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十一
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「ここがおめえの部屋になる。」
栄次に案内された部屋は六畳ほどの部屋だった。
「布団はそこの押し入れに入ってる。適当なものを使え。」
「へい。」
「たまたま、人の出入りがあって空いてるところだ。まだ人は増える。多分すぐに一人連れてくるからこの部屋で待ってろ。」
それだけ言って栄次は去った。
まだ、人が増えるって何人くらい押し込めるのだろう。そう思いながら部屋の片隅に風呂敷包みを置き、押し入れを開けてみた。
とりあえず干してはあるようだ。黄ばみはあるが、虫が出るような感じはしない。
さすがに日が高いので布団を出すようなことはせず、押し入れを閉めた。
やることもなく寝っ転がっていると足音がした。体を起こすと襖が開いた。
「ここがおめえの部屋になる。」
さっき聞いた言葉とともに入ってきたのは、鼻毛石村の茂三だった。
「へい……って、あれ、孝市郎。」
「茂三じゃねえか、なんだってこんな所に。」
「そりゃ俺の台詞だぜ。おめえ、博徒になるのか。」
「なんだ、おめえら顔見知りかい。」
「へい。」
「まぁ、孝市郎に目じりのあざをこしらえてやった仲ですが。」
あざ、孝市郎は顔に手をやった。昨日の夜栄五郎に殴られた後であろう。誰も教えてくれなかったから気づかなかった。
「いや、これは昨日の晩、親分に殴られた跡で。逆に数日前に、茂三に目の周りのあざをこしらえてやりました。」
何日前だったか思い出せない。昨日までのことがまるで遠い昔の事のように思える。
「なんだと。」
「うっせえな。嘘ついてんじゃねえよ。」
「おめえら、喧嘩すんじゃねえ。」
「「へい。」」
栄次に怒鳴られ、さすがに二人は黙った。
「一緒の部屋に住むんだ、仲良くしろとは言わんが喧嘩はするな。いいな。
孝市郎、布団とかのことは教えてやれ。」
それだけ言って栄次は襖を閉めた。
茂三は孝市郎と反対の部屋の角に荷物を置いた。
「布団は、押し入れに入ってる。好きなものを使えとよ。まだこの部屋人が増えるらしいぜ。」
「そうか。」
茂三は腰を下ろした。
「それにしても孝市郎、おめえも大前田の親分の下に来たんだ。」
「色々あんだよ。おめえこそどうした。」
「いや、俺も漢修行して大前田の親分のようになりたくてな。大前田の親分のように腕っぷしが強くて諸国の親分に名の知れた漢になりてえのよ。」
腕っぷし、孝市郎は鼻で笑うしかなかった。この俺に三人がかりで勝てねえのに、栄五郎みたいに強くなれんのかよ。そう思うと笑うしかない。
「なんだよ、なにがおかしいんでえ。」
「いや、親分は確かにつええぞ、頑張んな。」
「馬鹿にしてんな、てめえ。目指すもん目指さねえで、ここで何やるんだよ。」
「……。」
確かに、博徒になる気も無くここにいて何をすればいいのか。
家にも帰れず行く当ても無い。
博徒を真剣に目指すべきなのか、それとも答えを出して人生修行を終わらせるべきなのか。
「おいおい、何を考え込んでんだ。」
「いや、色々とな。」
答えが出ても、家は俺を迎え入れてくれるのだろうか。
そんなことを考えていると、襖が開いた。五人の男達が部屋に入って来る。
「てめえらが新入りか。」
「へい、鼻毛石村の茂三です。これからよろしくお願いいたしやす。」
茂三が素早く平伏していた。
「で、おめえは。」
「俺は……。」
考市郎が答えようとすると、蹴りがきた。
咄嗟に腕で受けたが、転倒するのは、どうにもならなかった。
「てめえ、挨拶が遅え。なってねえぞ。」
「すいやせん。」
素早く体を起こし、とりあえず謝った。
「おい、とりあえず詫び入れて、この場をしのごうとしてねえか。」
