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光あれ(2)
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「ヒヒン」
「グルル……!」
得意げな顔で背中に登るウルジンと睨みつけるドラゴン。獣同士でなにやら張り合っているらしい。
「やめろ、ウルジン。仲良くしろ」
「ブヒンッ」
黒馬が叱られてしゅんとすると、ドラゴンは『ざまあみろ』とばかりに口角を上げた。
そして最後にノウブルが近付いてくると、またあからさまに不機嫌な顔をする。あまつさえ首を伸ばし、背中の上のアイズへお願いするような目を向けた。
「グウウ……」
「乗せてやってくれ。遺恨は忘れよう」
「いつまでも負けたことを引きずるな」
ぬけぬけと言って背中に駆け上がるノウブル。ドラゴンの眉間のシワがますます深くなる。
しかし、アイズに宥められるとあっさり機嫌を直した。
「偉いぞ」
「フシュー……」
嬉しそうに目を細める彼。その光景を見たアリシアは不思議がる。
「アイズって動物に好かれるよね」
「問題児にばかりだがな」
「ヒヒンッ」
一緒にするなと言いたいのか、それともドラゴンに嫉妬したか、またも高くいななくウルジン。
直後、ライトレイルが号令を発する。
「総員! 最敬礼!」
「はい!」
応えたのは天遣騎士団。
今度は志願者だけを募り、眼神と嵐神の権能を用いて合計九十六名もの天士を生み出した。彼らが新たなガナン大陸の守護者。
記憶は奪っていない。代わりに支払ったのは時間。この先ユニが倒れるまで絶対に人の身に戻れない。その覚悟を対価として捧げ天士の力を手に入れた。
それぞれに家族がいる。恋人や友も。そんな親しい者たちと異なる時の流れの中で生きねばならない。十分に大きな代償。
聖都を守っていた僧兵や各国の軍の兵士が大半。傭兵や先の戦争で身内を失った者もいる。志願者全員をアイズとブレイブで面接して合格した者だけを選抜した。
彼等とブレイブがいる限りガナン大陸は大丈夫だろう。少なくとも当面の心配はいらない。
無論、問題は山積している。三柱教の語り継いできた歴史が嘘で、あの戦争の陰に教皇リリウムや錬金術師たちの暗躍もあったことは余さず公表された。旧天遣騎士団の真実も全て。
それによって新たな軋轢が生じてしまった。不信、策謀、怨讐――簡単には解決できない問題ばかりだが、ブレイブならそちらもどうにかできるはず。心強い味方も付いている。
「ご武運を!」
やはり最敬礼で見送ってくれたのはザラトス将軍。祖国のみならず他の数多の国々からも信頼される猛将にして政治家の彼の助けがあればきっとなんとかなる。
自分たちもブレイブたちも、これからまだ多くの難題と対峙し解決していかなければならない。その上でさらに力を付け、ユニとの決着も付けてみせる。あの男は放置しておくにはあまりに危険だ。
そのために今は一時の別れを済ませよう。
いつか再会する日のために。
「いってきます!」
飛び立つドラゴン。力強く羽ばたき蒼穹を駆け上がって行く。その背にしがみつきつつ大きく手を振るアリシア。見上げる一同にしてみれば不安になる光景。
「馬鹿、手を離すな!」
「ちゃんと掴まってアリシアちゃん!」
「副長たちも座ってくださいよ! なんで立ってるんスか!?」
「だから副長ではない」
アイズは髪を使って少女や愛馬を落ちないよう固定してやりつつ、ノウブルと並んで立ったまま遠ざかる仲間たちの姿を見つめる。
「兄さん、母さん……皆、また会おう」
「まずは霧の海だな」
「ああ」
テムガムの遺骸に接触する。そしてこの男ノウブルを次の盾神に選んでもらう。
振り返って目標を見やるアイズ。彼女の眼にはすでに深い霧に包まれた魔の海域が、はっきり捉えられていた。
◇
――ドラゴンは三人と一頭を乗せたまま、やがてアイズ以外の視力では見えないほど遠くまで飛び去ってしまった。
妹の旅立ちを見送った兄は深いため息をつく。本当ならついて行きたい。でも、彼にはまだここでやるべきことが数多く残っている。あの不器用な妹や口数の少ない巨漢には任せられない仕事だ。
そんな息子を見上げて訊ねる母。
