11 / 13
元妻視点/元カレとの再会
しおりを挟むリックを見送って、扉が閉まる音を聞いたあと、私はキッチンに向かった。
朝の光が差し込む窓辺に、果実のかごが並んでいる。
今日は、ジャムを作ると決めていた。
リックは甘いものを、ほとんど食べない。
けれど、紅茶に少しだけジャムを落とす。
それを知ってから、私はいろいろな果物で試してみるようになった。
私は貴族だったから、料理なんて、ほとんどしたことがなかった。
けれど、今は違う。
助けてくれた彼のために、私にできることをしたいと思っている。
果実を刻み、鍋に砂糖を入れ、火をつける。
甘い香りが立ちのぼる。
その香りに包まれていると、少しだけ心が落ち着く。
そこへ、使用人がやってきた。
「ルーカン・ソーンクロフト男爵という方が訪ねてきましたが」
その名を聞いた瞬間、手にしていた木べらを落としそうになった。
忘れるはずがない。
10年も、交際していたのだから。
狭いリビングに、彼は居心地悪そうに座っていた。
けれど、私の顔を見ると、喜びと悲しみを混ぜたような表情を浮かべた。
そして、彼の口から告げられたのは──リックの正体だった。
エドリック・アッシュコーム侯爵。
私の、元夫。
頭が真っ白になった。
あの人が……?
あの優しいリックが……?
狼狽える私に、ルーカンは言った。
「幸せの絶頂で突き落とすつもりだ。いつか、僕らがしたみたいに、監禁するんじゃないか」
その言葉に、胸がざわついた。
優しい彼と、かつての婚約者時代に放蕩を繰り返し、暴言を吐いた彼が、ないまぜになっていく。
どちらが本当の彼なのか。
それとも、どちらも本当なのか。
考えがまとまらないまま、私は家を出ることになった。
ルーカンが、私を心配してくれていたのが、嬉しかったのかもしれない。
本国ルカナに戻り、ルーカンの屋敷に落ち着くと、すぐに結婚式の準備が始まった。
前は、互いに家を背負う当主だったから、結ばれることは叶わなかった。
けれど今、そのしがらみはない。
「年齢的にも、早く子供を作らないといけないから。すぐに式を挙げよう」
ルーカンはそう言った。
私たちは同じ29歳。
この国の平均寿命は50歳。
出産適齢期は32歳までとされ、それを過ぎると閉経する人も多い。
焦りは理解できた。
私も、もう若くはない。
けれど、心が追いついていないのも事実だった。
急ピッチで準備が進む中、驚いたのはリック──エドリックも招待するという話だった。
「……本当に、呼ぶの?」
思わず訊ねると、ルーカンは静かに頷いた。
「ケジメだよ。彼も、君にとって大切な人だったんだろう? それに本音を言うかもしれないよ」
何も言えなかった。
彼が私を不幸にしようと計画していたのが、露見したわけではない。
なのに、私は突発的に一軒家を出て姿を消した。
そのことに、ずっと罪悪感があった。
やはり最後に会っておいた方が、いいかもしれない。
だから、招待状は手書きにした。
せめて「私は無事」と伝わるよう、念を込めて。
書き終えてホッとしたのも束の間、身体に妙な違和感を覚えた。
吐き気、胸の張り、微熱、そして遅れている月のもの。
まさか、と思いながら、こっそり町医者を訪ねた。
診察の結果は──妊娠。
呆然とした。
明らかに、エドリックの子供だ。
どうしよう……?
結婚式の日。
久しぶりに、元夫と話した。
彼は窶れていた。
頬がこけ、青い目の下には薄く影が落ちていた。
私を……心配してた?
まさか。
そんなはず、ない。
妊娠のことは、言わなかった。
エドリックにも、ルーカンにも。
けれど、お腹は少しずつ膨らんできている。
挙式が終わると、私はすぐにダルシー子爵領へ向かった。
ルーカンには「ダルシー元子爵家を支持している有力者を、ソーンクロフト家に引き込む」と言って。
嘘ではない。
けれど、本当の理由は、別にある。
私は借家に身を寄せ、外出を控えた。
寒い季節になってから、ようやく動き始めた。厚手のコートで、お腹を隠せるからだ。
そして、誰にも知られぬように、ひっそりと出産した。
生まれた子は、孤児院に預けた。
元は私の領地で、かつて慈善活動に力を入れていた場所。
だから、好意的に受け入れてくれた。
4
あなたにおすすめの小説
夫は私を愛していないらしい
にゃみ3
恋愛
侯爵夫人ヴィオレッタは、夫から愛されていない哀れな女として社交界で有名だった。
若くして侯爵となった夫エリオットは、冷静で寡黙な性格。妻に甘い言葉をかけることも、優しく微笑むこともない。
どれだけ人々に噂されようが、ヴィオレッタは気にすることなく平穏な毎日を送っていた。
「侯爵様から愛されていないヴィオレッタ様が、お可哀想でなりませんの」
そんなある日、一人の貴婦人が声をかけてきて……。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
冷遇夫がお探しの私は、隣にいます
終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに!
妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。
シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。
「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」
シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。
扉の向こうの、不貞行為。
これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。
まさかそれが、こんなことになるなんて!
目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。
猫の姿に向けられる夫からの愛情。
夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……?
* * *
他のサイトにも投稿しています。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている
山法師
恋愛
グレイフォアガウス王国の第二王女、シャーロット。
フォーサイス公爵家の次期公爵、セオドア。
二人は婚約者であるけれど、婚約者であるだけだった。
形だけの婚約者。二人の仲は冷め切っているし冷え切っている。
そもそも温度など、最初から存在していない。愛も恋も、友情も親しみも、二人の間には存在しない。
周知の事実のようなそれを、シャーロットもセオドアも否定しない。
お互いにほとんど関わりを持とうとしない、交流しようとしない、シャーロットとセオドアは。
婚約者としての親睦を深める茶会でだけ、顔を合わせる。
親睦を深める茶会だというのに、親睦は全く深まらない。親睦を深めるつもりも深める意味も、二人にはない。
形だけの婚約者との、形だけの親睦を深める茶会。
今日もまた、同じように。
「久しぶりに見る君が、いつにも増して愛らしく見えるし愛おしく思えて、僕は今にも天に召されそうなほどの幸福を味わっている。──?!」
「あたしのほうこそセオ様とお顔を合わせること、夢みたいに思ってるんですからね。大好きなセオ様を独り占めしているみたいに思えるんですよ。はっ?!」
顔を合わせて確認事項を本当に『確認』するだけの茶会が始まるはずが、それどころじゃない事態に陥った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる