前世の記憶を思い出したのは、攻略対象と結婚してしまった後でした【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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みんなコットンパフ狙い



「ありがとうございます。
 ──妾の件も、ご了承いただけたとか?」

 私は丁寧に頭を下げながら、視線を王へと向けた。

「ああ。あれは──可もなく不可もない候補だからな。毒にはならない」

 王はあっさりと頷いた。  
 その隣で、王妃が扇を軽くあおぎながら冷ややかに笑う。

「いつまでも、平民だった女を引きずられても嫌ですからね」

 ──ジャネットのことだ。  
 王妃の口ぶりは軽いが、その目は鋭く、何かを試すようだった。

「でしたら、4人とも王命で召し上げてしまえば?」

 私がさらりと言うと、王は少し目を細めたが、すぐに頷いた。

「議会が通れば、それでもよかろう」

「ご配慮、感謝いたします」

 私は深く頭を下げた。  
 ──これで、後宮の人事は私の手の中。  
 王命となれば、王子も逆らえない。

「そなたの負担が減るならよい」

 王の言葉に、王妃がふと思い出したように口を開いた。

「そういえば、アストリア家の商品は素晴らしいものばかりですね。
 特にコットンパフ。あれがないと、もう……」

「お褒めに預かり光栄です。
 ただ、生産が間に合っておらず、王宮に納められる量も限られているのが心苦しい限りです」

 私は控えめに言ったが、王の目がわずかに輝いた。

「大臣らとも話したが、アストリア領に率先して綿を卸すよう手配しようと思うのだが」

「……!」

 私も、義兄も、思わず顔を見合わせた。

「大変ありがたいのですが、他の業者は困らないのですか?」

 義兄が慎重に問うと、王はあっさりと答えた。

「まあ、他の大陸から輸入すれば何とかなるだろう」

 ──なんという決断力。  
 息子があれなのが残念!

「……陛下のご厚意、深く感謝いたします。  
 綿の供給が安定すれば、王宮への納品も増やせますし、公妾にも十分な量をお渡しできます」

 私がそう言うと、王は満足げに頷いた。

「うむ。妾の件も、議会が通れば問題あるまい。4人とも“毒にはならん”。  
 後宮が安定すれば、カイザーも少しは落ち着くだろう」

 ──落ち着くかどうかは、別の問題だけれど。  
 私は微笑みを浮かべながら、静かに紅茶を口に運んだ。

 この王宮で、私の影響は、確実に広がっている。  



 部屋に戻ると、義兄が先に腰を降ろしていた。  
 私はドレスの裾を整えながら、彼の隣に座る。

「ありがとう、義兄様。
 でも、あまり過激な発言をなさると、公爵になる前に首が飛んでしまうわよ」

「あれくらい言わないと通じないさ」

 彼は肩をすくめて笑った。  
 濃紺の髪が揺れ、気だるげな色気が漂う。  
 けれど、その瞳の奥には、確かな怒りが宿っていた。

「せめて、当主になってからになさいませ。  
 そういえば、当主交代の話はどこまで進んでいるの?」

「うーん、それが……俺がまだ若いことと、義父が抵抗してるせいで進んでない。  
 俺がヴィオに肩入れして、離婚させようとしてるのが気に入らないらしい」

「呆れた。家の代表として嫁いでるのに、家が私を守らないなら──ふざけてるわね」

 私はカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。

「いいわ。こちらも、考えがある」




 舞踏会の夜。

 私は、鏡の前で最後の確認をしていた。  
 頬の筋肉を引き上げ、目元に力を込める。  
 ──練習した、“無理して笑ってます”の顔。

 エスコートのカイザーには、視線ひとつ向けない。  
 彼の腕を取るのも、必要最低限。  

 会場に入った瞬間、空気がざわめいた。

 半年ぶりに社交界へ復帰した私。
  
 噂されていた“王子妃の不調”が、事実だったと裏付けるように、私はゆっくりと歩いた。  
 表情は柔らかく、けれどどこか遠くを見ているように。

「まあ……お気の毒に」

 そんな声が何処からともなく聴こえてくる。

 皆、知っているのだ。  
 ──私が階段から落ちたのは、カイザーのせいだと。
 当然それ以外のことも……。


 セイランの姿は、会場にはなかった。  
 数日前「リュミエール国へ帰る」という手紙が来た。

 やはり、彼は他国の人間だった。  

 なぜ、今まで隠していたのか。  
 今頃、彼も社交界にデビューしているのだろうか。  

 本国も隣国リュミエールも、成人は15。  
 女性のデビュタントは16から18。  
 男性は18から。けれど、王族か婚約者がいれば、15からでも参加できる。

 セイランは、もうその年齢だ。  
 私の知らない場所で、誰かと踊っているのかもしれない。


 私は会場を見渡し、すぐに彼女の姿を見つけた。  
 深緑のドレスに身を包み、落ち着いた佇まいで立っている。  
 マティルダ・ラメリア子爵夫人。  
 ──もうすぐ“公妾”となる女性。

「マティルダ、こちらへいらして。
 今夜は、あなたと一緒にいるわ」

 彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑み、私の隣へと歩み寄った。  

「おい!」

 鋭い声が背後から響いた。  
 カイザーが赤い髪を揺らし、怒りを隠そうともしない顔で、こちらへ歩いてくる。

 彼は妾を拒んでいるのだ。
 しかし、知ったことではない。

「殿下がどう思おうと、議会と私の承認があるのです。  
 もうマティルダは、公妾に決まったも同然です。  
 殿下が拒否なさるなら、王命で──と、陛下も約束してくださいました」

 私が静かに告げると、カイザーは歯を食いしばった。

「……勝手にしろ」

 それだけ吐き捨てると、彼は踵を返し、どこかへ消えていった。

 私は息を吐き、マティルダに微笑みかけた。

「さあ、行きましょう。皆様にご挨拶を」

 彼女の腕を取り、会場の中央へと進む。  
 人々の視線が集まり、ざわめきが広がる。

「本日ご紹介いたしますのは、マティルダ・ラメリア子爵夫人。  
 このたび、公妾としてカイザー殿下の後宮にお迎えすることとなりました」

 周囲の貴婦人たちが、驚きと納得の混じった表情で頷く。  

「妾を立てるなんて、さすがヴァイオレット妃殿下……」

 同情と称賛が入り混じった声が、あちこちから聞こえてくる。  
 そして、すぐに別の話題が飛び出した。

「ところで、あのコットンパフ……少しだけでも分けていただけませんか?」
「うちの娘がどうしても欲しいと……」

 ──ええ、わかっているわ。  
 人間は利益に弱いと。



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