「シス、ずっと訊きたかったんだけど……ノウブルさんって、もしかしてあの子のいい人?」
「どうだろうなあ」
ブレイブにもわからない。アイズが明確に恋愛感情を抱いた相手は今のところエアーズだけのはず。
「でも、まあ……アイツになら、任せてもいいと思う」
無事テムガムの力を継いでくれたら神同士だ。他に任せられそうな当ても無い。
「そう……」
しんみり空を見上げる母。ようやく再会できた娘と半年でお別れ。また会える保証もない。親としては辛いはず。
こんな時、どう声をかけるべきか――迷っていると逆に背中を思い切り叩かれた。
「このままじゃ先を越されるわよ! アンタもせっかくこんな男前の顔にしてもらったんだし、そろそろいい人を見つけなさい!」
「そ、そんなこと言われても神様になっちまったし」
「なに言ってんの! それこそよりどりみどりでしょ! いい年なんだし、早く嫁と孫の顔を拝ませておくれ!」
さらに背中を叩く母。ブレイブはたじたじになる。
「ちょっ、お袋、勘弁してくれ!」
「すげえ……」
「嵐神が形無し……」
「流石は、あの兄妹の御母堂」
呆れるやら感心するやらといった体で見守る仲間たち。だがあの平和な光景を見ていると、この先に待ち受ける問題も案外あっさり片付くかもと、そんな気がしてくる。
もちろん現実は厳しく、そう上手く事は運ばないだろう。想像を絶する苦難に見舞われるかもしれないし、この場にいる全員が命を落とす未来もあり得る。旧天遣騎士団の勇士たちがほとんど戦死したように。
だとしても彼らは臆さない。自分たちには心強い味方がついている。
嵐神ブレイブと眼神アイズの兄妹。そして、おそらくは盾神となるノウブルも。
三柱教が説いた偽りの歴史は近い将来、きっと部分的になら真実になる。オクノク、アルトル、テムガムの権能を継いだ彼らによって、この世界を脅かす脅威が祓われたなら。
元は人間だった三柱と天遣騎士団。彼らの活躍は、この大陸の傷付いた人々に希望をもたらす。
その希望がいつか必ず大きな力となろう。絶望を斬り裂く刃。アイズが空を輝かせた、あの極光の剣のように。
あれは彼女を信じた者たちの心の光。全ての人が同じ輝きを胸に秘めている限り人は絶望に屈しない。
その光こそが、神々に力を与えるのだ。
「グルル……!」
得意げな顔で背中に登るウルジンと睨みつけるドラゴン。獣同士でなにやら張り合っているらしい。
「やめろ、ウルジン。仲良くしろ」
「ブヒンッ」
黒馬が叱られてしゅんとすると、ドラゴンは『ざまあみろ』とばかりに口角を上げた。
そして最後にノウブルが近付いてくると、またあからさまに不機嫌な顔をする。あまつさえ首を伸ばし、背中の上のアイズへお願いするような目を向けた。
「グウウ……」
「乗せてやってくれ。遺恨は忘れよう」
「いつまでも負けたことを引きずるな」
ぬけぬけと言って背中に駆け上がるノウブル。ドラゴンの眉間のシワがますます深くなる。
しかし、アイズに宥められるとあっさり機嫌を直した。
「偉いぞ」
「フシュー……」
嬉しそうに目を細める彼。その光景を見たアリシアは不思議がる。
「アイズって動物に好かれるよね」
「問題児にばかりだがな」
「ヒヒンッ」
一緒にするなと言いたいのか、それともドラゴンに嫉妬したか、またも高くいななくウルジン。
直後、ライトレイルが号令を発する。
「総員! 最敬礼!」
「はい!」
応えたのは天遣騎士団。
今度は志願者だけを募り、眼神と嵐神の権能を用いて合計九十六名もの天士を生み出した。彼らが新たなガナン大陸の守護者。
記憶は奪っていない。代わりに支払ったのは時間。この先ユニが倒れるまで絶対に人の身に戻れない。その覚悟を対価として捧げ天士の力を手に入れた。
それぞれに家族がいる。恋人や友も。そんな親しい者たちと異なる時の流れの中で生きねばならない。十分に大きな代償。
聖都を守っていた僧兵や各国の軍の兵士が大半。傭兵や先の戦争で身内を失った者もいる。志願者全員をアイズとブレイブで面接して合格した者だけを選抜した。
彼等とブレイブがいる限りガナン大陸は大丈夫だろう。少なくとも当面の心配はいらない。
無論、問題は山積している。三柱教の語り継いできた歴史が嘘で、あの戦争の陰に教皇リリウムや錬金術師たちの暗躍もあったことは余さず公表された。旧天遣騎士団の真実も全て。
