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「弓だ!弓で攻撃しろ!」

 ブラッドが指示を飛ばす。

「シンシア、ここは危険だ、できるだけ川から離れたテントに隠れていろ。」
「わかったわ。」

 ブラッドの言葉を受け、シンシアは、ブラッドから離れた。

「アンダーウッドに伝令!至急、こちらに向かうよう伝えろ。」


「では、行って参る。フレッド隊長、後はお任せする。」
「了解した。オズボーン殿、ご武運を祈る。」

 オズボーンは、城内に一頭だけ残っていた馬にまたがると、城門を開けさせた。
「出撃!」

 オズボーンの号令で歩兵達が城門の外に飛び出していく。


「あんれま、ヤだヤだ、仕事しなくちゃなんねえか。」

 アンダーウッドも、もしアシュリーやクリフが脱出するようなら、見逃していい、と指示されている。

 だが、突撃してくる部隊の中に馬車らしきものは無い。
 女性や子供が脱出するなら馬車を使うはずであり、無い以上は、単純な攻撃部隊と判断せざるを得なかった。

「我こそは、オルコット家よりゼファー州を預かりし騎士、ハドリー・オズボーン。ここの将はいずこ!」
「はいはい、この俺ジム・アンダーウッドがやってます。」
「一騎討ちを所望、と言いたいが。」
「言いたいが、なんなのよ。おじいちゃん、舌が回んなくなっちゃた?」
「そういうことではない。お主騎乗しておらんではないか。これでは、一”騎”討ちにならん。」
「ヤだねえ、こっちの事情知ってるくせに。イヤミなおじいちゃんは、嫌われるよ。」

 馬の消耗を防ぐために、騎乗せずバリケードに籠もって城を監視しているのだ。
 
「そっちが、事前に刈り尽くすからでしょ。こっちに分ける気無いの?無いんだよね、ヤだヤだ。」
「後でたっぷりやる。待っておれ。」
「ここは、一騎討ちに勝ったらとかじゃないの?」

 アンダーウッドは、オズボーンの言葉の意味をとらえかねた。
 こっちに渡すって言ってるような感じだが、どういう意味だ?

「どうでもよかろう。皆の者、かかれ!」

 オズボーンの号令で、バリケードを挟んでの戦いが始まった。



 ブラッドの指示で、先頭集団の舟に矢が放たれる。
 だが、矢は舟に立てられている盾に空しく突き立たるだけだ。
 なぜか、反撃は無い。

 舟をよく見ると、盾の隙間から見えるのは、兵ではなかった。

「柴だと?この橋を焼き落とすつもりか?」

 見れば舟を操っていた水夫が、船尾から川に飛び込んでいる。

 ブラッドの予想通りこの橋を焼き落とすつもりなのだろう。

「だが、どうやって?」

 橋を焼き落とすには、火が橋に燃え移るまで舟を橋に固定せねばならない。
 橋脚に燃える舟をぶつけても、川の流れにで流されるだけだ。
 それに橋脚に操船せずにぶつけられるはずもない。

 どうやって固定するのだ?

 ブラッドが疑問に思う中、舟に後方の舟から火矢が放たれ、当然先頭の舟は燃え上がる。
 燃え上がる舟が橋の下に流れていく。

「隊長!舟が流れません!」

 橋の下を覗き込んだ兵から悲鳴が上がった。

 どうやって固定しているんだ?

