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結婚の準備
王宮の門が開き、馬車が止まると、扉が開くより早く、彼が駆け寄ってきた。
「ヴァイオレット!」
セイラン──リュミエール国の王。
ハニーブロンドの髪が陽光にきらめき、アクアマリンの瞳がまっすぐ私を捉えていた。
彼は私を馬車から降ろすなり、ぎゅっと抱きしめた。
「……会いたかった」
え? こんなに情熱的だったっけ?
きょとんとしていると、彼は少しだけ顔を離し、真剣な目で言った。
「もう婚約したんだ。遠慮するつもりはない」
……遠慮してたの?
「……私のことが、好きなのですか?」
セイランは一瞬、目を見開き──顔を真っ赤に染めた。
「っ…………部屋へ案内する」
案内されたのは、王妃の私室だった。
広くて、天井が高く、壁には繊細な刺繍のタペストリー。
けれど、なぜか部屋の中央に、妙にリアルなシュークリームのオブジェが鎮座していた。
「……もしかして、そこまでシュークリーム好きじゃない?」
セイランが、少し不安そうに尋ねてくる。
「嫌いじゃないけど……オブジェにするなら、ショートケーキとかの方が良かったかもしれません」
「すぐ作らせる」
「いやいやいや! 大丈夫!」
慌てて手を振る私に、彼は少しだけ口元を緩めた。
「それより、話さないといけないことがたくさんあって……」
私は、これまでの出来事を順に話した。
ジャネットにそっくりな平民をカイザーに宛がったら、結婚すると騒ぎ出したこと。
第2王子カリス殿下に会い、彼の誠実さを確かめたこと。
そして、王国の未来を案じる貴族たちの動き。
「なるほど……姉は、第2王子の方に嫁がせた方がいいと?」
「今のままならカイザーは即位できないか、できてもすぐに終わるでしょう」
セイランは、しばらく黙ってから、
頷いた。
「わかった。公式に、第2王子をここへ招待しよう」
「ありがとう。良かったです」
私がほっと息をつくと、彼は少しだけ視線を逸らして呟いた。
「……あまり、面白くないけど」
「え?」
「……何でもない」
その横顔は、どこか拗ねたようにも見えた。
「実は、こちらもゴタゴタしている」
まあ、してるだろうな。
王族に平穏な日常なんて、あるわけがない。
「お母様は、お仕事を手伝ってくださらないのですか?」
私がそう尋ねると、セイランは少しだけ眉をひそめた。
「うん……母は、元側妃殿下に押し付けてる。
僕としては、下賜して王族籍から出したいんだ。
ただ……積年の怨みがあってね」
セイランの母は、正妃だった。
けれど、先王は側妃を寵愛して正室として扱い、セイランとその母を領地に封じていた。
その傷は、今も癒えていないのだろう。
「それは失礼だけど……先王様が悪いんじゃ?」
「母からすると、“立場を弁えなかった側室”も悪いと」
感情の問題は、理屈だけでは片づかない。
「なら、一代限りの伯爵辺りに下賜すれば、お母様も妥協の余地があるんじゃないかしら?」
「……なるほど。一代限り」
「どうせ、もう子供は産めないでしょうから、これ以上の権力は持てないでしょう。
それでも不満なら、“本人の希望”という建前で、騎士爵に」
セイランはしばらく考え込んでから、ふっと笑った。
「そうか。それなら、母も納得するだろう。ありがとう」
「いいえ。陛下のお役に立ちたいのです」
そう言った瞬間、セイランの表情がふと曇った。
「……」
「陛下?」
私が首をかしげると、彼は目を逸らしたまま、ぽつりと呟いた。
「いや……今日は疲れてるだろう。歓迎の晩餐は、明日にしよう」
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げた。
けれど、彼の沈黙の意味が、少しだけ気になった。
翌日は、久しぶりにゆっくりと休むことができた。
そして夜──私を歓迎する晩餐が開かれた。
出席者は、セイランとその母、そして姉のピアラ殿下。
元側妃殿下は呼ばれていなかった。
晩餐の席で、王太后──セイランの母が、私に微笑みかけた。
セイランを産んだだけあって、凄い美人だ。
「体調は、どうかしら?
結婚式が近いからドレスの調整や、式の打ち合わせをしなければならないわ」
「もちろん楽しみにしておりました。ぜひ、やらせてください」
「あら、頼もしいわね。
息子が『どうしても、あなたと結婚したい』と言った時は驚いたけれど……結果的に、縁が持てて良かったわ」
「ありがとうございます。
この国の未来が明るくなるよう、貢献していきたいと思っております」
王太后は満足げに頷き、グラスを傾けた。
その横で、ピアラ殿下は終始無言だったが、視線に敵意はなかった。
ただ、どこか複雑なものを抱えているように見えた。
晩餐のあと、セイランと並んで廊下を歩く。
「母は、君が気に入ったみたいだ」
「ほっとしました。
でも、お姉さまは、気まずかったのでは?」
「そうだね……。
──そうだ。今日さっそくカリス第2王子に招待状を出した。
国の正式な要請だから、断れないだろう。姉と気が合えばいいが」
「ありがとうございます」
私が頭を下げると、セイランは少しだけ笑った。
「いや、こちらも“次のルヴァン王”と親戚になるなら、悪くない話だ」
──“次のルヴァン王”。
その言葉に、私は静かに背筋を伸ばした。
未来は、確かに動き始めている。
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