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四十七
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孝市郎たちの足音を耳にして大二郎はいきり立った。
「あそこにいるぞ。捕らえるんだ!」
自然声も大きくなる。手にしたなえしを振りかざし子分や百姓達に指示を飛ばす。
なえしで刺した方向に子分や百姓たちが歩を進める。
「あの数、軍吉一家のもんだけじゃねえ、百姓も動員してるな。」
この時代大掛かりな捕り物となると百姓も動員する。
「いいな撃つな。間違っても百姓を傷つけちゃなんねえ。逃げの一手だ。」
忠治も愛用の短銃を取り出そうとしない。
「しかし、親分。どうして俺達のことがわかったんでしょう。」
「さあな。今は逃げるだけだ。口より足を動かせ!」
孝市郎を始め、誰もが異議を唱えることなく足を動かす。早く夜の闇に紛れねばならない。
万が一にも隠れ家がわかってはまずいのだ。
「御用だ!逃げるんじゃねえ!大人しく縄に着け!」
大二郎が吼えるが、無論言うことを聞くはずもない。
「おい、鉄砲をぶっ放せ。」
「この暗闇であたるかどうか。」
「構わねえ、脅しだ。とりあえず撃て。」
大二郎にどやされた百姓はとりあえず、孝市郎達の方に向かって構え引き金を引いた。
「ぐぅッ。」
しんがりを走っていた浅次郎が苦悶の声を上げながら転倒する。
「浅次郎!」
忠治の絶叫が木々に木霊する。
「やったぞ、捕らえろ!」
先頭に立っている大二郎の叫びが孝市郎たちの耳に響く。
「親分、無事です。構わず逃げて下せえ。」
「馬鹿野郎、かわいい子分を置いて逃げられるか。」
忠治は浅次郎に近寄る。
怪我はどの程度か暗くて忠治にはよくわからない。
「どこを撃たれた?」
「足です。命に別状ありやせん。親分は心配なく逃げて下せえ。」
「お前を置いて逃げられねえって言ってるだろう。肩を貸す。急いで逃げて手当だ。」
忠治は浅次郎に肩を貸して立ち上がらせる。
「親分、撃たせて下せえ!」
「辰!駄目だ。大二郎だけを狙えるならまだしも百姓に万が一のことがあっちゃあならねえ。」
「しかし。」
忠治はこの窮地にあっても子分を見捨てず、さりとて己を追う百姓にも配慮している。
いい男になってくれ。忠治の言葉が孝市郎の耳に再現される。
「大二郎!俺だ!孝市郎だ!」
孝市郎は全身の力を込めて絶叫した。
浅次郎に向かっていた大二郎の意識が自分に向いたのを孝市郎は感じた。
「孝市郎!何を考えてやがる。」
「親分、逃げて下さい。追手の標的は俺なんだ。俺のために一家の者を危険にさらさないで下さい!」
「馬鹿野郎!何のために俺が世話を焼いたと思っている!」
「十分です!俺は俺でやってみます。」
そう言って孝市郎は赤城山を登る方向に足を向けた。
「この野郎!孝市郎、待たねえか!」
「へっ、誰が待つか。こっちに来やがれ。それとも怖えか?」
「なんだと?」
「こないだ軍吉一家の先頭きってのされたてめえだ。またのしてやるからこっちへ来い!来ねえなら大二郎は孝市郎にビビりあがったと言いふらしてやる!」
「野郎!そこで待ってろ!」
大二郎は坂道を駆け上がり始めた。百姓達も続く。
いい感じだ。後は忠治さん達が逃げてくれれば。
ちらりと忠治たちの方を向くと、忠治は浅次郎を別の子分に預けているところだった。
まさか、俺の加勢に来るんじゃないでしょうね。そんなことを考えているうちに大二郎が迫ってきていた。
「孝市郎!ぶっ殺してやるぞッ!」
せまる大二郎を見ながら、孝市郎は左手に栄五郎より送られた長脇差を持ち、右手を柄に沿える。
孝市郎の構えに大二郎の顔に警戒が浮かぶ。
「居合か?」
「一応道場で習った。」
体をひねり、長脇差を体で大二郎から隠す。
そして抜刀すると見せかけ、後ろに振り返り、脱兎のごとく走り出す。
「てめえ、居合は、はったりか!?」
「さてな。」
大二郎との間合いを計りながら逃げる。
そして頃合いを見計らい、大二郎目掛け飛び蹴りをかました。
孝市郎目掛け、突っ走っていた大二郎にかわすことはできず、もろに孝市郎の蹴りを顔面に受け、転倒してしまう。
「そぉら、どけっ、どかねえと痛い目見るぜ!」
大二郎を踏みつぶした勢いで、百姓達の中に躍り込んで長脇差を鞘に納めたまま振り回し、百姓達を押し分け走り去ろうとする。
百姓達もおっかなびっくりであるが、棒で孝市郎を食い止めようとする。
一本一本なら対応も簡単であるが、何しろ数が多い。棒を打ち払っても打ち払っても次々と繰り出されてくる。
加えて後ろからも繰り出されてくる。勢いで突破できるかと思えたが、後一息と思えたところで足が止まった。
まだ包囲されているだけで、抑え込まれたりはしていないが、時間の問題に孝市郎には思えた。
やむを得ねえ、抜くか。長脇差の鞘と柄を握る手に力を込めた時、忠治の声がした。
「百姓方!俺は国定村の忠治だッ!」
その言葉に明らかに百姓達に動揺が走った。
「おい、本当に忠治親分か?」
「まちげえねえ、俺は会ったことがある。」
「その男から離れてくれ。さもねえと撃たなきゃならねえ。すまねえが引いてくれ!」
なんと忠治が短銃をこちらにむけ構えている。その姿を見てかさらに百姓は動揺する。
これが最後の機会。
孝市郎は、抜いていない長脇差を振り回して突破を図る。
百姓の一人が棒で受け止めた。今度は及び腰と言う感じではない。全力で孝市郎を抑えに来た。
「あんた、忠治親分の子分か?」
「客人ってところかな。」
小声の質問に小声で孝市郎は返答した。
「忠治親分に詫びてくれ。気が付かなくてすまねえと。色々助けてもらっているのによ。」
棒で受ける力が緩んだ。
「わかった。親分には俺が詫びておく。」
「逃げな。」
孝市郎は、肩からぶつかって百姓を突き飛ばした。
「おい、今から銃を撃つ。当てないよう気を付けるがしばし伏せていてくれ。」
すれ違いざまに言われた言葉に、孝市郎は忠治に対する百姓達の敬意を感じ取った。
「おい、てめえら野郎を逃がすんじゃねえ!」
「国定村の忠治親分ですよ、おっかねえ。」
「銃で仕留めますんで。」
そう言って銃を持つ者たちが構えて引き金を引いた。
銃声と共に白煙が立ち込め、山頂からの風に吹かれて流れていく。
それは必然的に忠治や孝市郎を包んでいく。
「あそこにいるぞ。捕らえるんだ!」
自然声も大きくなる。手にしたなえしを振りかざし子分や百姓達に指示を飛ばす。
なえしで刺した方向に子分や百姓たちが歩を進める。
「あの数、軍吉一家のもんだけじゃねえ、百姓も動員してるな。」
この時代大掛かりな捕り物となると百姓も動員する。
「いいな撃つな。間違っても百姓を傷つけちゃなんねえ。逃げの一手だ。」
忠治も愛用の短銃を取り出そうとしない。
「しかし、親分。どうして俺達のことがわかったんでしょう。」
「さあな。今は逃げるだけだ。口より足を動かせ!」
孝市郎を始め、誰もが異議を唱えることなく足を動かす。早く夜の闇に紛れねばならない。
万が一にも隠れ家がわかってはまずいのだ。
「御用だ!逃げるんじゃねえ!大人しく縄に着け!」
大二郎が吼えるが、無論言うことを聞くはずもない。
「おい、鉄砲をぶっ放せ。」
「この暗闇であたるかどうか。」
「構わねえ、脅しだ。とりあえず撃て。」
大二郎にどやされた百姓はとりあえず、孝市郎達の方に向かって構え引き金を引いた。
「ぐぅッ。」
しんがりを走っていた浅次郎が苦悶の声を上げながら転倒する。
「浅次郎!」
忠治の絶叫が木々に木霊する。
「やったぞ、捕らえろ!」
先頭に立っている大二郎の叫びが孝市郎たちの耳に響く。
「親分、無事です。構わず逃げて下せえ。」
「馬鹿野郎、かわいい子分を置いて逃げられるか。」
忠治は浅次郎に近寄る。
怪我はどの程度か暗くて忠治にはよくわからない。
「どこを撃たれた?」
「足です。命に別状ありやせん。親分は心配なく逃げて下せえ。」
「お前を置いて逃げられねえって言ってるだろう。肩を貸す。急いで逃げて手当だ。」
忠治は浅次郎に肩を貸して立ち上がらせる。
「親分、撃たせて下せえ!」
「辰!駄目だ。大二郎だけを狙えるならまだしも百姓に万が一のことがあっちゃあならねえ。」
「しかし。」
