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二章・夢の終わり
一時の夢(1)
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第二のアイリスを倒してから十二日後の深夜、ようやくアイズはクラリオへ帰還した。出発した時と同じように地上の門から必要な手続きを済ませて防壁の中へ入り、そのまま城へと戻って行く。時間が時間なので通りに人気は無い。ごく一部に外出している者の姿もあったが、この冷え込みでは遠からず家の中へ逃げ込むだろう。
八月も半ばを過ぎ、北限の地では短い夏が終わろうとしている。秋も瞬く間に過ぎてすぐに冬がやって来るはずだ。そして長く雪に閉ざされてしまう。
ゆっくりと進みつつ、全てを見通す目で馬上から見渡す。すると建設作業は予定より順調に進行したのだとわかった。もう外で天幕を張って生活している者はほとんどいない。知人や友人の家に居候中の者達もいるのだろうが、なんにせよあと少しで全員が屋根の下で過ごせるようになる。
(間に合わなければ城の一部を開放すると言っていたが、杞憂に終わったな)
燃料の問題も解決しそうだ。今回発見した陽光石の鉱脈はかなり巨大で、少なくとも向こう百年はサラジェの財政を潤してくれる。ザラトス達は祖国復興の足掛かりができたと喜んでいた。その礼にこちらの市民が冬を越すのに十分な量を分けてもらえるそうだ。
残るは食料。冬が訪れるまでの短い期間で出来るだけ生産し、蓄えておかなければならない。
(狩りや釣りなら私にもできるだろうか)
アイズは釣り竿を垂れる自分の姿を想像し奇妙な気分になった。不自然だ、でもこれからのことを考えるとやるべきなのだと思う。
厩にウルジンを繋ぎ、鬣を撫でてやった。
「よく頑張ったな、ゆっくり休め」
「……」
目を大きく見開き驚いた様子。そういえば今まで、こんな風に労ってやったことは無かったかもしれない。
そう気付いた彼女は、もう一度撫でる。
「これからも頼むぞ」
「ヒヒンッ」
愛馬は嬉しそうに一声いなないた。
城内に入り、真っ先に団長執務室へ。長い螺旋階段を上って塔の最上部へ辿り着くと、そこには先に戻ったリリティアの姿があった。やはり出発時と同じくアルバトロスに運んでもらい、空からクラリオに帰還したのだ。
「アイズ!」
「戻っていたか」
抱き着かれた彼女は、しかし少女を引き離そうとはせず、そのままブレイブを見据える。
「団長、今戻った」
「ご苦労」
「必要な量の陽光石を分配してもらえる約束を取り付けた、これで市民が凍えることはない」
「ああ、よくやった。ザラトス閣下はお元気だったか?」
「健康に問題は無さそうだ」
「なにより。あの人とはこれからも何かと助け合うことになるだろうしな」
北方の国々は全てが壊滅状態。そんな中でいち早く復興を進めているのがザラトスの率いるオルナガンの面々だ。あの国には王がいて、そして彼という強力なカリスマ性を持つ指導者も存在する。となれば、今後の北方で中心となるのはおそらくオルナガン。懇意にしておいて損は無い。
無論、他にも復興を進めている国々はある。彼等ともなるべく友好的な関係を築かねばならない。そのためにアイズにはこれからも働いてもらうつもりだ。しかし今はまず大仕事を片付けた彼女を、いや彼女達を労うべきだろう。
「リリティアも、よく頑張ってくれた。アイズの窮地を救ったそうだな」
「そうなのかな?」
追い込まれているように見えたので無我夢中で飛びついただけだと言う少女。その肩に手を置き、アイズは穏やかな表情で頷く。
「お前の助けが無ければ勝てなかった。改めて礼を言う」
「そうなんだ。なら良かった、えへ」
