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最終話/家族で暮らそう
しおりを挟む離婚や犯罪被害の賠償として支払われた額は、想像を絶して少なかった。
平民として質素に暮らしても、4年もすれば尽きてしまう。
それでは、あの子を学校に通わせることもできない。
やはり、地方より王都で働いた方がいいのだろうか。
そう思いながら市場を歩いていたとき、ばったりと昔馴染みに出くわした。
「ジュヌヴィエーヴ元女子爵? 本当に?」
懐かしい声に振り返ると、かつて一緒に働いていた女性が立っていた。
彼女は驚いたように目を見開き、そしてすぐに笑った。
「今の領主が、娘のカヴァネスを探してるのよ。あなた以上の適任者はいないわ」
しがらみは、きっとある。
けれど、この土地の経営をずっとしてきたのは、私だ。
カヴァネスとしてでなくても、できる仕事はある。
そう思って、領主の屋敷を訪ねた。
話は、驚くほどスムーズに進んだ。
住み込みで働くことになり、住まいの問題も一気に解決した。
領主の片腕になるのに、3ヶ月もかからなかった。
私は、ただ黙々と働いた。
帳簿を整え、農地を見回り、商人との交渉をまとめた。
領主は、これ幸いとばかりに仕事を私に押し付け、家族を連れて王都へ行ってしまった。
社交シーズンだ。
私は、ため息をつきながらも、黙って見送った。
そして、社交シーズンが終わり、領主が戻ってきた。
久しぶりに顔を見せた彼は、開口一番こう言った。
「見合いをしてみないか?」
私は、思わず笑ってしまった。
「仕事と子育てに手一杯で、これ以上は無理です」
それが本音だった。
私には、守るべきものがある。
「会うだけ会ってみてくれ」
領主がそう言ったとき、私は眉をひそめた。
まさか、と思った。けれど、彼は続けた。
「実は、すでに城下町のホテルに宿泊していて、ラウンジに君を連れてく約束をしてしまった」
あり得ない。
けれど、断っても無駄だと分かっていた。
仕方なく、私は待ち合わせ場所へ向かった。
ラウンジのソファー席で待っていると、1人の男が現れた。
その姿を見た瞬間、心臓が跳ねた。
金髪碧眼のハンサムな男。
リック──いや、エドリック・アッシュコーム侯爵。
「俺の子供は来てないのか?」
ヒュッと喉が鳴った。
声が出ない。
けれど、どうにか絞り出す。
「な……んで?」
「夜会でダルシー領主に話しかけて、君がどうしてるか知らないかと聞いたんだ。そしたら、俺そっくりな子供を抱えて働いてるって」
絶句した。
頭が真っ白になった。
「ずっとバレないと思ってたのか?」
その言葉に、私は口を開いたものの、言葉がまとまらなかった。
「それは……だから……その……」
「父親に一言も伝えないなんて、おかしいだろ。それとも、まだ俺を憎んでるのか?」
「憎んでない。でも……その……私は、あなたを置いて逃げたから……」
「それは仕方ない。俺が、わざと自分がエドリック・アッシュコームだと隠してたから。逆の立場なら、不審に思う」
「そ……だけど」
「だけど、何?」
「あなた、侯爵なのだから……平民との間に庶子がいると困るでしょう」
彼は深くため息をついた。
「俺は10年も平民だったのに、今更そんなこと気にするわけないだろう。
君は俺を、どう思ってるんだ? 好きなのか、嫌いなのか」
顔が熱くなる。
心臓の音がうるさい。
「……そんなこと、言うわけないでしょ!」
私は立ち上がった。
バッグを掴み、逃げるように言った。
「子供には会わせてあげるから、予定が決まったら領主屋敷に連絡してちょうだい」
そのまま背を向けようとした瞬間、腕を掴まれた。
「っ……」
「今日会う。これから」
その声に、私は立ち止まった。
しばらく黙って、そして、静かに答えた。
「…………わかったわ」
領主屋敷の託児部屋には、子供たちの笑い声が満ちていた。
小さな手、小さな足、小さな命たちが、自由に駆け回っている。
その中に、エドウィンがいた。
私の、そして──彼の子。
エドリックは、扉が開くなり一目散に駆け寄り、我が子を抱き上げた。
驚くかと思った。泣き出すかもしれないと、私は身構えた。
けれど、エドウィンは泣かなかった。
むしろ嬉しそうに笑って、父の頬に手を伸ばした。
「これだけ俺に似てれば、ハンサムになるな」
エドリックが笑いながら言う。
私は、呆れつつ笑った。
「……そうね」
悔しいけれど、否定できなかった。
目も、口元も、彼にそっくりだった。
「遊んでた男の方が、子煩悩になるんだぞ。
よし、連れて帰る」
「はっ?! 冗談じゃない! 絶対渡さない!」
思わず声を荒げた。
けれど、彼は涼しい顔で言った。
「そりゃ無理だ。俺は侯爵で、君は平民なんだから」
「そんな! ひどい! 卑怯もの!」
怒りで声が震えた。
けれど、彼は真顔で、まっすぐに私を見つめた。
「子供と離れたくないなら、俺のところに来るしかないな」
「え?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「そのままの意味だ。……家族3人で暮らそう」
私は、言葉を失った。
けれど、胸の奥が、じんわりと暖かくなっていくのを感じた。
あのときは、信じられなかった彼。
今なら、信じられる。
笑顔の我が子が、私達の手を引いた。
□完結□
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