「そんなことで渡世人としてやっていけると思っているのか。」
「ちょいと渡世の厳しさってのを教えてやんよ。漢修行の先輩としてな。」
考市郎の左右に一人づつ付き立ち上がらされた。
「顔はやめとけよ。親分にばれたら雷が落ちる。」
「わかってるよ。」
考市郎の腹に拳が打ち込まれた。
さすがに一瞬、息が止まる。
だが、栄五郎の時のような、胃の中のものを吐き出すほどではない。
入れ替わり五人全員が殴って来たが、栄五郎に及ぶ者は一人もいなかった。
「おい、今度は茂三、てめえの番だ。」
「えっ、お、俺は…ちゃんと挨拶……。」
「蛙みてえに這いつくばるのを挨拶と言わねえんだよ。」
「ひぃぃぃ。」
茂三は、後頭部を掴まれて引き起こされる。
「すいやせん、ちょいと聞きてえんですが。」
「なんだ。」
「皆さんは、どんぐらいここで漢修行してんすか。」
「あぁ、三年程だよ。どうかしたのか。」
「茂三、漢修行しても意味ねえぞ。三年やってこの程度じゃ、あの親分みてえになるのに何十年かかることやら。腕っぷし強くなるなら別のやり方考えたほうがいい。」
「なんだと。」
さすがに孝市郎に視線が集中する。
「こいつら五人束になってもあの親分は言うに及ばず、俺にも勝てやしねえよ。」
「ぬかしやがったな。」
茂三を放り出し、孝市郎を制裁すべく取り囲もうとする。
だが、孝市郎の方が早かった。素早く、脇を抜け部屋の出口を目指す。
「ぬかすだけぬかして逃げるのか。」
返事の代わりに、振り返ろうとするところを狙い、拳を突き出した。見事に頬に拳がめり込む。
「てめえっ。」
孝市郎は、後ろ向きに下がり廊下に出て襖を閉める。
「逃がすなっ。」
一人が襖を開けた。いない、と思った瞬間あごに強烈な痛みがはしる。しゃがみ込んでいた孝市郎が、立ち上がりながら、あごに一撃を決めたのだ。
さすがに、一瞬後ろに下がった。襖から手が離れた瞬間、孝市郎は素早く襖を閉めた。
「ふざけてんじゃねえぞ。」
襖を再度開けるが、今度は開けた瞬間、拳が顔面にさく裂する。鼻っ柱を殴られ呼吸ができず動きが止まったところに、さらに追加の拳が、顔や腹に襲い掛かってくる。
たまらず下がると襖を閉められる。一人しか通れる幅が無いだけに開けた瞬間、先頭にいる者は確実に殴られる。
「しかたねえ、襖を外せ。」
「あっしですか。」
奥で眺めているだけの茂三が、自分を指さしながら返事をした。
「そうよ。それともてめえが襖を開けるか。」
外そう、茂三はそう思った。襖が盾になる分、外した方がいい。
茂三が襖をわずかに開け、手を襖の端にかけた時、襖が強力な力で押された。襖と柱に指が挟まれ、襖を掴む指が離れる。
「いってえ。」
孝市郎の野郎、加減しやがれ。そう思いながら茂三は、襖を押す力に対抗しようと引手に手をかける。
それを見て先輩たちは目配せをする。
一人が反対の襖を開け、別の者が廊下に飛び出そうとして、襖で挟まれる。孝市郎が、茂三の力をうまく利用して勢いをつけ襖をぶつけたのだ。
さらに襖に挟まれた者の顔面をぶん殴り、部屋に押し込む。
さて、次はどっちを開けるかな。孝市郎が閉まり切った襖の前から離れようとする。
「てめえら、何をやっている。」
反対側から栄次がやってきた。
「喧嘩です。漢修行の先輩と。」
「はぁ、そいつらはどこだ。」
「この部屋の中です。」
孝市郎が指さした部屋の襖を栄次は開ける。
「貴様ら、新入りと何をやっているか。」
「……いや、ちょいと遊んでやってやした。」
「出てこい、馬鹿者どもが。」
先輩達はゆっくりと部屋を出てくる。
「貴様ら五人か。」
栄次は一列に並ばせ、一人一人の頬に鉄拳を見舞う。
「新入りいじめなんざ、やってんじゃねえ。そんなことだから三年経っても盃が貰えねえんだ。」
案外、不出来な人達なのか。そんなことを考えていると頬に鉄拳を見舞われた。
「おめえもだ、先輩と喧嘩してんじゃねえ。」
栄次に案内された部屋は六畳ほどの部屋だった。
「布団はそこの押し入れに入ってる。適当なものを使え。」
「へい。」
「たまたま、人の出入りがあって空いてるところだ。まだ人は増える。多分すぐに一人連れてくるからこの部屋で待ってろ。」
それだけ言って栄次は去った。
まだ、人が増えるって何人くらい押し込めるのだろう。そう思いながら部屋の片隅に風呂敷包みを置き、押し入れを開けてみた。
とりあえず干してはあるようだ。黄ばみはあるが、虫が出るような感じはしない。
さすがに日が高いので布団を出すようなことはせず、押し入れを閉めた。
やることもなく寝っ転がっていると足音がした。体を起こすと襖が開いた。
「ここがおめえの部屋になる。」
さっき聞いた言葉とともに入ってきたのは、鼻毛石村の茂三だった。
「へい……って、あれ、孝市郎。」
「茂三じゃねえか、なんだってこんな所に。」
「そりゃ俺の台詞だぜ。おめえ、博徒になるのか。」
「なんだ、おめえら顔見知りかい。」
「へい。」
「まぁ、孝市郎に目じりのあざをこしらえてやった仲ですが。」
あざ、孝市郎は顔に手をやった。昨日の夜栄五郎に殴られた後であろう。誰も教えてくれなかったから気づかなかった。
「いや、これは昨日の晩、親分に殴られた跡で。逆に数日前に、茂三に目の周りのあざをこしらえてやりました。」
何日前だったか思い出せない。昨日までのことがまるで遠い昔の事のように思える。
「なんだと。」
「うっせえな。嘘ついてんじゃねえよ。」
「おめえら、喧嘩すんじゃねえ。」
「「へい。」」
栄次に怒鳴られ、さすがに二人は黙った。
「一緒の部屋に住むんだ、仲良くしろとは言わんが喧嘩はするな。いいな。
孝市郎、布団とかのことは教えてやれ。」
それだけ言って栄次は襖を閉めた。
茂三は孝市郎と反対の部屋の角に荷物を置いた。
「布団は、押し入れに入ってる。好きなものを使えとよ。まだこの部屋人が増えるらしいぜ。」
「そうか。」
茂三は腰を下ろした。
「それにしても孝市郎、おめえも大前田の親分の下に来たんだ。」
「色々あんだよ。おめえこそどうした。」
「いや、俺も漢修行して大前田の親分のようになりたくてな。大前田の親分のように腕っぷしが強くて諸国の親分に名の知れた漢になりてえのよ。」
腕っぷし、孝市郎は鼻で笑うしかなかった。この俺に三人がかりで勝てねえのに、栄五郎みたいに強くなれんのかよ。そう思うと笑うしかない。
「なんだよ、なにがおかしいんでえ。」
「いや、親分は確かにつええぞ、頑張んな。」
「馬鹿にしてんな、てめえ。目指すもん目指さねえで、ここで何やるんだよ。」
「……。」
確かに、博徒になる気も無くここにいて何をすればいいのか。
家にも帰れず行く当ても無い。
博徒を真剣に目指すべきなのか、それとも答えを出して人生修行を終わらせるべきなのか。
「おいおい、何を考え込んでんだ。」
「いや、色々とな。」
答えが出ても、家は俺を迎え入れてくれるのだろうか。
そんなことを考えていると、襖が開いた。五人の男達が部屋に入って来る。
「てめえらが新入りか。」
「へい、鼻毛石村の茂三です。これからよろしくお願いいたしやす。」
茂三が素早く平伏していた。
「で、おめえは。」
「俺は……。」
考市郎が答えようとすると、蹴りがきた。
咄嗟に腕で受けたが、転倒するのは、どうにもならなかった。
「てめえ、挨拶が遅え。なってねえぞ。」
「すいやせん。」
素早く体を起こし、とりあえず謝った。
「おい、とりあえず詫び入れて、この場をしのごうとしてねえか。」
「そんなことで渡世人としてやっていけると思っているのか。」
「ちょいと渡世の厳しさってのを教えてやんよ。漢修行の先輩としてな。」
考市郎の左右に一人づつ付き立ち上がらされた。
「顔はやめとけよ。親分にばれたら雷が落ちる。」
「わかってるよ。」
考市郎の腹に拳が打ち込まれた。
さすがに一瞬、息が止まる。
だが、栄五郎の時のような、胃の中のものを吐き出すほどではない。
入れ替わり五人全員が殴って来たが、栄五郎に及ぶ者は一人もいなかった。
「おい、今度は茂三、てめえの番だ。」
「えっ、お、俺は…ちゃんと挨拶……。」
「蛙みてえに這いつくばるのを挨拶と言わねえんだよ。」
「ひぃぃぃ。」
茂三は、後頭部を掴まれて引き起こされる。
「すいやせん、ちょいと聞きてえんですが。」
「なんだ。」
「皆さんは、どんぐらいここで漢修行してんすか。」
「あぁ、三年程だよ。どうかしたのか。」
「茂三、漢修行しても意味ねえぞ。三年やってこの程度じゃ、あの親分みてえになるのに何十年かかることやら。腕っぷし強くなるなら別のやり方考えたほうがいい。」
「なんだと。」
さすがに孝市郎に視線が集中する。
「こいつら五人束になってもあの親分は言うに及ばず、俺にも勝てやしねえよ。」
「ぬかしやがったな。」
茂三を放り出し、孝市郎を制裁すべく取り囲もうとする。
だが、孝市郎の方が早かった。素早く、脇を抜け部屋の出口を目指す。
「ぬかすだけぬかして逃げるのか。」
返事の代わりに、振り返ろうとするところを狙い、拳を突き出した。見事に頬に拳がめり込む。
「てめえっ。」
孝市郎は、後ろ向きに下がり廊下に出て襖を閉める。
「逃がすなっ。」
一人が襖を開けた。いない、と思った瞬間あごに強烈な痛みがはしる。しゃがみ込んでいた孝市郎が、立ち上がりながら、あごに一撃を決めたのだ。
さすがに、一瞬後ろに下がった。襖から手が離れた瞬間、孝市郎は素早く襖を閉めた。
「ふざけてんじゃねえぞ。」
襖を再度開けるが、今度は開けた瞬間、拳が顔面にさく裂する。鼻っ柱を殴られ呼吸ができず動きが止まったところに、さらに追加の拳が、顔や腹に襲い掛かってくる。
たまらず下がると襖を閉められる。一人しか通れる幅が無いだけに開けた瞬間、先頭にいる者は確実に殴られる。
「しかたねえ、襖を外せ。」
「あっしですか。」
奥で眺めているだけの茂三が、自分を指さしながら返事をした。
「そうよ。それともてめえが襖を開けるか。」
外そう、茂三はそう思った。襖が盾になる分、外した方がいい。
茂三が襖をわずかに開け、手を襖の端にかけた時、襖が強力な力で押された。襖と柱に指が挟まれ、襖を掴む指が離れる。
「いってえ。」
孝市郎の野郎、加減しやがれ。そう思いながら茂三は、襖を押す力に対抗しようと引手に手をかける。
それを見て先輩たちは目配せをする。
一人が反対の襖を開け、別の者が廊下に飛び出そうとして、襖で挟まれる。孝市郎が、茂三の力をうまく利用して勢いをつけ襖をぶつけたのだ。
さらに襖に挟まれた者の顔面をぶん殴り、部屋に押し込む。
さて、次はどっちを開けるかな。孝市郎が閉まり切った襖の前から離れようとする。
「てめえら、何をやっている。」
反対側から栄次がやってきた。
「喧嘩です。漢修行の先輩と。」
「はぁ、そいつらはどこだ。」
「この部屋の中です。」
孝市郎が指さした部屋の襖を栄次は開ける。
「貴様ら、新入りと何をやっているか。」
「……いや、ちょいと遊んでやってやした。」
「出てこい、馬鹿者どもが。」
先輩達はゆっくりと部屋を出てくる。
「貴様ら五人か。」
栄次は一列に並ばせ、一人一人の頬に鉄拳を見舞う。
「新入りいじめなんざ、やってんじゃねえ。そんなことだから三年経っても盃が貰えねえんだ。」
案外、不出来な人達なのか。そんなことを考えていると頬に鉄拳を見舞われた。
「おめえもだ、先輩と喧嘩してんじゃねえ。」
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