はにかむリリティア。ほんの小さく、だが確かに口角を上げて笑うアイズ。
二人の様子を見てブレイブも安堵する。企みは上手くいったと。
(まさか、ここまで仲良くなるとは思わなかったが。これなら今後にも期待できる)
彼はアイズにもっと成長して欲しいのだ。人の心を学び、人との付き合い方を知り、人の社会で生きていけるようにしてやりたい。
それが彼にできる唯一の――
「団長」
アイズに呼ばれ、夢想から醒める彼。なんだと問い返すと彼女も続けた。
「エアーズの処分は?」
命令に背いてサラジェに残った彼は、彼女の生命に支障が無いことを確かめるとすぐに厳罰覚悟でクラリオへ戻った。それ以来会っていない。
ブレイブは苦笑して答える。
「命令違反を許すわけにはいかん、規律に関わる。しかしまあ、仲間を助けるためでもあったわけだし、結果的に瀕死の状態だったお前を救助する功績も挙げた。サラジェにアイリスがいたという重大な情報も持ち帰ってくれたしな。よって五日の謹慎処分で許してやった。今はノウブル達への伝令のために出かけているが、明日には戻って来るだろう」
「そうか」
安堵の息を吐くアイズ。確実に以前より他者を気にかけるようになっている。良い兆候だ。
「さあ、時間も遅い。もうリリティアを寝かせてやれ」
「わたし、まだ大丈夫……」
言いつつも右手で目をこするリリティア。あくびも噛み殺しているのが明らか。
「そうだな、では失礼する」
踵を返すアイズ。その段階で気付いたブレイブは呼び止める。
「お前、髪が伸びたな」
「ん? ああ、エアーズが先に帰ってしまったからな」
アイズの髪はいつもエアーズに切らせている。よくわからないが、彼以外に頼むことは抵抗感がある。
「奴が戻って来たらすぐに切らせる」
「そのままでもいいし、もっと伸ばしてもいいぞ」
「……」
言われて考え込んだ。伸ばすという選択肢を検討したことは無い。一瞬だけリリティアの背中に届くまで伸びた髪を見つめる。
けれど、やはり頭を振った。
「いや、戦闘になったら邪魔だからな、ちゃんと切る」
「そうか」
ブレイブはどこか不服そうである。実際、彼はアイズが髪を伸ばしてくれることを内心期待していた。
だが、彼も頭を振る。未練を断ち切るように。
「お前の好きにしたらいい」
「了解だ」
そしてアイズはリリティアと共に執務室から出て行った。
アイズは一つだけ陽光石の塊を持ち帰っていた。それを使って水をぬるま湯に替え、自分とリリティアの肌を磨いた後、二人でベッドに横たわる。一枚の毛布の下で互いを手に抱いた。
「あったかい……」
「ああ」
もう、この少女と抱き合って眠ることが当たり前になってしまった。彼女がいなければ、きっと眠りに落ちることも無くなるだろう。
いつものように徐々に呼吸を合わせて行き、うとうととし始めた頃、急に強く抱き着かれる。
「……どうした?」
「いなくならないで……」
あの洞窟での戦いを思い出したのかもしれない。不安に陥った少女の体を、アイズもまたいつもより強く抱き寄せる。
「大丈夫だ」
メイディ曰く、彼女は自分に依存しているらしい。魔獣の手から救ってくれた存在を喪った両親の代わりに選んだのだと。
つい先日までは、それがどういうことか理解できなかった。けれど今は違う。彼女もまた窮地をこの少女に救われた。怯えて竦んでいたのに、それでもこの人間の少女は命がけの行動に出て反撃の機会を与えてくれた。
今は自分もリリティアに依存しているのかもしれない。彼女が傍にいない未来を次第に想像できなくなりつつある。
だから――
「私はいなくならない。お前が去ってしまわない限り、ずっと傍にいる」
根拠の無い約束。守れるかどうかわからない。それでも言わずにはいられなかった。この震える少女を安心させたくて、彼女は必死にそう誓った。