忠治はこの窮地にあっても子分を見捨てず、さりとて己を追う百姓にも配慮している。
いい男になってくれ。忠治の言葉が孝市郎の耳に再現される。
「大二郎!俺だ!孝市郎だ!」
孝市郎は全身の力を込めて絶叫した。
浅次郎に向かっていた大二郎の意識が自分に向いたのを孝市郎は感じた。
「孝市郎!何を考えてやがる。」
「親分、逃げて下さい。追手の標的は俺なんだ。俺のために一家の者を危険にさらさないで下さい!」
「馬鹿野郎!何のために俺が世話を焼いたと思っている!」
「十分です!俺は俺でやってみます。」
そう言って孝市郎は赤城山を登る方向に足を向けた。
「この野郎!孝市郎、待たねえか!」
「へっ、誰が待つか。こっちに来やがれ。それとも怖えか?」
「なんだと?」
「こないだ軍吉一家の先頭きってのされたてめえだ。またのしてやるからこっちへ来い!来ねえなら大二郎は孝市郎にビビりあがったと言いふらしてやる!」
「野郎!そこで待ってろ!」
大二郎は坂道を駆け上がり始めた。百姓達も続く。
いい感じだ。後は忠治さん達が逃げてくれれば。
ちらりと忠治たちの方を向くと、忠治は浅次郎を別の子分に預けているところだった。
まさか、俺の加勢に来るんじゃないでしょうね。そんなことを考えているうちに大二郎が迫ってきていた。
「孝市郎!ぶっ殺してやるぞッ!」
せまる大二郎を見ながら、孝市郎は左手に栄五郎より送られた長脇差を持ち、右手を柄に沿える。
孝市郎の構えに大二郎の顔に警戒が浮かぶ。
「居合か?」
「一応道場で習った。」
体をひねり、長脇差を体で大二郎から隠す。
そして抜刀すると見せかけ、後ろに振り返り、脱兎のごとく走り出す。
「てめえ、居合は、はったりか!?」
「さてな。」
大二郎との間合いを計りながら逃げる。
そして頃合いを見計らい、大二郎目掛け飛び蹴りをかました。
孝市郎目掛け、突っ走っていた大二郎にかわすことはできず、もろに孝市郎の蹴りを顔面に受け、転倒してしまう。
「そぉら、どけっ、どかねえと痛い目見るぜ!」
大二郎を踏みつぶした勢いで、百姓達の中に躍り込んで長脇差を鞘に納めたまま振り回し、百姓達を押し分け走り去ろうとする。
百姓達もおっかなびっくりであるが、棒で孝市郎を食い止めようとする。
一本一本なら対応も簡単であるが、何しろ数が多い。棒を打ち払っても打ち払っても次々と繰り出されてくる。
加えて後ろからも繰り出されてくる。勢いで突破できるかと思えたが、後一息と思えたところで足が止まった。
まだ包囲されているだけで、抑え込まれたりはしていないが、時間の問題に孝市郎には思えた。
やむを得ねえ、抜くか。長脇差の鞘と柄を握る手に力を込めた時、忠治の声がした。
「百姓方!俺は国定村の忠治だッ!」
その言葉に明らかに百姓達に動揺が走った。
「おい、本当に忠治親分か?」
「まちげえねえ、俺は会ったことがある。」
「その男から離れてくれ。さもねえと撃たなきゃならねえ。すまねえが引いてくれ!」
なんと忠治が短銃をこちらにむけ構えている。その姿を見てかさらに百姓は動揺する。
これが最後の機会。
孝市郎は、抜いていない長脇差を振り回して突破を図る。
百姓の一人が棒で受け止めた。今度は及び腰と言う感じではない。全力で孝市郎を抑えに来た。
「あんた、忠治親分の子分か?」
「客人ってところかな。」
小声の質問に小声で孝市郎は返答した。
「忠治親分に詫びてくれ。気が付かなくてすまねえと。色々助けてもらっているのによ。」
棒で受ける力が緩んだ。
「わかった。親分には俺が詫びておく。」
「逃げな。」
孝市郎は、肩からぶつかって百姓を突き飛ばした。
「おい、今から銃を撃つ。当てないよう気を付けるがしばし伏せていてくれ。」
すれ違いざまに言われた言葉に、孝市郎は忠治に対する百姓達の敬意を感じ取った。
「おい、てめえら野郎を逃がすんじゃねえ!」
「国定村の忠治親分ですよ、おっかねえ。」
「銃で仕留めますんで。」
そう言って銃を持つ者たちが構えて引き金を引いた。
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