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超能力を見る

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 黒江が買い物を済ませて寮の門前に差し掛かると『Mark2eyeball』が見えた。
 目の向いている方向に立つと、ぴょこぴょこ動き出した。
 黒江が、白野のアパートの方を指さし歩き出すと、『Mark2eyeball』は、アパートの方向に黒江の前に立って移動し始めた。

「おはよう。」
「おはよう、本当に来てくれたんだ。」
「そりゃ、言ったことは守りますよ。」
「いや、本当にくるのかなぁと思って、つい『Mark2eyeball』を差し向けてしまった。携帯の番号教えてもらえなかったし。」
「ごめんね、寮のことがあったから。」
 昨日の嘘を修正しないまま黒江は答えた。
「ところで昨日の晩は、どうしたの?お布団とか?」
「寝袋で寝た。」
「寝袋!?」
「あぁ、親父が漁師なんだけど、休みの日は揺れない山がいいって、山に行ってたんだ。子供の俺らも付き合わされてさ。それで寝袋持ってんの。」
「俺ら?」
「兄貴が二人いるんだ。俺は末っ子の3男。」
「そうなんだ、私は一人娘。」
「寂しくない?」
「あれこれ言ってもしょうがないしね。小学4年生の時、同級生に妹が生まれたって聞いた時だけはうらやましかったな。」
「そうか、ところで何買ってきたの?」
「あ、雑巾とかスポンジ、洗剤とか色々。」
「雑巾って、この部屋不動産屋が掃除してくれているよ。」
「ちがうわよ、新しく買った家電とかベッド、棚とかは拭いてから使うものよ。お鍋とか食器だって洗わないと。」
「そうなの?」
「そうなの、って、やっぱり買ってきてよかった。」
「ありがとうございます。」
「お昼ごはん期待してるから、ね。」
「はい。」
 インターフォンが鳴ったのは、白野の返事と同時だった。

 洗濯機や冷蔵庫は業者さんが設置してくれた。組み立て式の食器棚やベッドは、梱包を白野が指定した場所においてくれただけで、これから白野が組み立てる。
「よかった、バケツや水きりなんかもある。これで掃除や洗い物ができる。」
 細々としたものが梱包された段ボール箱を開封して黒江は言った。
「ありがとう。色々やってくれて。お昼はおごる。ただ、お店がわからんから教えて。」
「任せておいて、あなたより先にこっちに来てるし、先輩からも話は聞いているから。」
「よろしくお願いします。」
「まぁ、さっさとやっちゃお。私もさっさと終わらせて色々話をしたいし。」

「おっと。」
 ロフトベッドの上から落ちたネジが空中で停止する。そして浮かび上がって行き、白野の手に収まった。
「う~んまだ慣れないね。親指と人差しだけが宙で何かを掴んでいるっての。」
「親指と人差し指?」
「そう、念動力ってこんな感じに見えるよ。」
 黒江は自分の親指と人差し指で雑巾をぶらさげた。
「こんな感じで昨日もボールペン持ってた。手のひらに該当する部分は見えなかったけど。」
「黒江さん、ちょっと念動力でトイレのスイッチつけるから見て。」
「いいわよ。」
 白野がロフトベッドの上から視線を送るとトイレのドアにはめ込まれている曇りガラスが蛍光色に光る。
「スイッチを押すときは、人差し指だけですね。」
「見えるんだ。」
「えぇ、ぼんやりと青い指が。『Mark2eyeball』に指があったらあんな感じかも。」
「…俺には見えないよ。」
「そうなんですか?」
「実は、昨日黒江さんが帰ってから色々試したんだ。『Mark2eyeball』で鏡を見たけど黒江さんの言う目だけくっきりしてる青い人型なんて俺には見えない。今だって、黒江さんの言う青い指は見えない。」
 白野の目の前にネジが浮かんでいる。
「思うんですけど、黒江さん『時間停止』以外に『超能力を見る』という超能力があるんじゃないかな。」
「『超能力を見る』超能力ですか?」
「そう、『Mark2eyeball』が黒江さんに見えて俺に見えない理由はそういうことじゃないかなと思う。」
 白野は目の前のネジが落ち、手のひらに受け止められた。
「まだ、俺一人だから断言はできんけど、超能力が発揮されている時、黒江さんには、それがどんな感じで発動されているか見えて、俺に見えない理由を考えるとそういう可能性もあるなって思う。」
「試してみます、ちょっと『時間停止』使いますね。」
「どうぞ。」

「『時よ止まれ』」
 全てが静止する。ロフトベッドの白野もネジを握ったまま停止している。
 黒江は鏡を見た。時間を停止した状態で鏡を見るのは初めてだった。
 鏡の中の黒江は、青い光に縁どられていた。
「『汝は美しい』」
 張り詰めたものが解ける感覚。時間が動き始めた。

「どうだった。」
「鏡を見たけど、青い光に縁どられていたわ。『時間停止』している時の私は、青い光に覆われているみたい。」
「可能性はあるね。」
「ねぇ、部屋の片づけ終わったら渋谷に行かない?」
「渋谷ってW杯とかで人の集まるあそこ?」
「そう、行きましょ。」 
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