共にあると。この地上で、ずっと一緒に。
この夜、アイズは夢を見た。リリティアと並んで、ずっと遠くを目指して歩いて行く。その先に何があるのかはわからない。不安で、けれども同時に心が浮き立つ。
そんな夢だった。
八月も半ばを過ぎ、北限の地では短い夏が終わろうとしている。秋も瞬く間に過ぎてすぐに冬がやって来るはずだ。そして長く雪に閉ざされてしまう。
ゆっくりと進みつつ、全てを見通す目で馬上から見渡す。すると建設作業は予定より順調に進行したのだとわかった。もう外で天幕を張って生活している者はほとんどいない。知人や友人の家に居候中の者達もいるのだろうが、なんにせよあと少しで全員が屋根の下で過ごせるようになる。
(間に合わなければ城の一部を開放すると言っていたが、杞憂に終わったな)
燃料の問題も解決しそうだ。今回発見した陽光石の鉱脈はかなり巨大で、少なくとも向こう百年はサラジェの財政を潤してくれる。ザラトス達は祖国復興の足掛かりができたと喜んでいた。その礼にこちらの市民が冬を越すのに十分な量を分けてもらえるそうだ。
残るは食料。冬が訪れるまでの短い期間で出来るだけ生産し、蓄えておかなければならない。
(狩りや釣りなら私にもできるだろうか)
アイズは釣り竿を垂れる自分の姿を想像し奇妙な気分になった。不自然だ、でもこれからのことを考えるとやるべきなのだと思う。
厩にウルジンを繋ぎ、鬣を撫でてやった。
「よく頑張ったな、ゆっくり休め」
「……」
目を大きく見開き驚いた様子。そういえば今まで、こんな風に労ってやったことは無かったかもしれない。
そう気付いた彼女は、もう一度撫でる。
「これからも頼むぞ」
「ヒヒンッ」
愛馬は嬉しそうに一声いなないた。
城内に入り、真っ先に団長執務室へ。長い螺旋階段を上って塔の最上部へ辿り着くと、そこには先に戻ったリリティアの姿があった。やはり出発時と同じくアルバトロスに運んでもらい、空からクラリオに帰還したのだ。
「アイズ!」
「戻っていたか」
抱き着かれた彼女は、しかし少女を引き離そうとはせず、そのままブレイブを見据える。
「団長、今戻った」
「ご苦労」
「必要な量の陽光石を分配してもらえる約束を取り付けた、これで市民が凍えることはない」
「ああ、よくやった。ザラトス閣下はお元気だったか?」
「健康に問題は無さそうだ」
「なにより。あの人とはこれからも何かと助け合うことになるだろうしな」
北方の国々は全てが壊滅状態。そんな中でいち早く復興を進めているのがザラトスの率いるオルナガンの面々だ。あの国には王がいて、そして彼という強力なカリスマ性を持つ指導者も存在する。となれば、今後の北方で中心となるのはおそらくオルナガン。懇意にしておいて損は無い。
無論、他にも復興を進めている国々はある。彼等ともなるべく友好的な関係を築かねばならない。そのためにアイズにはこれからも働いてもらうつもりだ。しかし今はまず大仕事を片付けた彼女を、いや彼女達を労うべきだろう。
「リリティアも、よく頑張ってくれた。アイズの窮地を救ったそうだな」
「そうなのかな?」
追い込まれているように見えたので無我夢中で飛びついただけだと言う少女。その肩に手を置き、アイズは穏やかな表情で頷く。
「お前の助けが無ければ勝てなかった。改めて礼を言う」
「そうなんだ。なら良かった、えへ」
はにかむリリティア。ほんの小さく、だが確かに口角を上げて笑うアイズ。
二人の様子を見てブレイブも安堵する。企みは上手くいったと。
(まさか、ここまで仲良くなるとは思わなかったが。これなら今後にも期待できる)
彼はアイズにもっと成長して欲しいのだ。人の心を学び、人との付き合い方を知り、人の社会で生きていけるようにしてやりたい。