それによって新たな軋轢が生じてしまった。不信、策謀、怨讐――簡単には解決できない問題ばかりだが、ブレイブならそちらもどうにかできるはず。心強い味方も付いている。
「ご武運を!」
やはり最敬礼で見送ってくれたのはザラトス将軍。祖国のみならず他の数多の国々からも信頼される猛将にして政治家の彼の助けがあればきっとなんとかなる。
自分たちもブレイブたちも、これからまだ多くの難題と対峙し解決していかなければならない。その上でさらに力を付け、ユニとの決着も付けてみせる。あの男は放置しておくにはあまりに危険だ。
そのために今は一時の別れを済ませよう。
いつか再会する日のために。
「いってきます!」
飛び立つドラゴン。力強く羽ばたき蒼穹を駆け上がって行く。その背にしがみつきつつ大きく手を振るアリシア。見上げる一同にしてみれば不安になる光景。
「馬鹿、手を離すな!」
「ちゃんと掴まってアリシアちゃん!」
「副長たちも座ってくださいよ! なんで立ってるんスか!?」
「だから副長ではない」
アイズは髪を使って少女や愛馬を落ちないよう固定してやりつつ、ノウブルと並んで立ったまま遠ざかる仲間たちの姿を見つめる。
「兄さん、母さん……皆、また会おう」
「まずは霧の海だな」
「ああ」
テムガムの遺骸に接触する。そしてこの男ノウブルを次の盾神に選んでもらう。
振り返って目標を見やるアイズ。彼女の眼にはすでに深い霧に包まれた魔の海域が、はっきり捉えられていた。
◇
――ドラゴンは三人と一頭を乗せたまま、やがてアイズ以外の視力では見えないほど遠くまで飛び去ってしまった。
妹の旅立ちを見送った兄は深いため息をつく。本当ならついて行きたい。でも、彼にはまだここでやるべきことが数多く残っている。あの不器用な妹や口数の少ない巨漢には任せられない仕事だ。
そんな息子を見上げて訊ねる母。
「シス、ずっと訊きたかったんだけど……ノウブルさんって、もしかしてあの子のいい人?」
「どうだろうなあ」
ブレイブにもわからない。アイズが明確に恋愛感情を抱いた相手は今のところエアーズだけのはず。
「でも、まあ……アイツになら、任せてもいいと思う」
無事テムガムの力を継いでくれたら神同士だ。他に任せられそうな当ても無い。
「そう……」
しんみり空を見上げる母。ようやく再会できた娘と半年でお別れ。また会える保証もない。親としては辛いはず。
こんな時、どう声をかけるべきか――迷っていると逆に背中を思い切り叩かれた。
「このままじゃ先を越されるわよ! アンタもせっかくこんな男前の顔にしてもらったんだし、そろそろいい人を見つけなさい!」
「そ、そんなこと言われても神様になっちまったし」
「なに言ってんの! それこそよりどりみどりでしょ! いい年なんだし、早く嫁と孫の顔を拝ませておくれ!」
さらに背中を叩く母。ブレイブはたじたじになる。
「ちょっ、お袋、勘弁してくれ!」
「すげえ……」
「嵐神が形無し……」
「流石は、あの兄妹の御母堂」
呆れるやら感心するやらといった体で見守る仲間たち。だがあの平和な光景を見ていると、この先に待ち受ける問題も案外あっさり片付くかもと、そんな気がしてくる。
もちろん現実は厳しく、そう上手く事は運ばないだろう。想像を絶する苦難に見舞われるかもしれないし、この場にいる全員が命を落とす未来もあり得る。旧天遣騎士団の勇士たちがほとんど戦死したように。
だとしても彼らは臆さない。自分たちには心強い味方がついている。
嵐神ブレイブと眼神アイズの兄妹。そして、おそらくは盾神となるノウブルも。
三柱教が説いた偽りの歴史は近い将来、きっと部分的になら真実になる。オクノク、アルトル、テムガムの権能を継いだ彼らによって、この世界を脅かす脅威が祓われたなら。
元は人間だった三柱と天遣騎士団。彼らの活躍は、この大陸の傷付いた人々に希望をもたらす。
その希望がいつか必ず大きな力となろう。絶望を斬り裂く刃。アイズが空を輝かせた、あの極光の剣のように。
あれは彼女を信じた者たちの心の光。全ての人が同じ輝きを胸に秘めている限り人は絶望に屈しない。
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