だった。

「……本当に、呼ぶの?」

 思わず訊ねると、ルーカンは静かに頷いた。

「ケジメだよ。彼も、君にとって大切な人だったんだろう? それに本音を言うかもしれないよ」

 何も言えなかった。  
 彼が私を不幸にしようと計画していたのが、露見したわけではない。  
 なのに、私は突発的に一軒家を出て姿を消した。  
 そのことに、ずっと罪悪感があった。
 やはり最後に会っておいた方が、いいかもしれない。

 だから、招待状は手書きにした。  
 せめて「私は無事」と伝わるよう、念を込めて。  

 書き終えてホッとしたのも束の間、身体に妙な違和感を覚えた。  
 吐き気、胸の張り、微熱、そして遅れている月のもの。

 まさか、と思いながら、こっそり町医者を訪ねた。

 診察の結果は──妊娠。

 呆然とした。  
 明らかに、エドリックの子供だ。

 どうしよう……?





 結婚式の日。  
 久しぶりに、元夫と話した。

 彼は窶れていた。  
 頬がこけ、青い目の下には薄く影が落ちていた。  

 私を……心配してた?  
 まさか。  
 そんなはず、ない。

 妊娠のことは、言わなかった。  
 エドリックにも、ルーカンにも。

 けれど、お腹は少しずつ膨らんできている。



 挙式が終わると、私はすぐにダルシー子爵領へ向かった。  
 ルーカンには「ダルシー元子爵家を支持している有力者を、ソーンクロフト家に引き込む」と言って。

 嘘ではない。  
 けれど、本当の理由は、別にある。

 私は借家に身を寄せ、外出を控えた。  
 寒い季節になってから、ようやく動き始めた。厚手のコートで、お腹を隠せるからだ。

 そして、誰にも知られぬように、ひっそりと出産した。  
 生まれた子は、孤児院に預けた。  
 元は私の領地で、かつて慈善活動に力を入れていた場所。  
 だから、好意的に受け入れてくれた。



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