それが彼にできる唯一の――
「団長」
アイズに呼ばれ、夢想から醒める彼。なんだと問い返すと彼女も続けた。
「エアーズの処分は?」
命令に背いてサラジェに残った彼は、彼女の生命に支障が無いことを確かめるとすぐに厳罰覚悟でクラリオへ戻った。それ以来会っていない。
ブレイブは苦笑して答える。
「命令違反を許すわけにはいかん、規律に関わる。しかしまあ、仲間を助けるためでもあったわけだし、結果的に瀕死の状態だったお前を救助する功績も挙げた。サラジェにアイリスがいたという重大な情報も持ち帰ってくれたしな。よって五日の謹慎処分で許してやった。今はノウブル達への伝令のために出かけているが、明日には戻って来るだろう」
「そうか」
安堵の息を吐くアイズ。確実に以前より他者を気にかけるようになっている。良い兆候だ。
「さあ、時間も遅い。もうリリティアを寝かせてやれ」
「わたし、まだ大丈夫……」
言いつつも右手で目をこするリリティア。あくびも噛み殺しているのが明らか。
「そうだな、では失礼する」
踵を返すアイズ。その段階で気付いたブレイブは呼び止める。
「お前、髪が伸びたな」
「ん? ああ、エアーズが先に帰ってしまったからな」
アイズの髪はいつもエアーズに切らせている。よくわからないが、彼以外に頼むことは抵抗感がある。
「奴が戻って来たらすぐに切らせる」
「そのままでもいいし、もっと伸ばしてもいいぞ」
「……」
言われて考え込んだ。伸ばすという選択肢を検討したことは無い。一瞬だけリリティアの背中に届くまで伸びた髪を見つめる。
けれど、やはり頭を振った。
「いや、戦闘になったら邪魔だからな、ちゃんと切る」
「そうか」
ブレイブはどこか不服そうである。実際、彼はアイズが髪を伸ばしてくれることを内心期待していた。
だが、彼も頭を振る。未練を断ち切るように。
「お前の好きにしたらいい」
「了解だ」
そしてアイズはリリティアと共に執務室から出て行った。
アイズは一つだけ陽光石の塊を持ち帰っていた。それを使って水をぬるま湯に替え、自分とリリティアの肌を磨いた後、二人でベッドに横たわる。一枚の毛布の下で互いを手に抱いた。
「あったかい……」
「ああ」
もう、この少女と抱き合って眠ることが当たり前になってしまった。彼女がいなければ、きっと眠りに落ちることも無くなるだろう。
いつものように徐々に呼吸を合わせて行き、うとうととし始めた頃、急に強く抱き着かれる。
「……どうした?」
「いなくならないで……」
あの洞窟での戦いを思い出したのかもしれない。不安に陥った少女の体を、アイズもまたいつもより強く抱き寄せる。
「大丈夫だ」
メイディ曰く、彼女は自分に依存しているらしい。魔獣の手から救ってくれた存在を喪った両親の代わりに選んだのだと。
つい先日までは、それがどういうことか理解できなかった。けれど今は違う。彼女もまた窮地をこの少女に救われた。怯えて竦んでいたのに、それでもこの人間の少女は命がけの行動に出て反撃の機会を与えてくれた。
今は自分もリリティアに依存しているのかもしれない。彼女が傍にいない未来を次第に想像できなくなりつつある。
だから――
「私はいなくならない。お前が去ってしまわない限り、ずっと傍にいる」
根拠の無い約束。守れるかどうかわからない。それでも言わずにはいられなかった。この震える少女を安心させたくて、彼女は必死にそう誓った。
共にあると。この地上で、ずっと一緒に。
この夜、アイズは夢を見た。リリティアと並んで、ずっと遠くを目指して歩いて行く。その先に何があるのかはわからない。不安で、けれども同時に心が浮き立つ。
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