「ええい、川に入れ。なんらかの手段で固定しているんだ、外せ!」
 
 ブラッドの指示で、何人かの兵が川に入るべく鎧を外そうとする。
 だが、後続してくる舟から矢が放たれ、鎧を外した兵にも矢が襲う。

 黒駒隊も反撃するが、オルコット家の水軍の攻撃は激しい。
 二列縦隊で戦列を組み、旋回しながら弓を射かける。
 
 巧みな機動を見たブラッドは、オルコット家の主力が水軍というのを痛感せざるを得なかった。

 城壁の上からのような横一列で無いため、密度が倍以上違う。
 加えて、黒駒隊の方が数が少ない。

 黒駒隊も射るスピードで対抗するが、数の少ないのが致命的であった。

「隊長ぉっ!」
「サンダーソンか、お前の兵を川に入らせてくれ。」
「わかりました。行くぞ、おめえら。」

 ブラッドの指示を受け、サンダーソン自ら鎧を脱いで川に入ろうとする。

 だが、遅かった。

 橋の上まで炎が上ってきたのだ。

「ダメだ、橋の上から退避しろ!」

 ブラッドの言葉で、兵達は岸か中洲か、近いと判断した方に走る。
 ブラッドは、橋の真ん中にいたが迷わず中洲に向かう。シンシアを置いては行けない。

 ブラッドは、優れた身体能力にものを言わせて兵を追い抜き中洲にたどり着いた。

 ブラッドが振り返った時、橋は火の道と化していて、最早人が通過できる状態ではなかった。
 反対側の橋を見れば、やはり同じであった。

「申し訳ありません。」
「構わん、ソーンダイク。俺も同じだ。」

 二人は敵中に孤立したことを悟っていた。

 オルコット家の水軍が、旋回運動を止め、2列縦隊で城側の岸に沿って中洲の方に向かって来る。
 反対側のサンダーソンの部隊からの攻撃を避けるためであろう。

「アンダーウッドめ、増援を寄越さないつもりか。」
 増援があれば、渡れずとも岸に配置して弓で攻撃させられる。
「無理だろう。おそらく城から打って出た敵に拘束されている。」
 ソーンダイクは、城の方を見る。
「稼動している投石機は一基。その稼動していない投石機の要員を含めれば2000近い兵でこちらを攻撃できる。アンダーウッドも防戦だけで手一杯だろう。」
 500、しかも騎乗して戦えないのである敗れて戦死してもおかしくない。

 そしてサンダーソンの部隊は、川を渡れない以上遊兵と化してしまった。

 今手元にある400の兵だけでオルコット家の水軍と戦わねばならない。
 場合によっては、オルコット家側は、舟に歩兵を載せて増援とできるのだ。 

 進退窮まった。
 ブラッドは、中洲の中心の方を見た。
 金色の光が見える。シンシアが負傷した兵を治療しているのだ。

 今は、なぜか矢は飛来していないからできることだ。

 だが、もう少しすればオルコットの水軍は、攻撃を再開する。
 そうなればシンシアを守り抜けるか。

 ブラッドの頭に、降伏の文字が浮かぶ。

 だが、妻の命が惜しいから降伏などできるのか。
 皆は納得するだろうか?

 ブラッドといえど、ここにいる兵全てを敵に回し、シンシアを守り抜く自信は無い。
 ここにいるのは、自身が鍛え上げた精鋭なのだ。街のゴロツキとは違う。

「隊長、シンシア様のことをお考えですか?」

 視線の向きで胸中をソーンダイクに見抜かれたようだった。

「ソーンダイク。」
「もしシンシア様のために降伏するのでしたら、兵は従います。」
「そうか?」
「シンシア様に命を救われた、と思う兵は多い、といいますか、全員と言っても過言では無いかと思います。シンシア様を守るためなら兵も納得するかと。」
「シンシアのためなら構わないと。武人としての誇りが傷ついても?」
「隊長のためなら、死ぬまで戦うでしょう。その辺は隊長のご決断一つです。シンシア様のために降伏するも、名誉のために戦い続けるも。」 

 全ては、ブラッドに委ねられた。

 何か、何か、逆転できる手段は無いか。
 周囲を見回した時、北の方から馬の集団がやって来るのが見えた。

「クライブだ!クライブが来た!」

 護衛として訓練途上の兵もいる。彼らと協力すれば、逆転しえるかもしれない。
 ありがたいことに城ではなく、こちらに向かっている。

 だが、それより早く水軍が城側の川に占位した。

 矢を射るが、仁王立ちしている巨漢は、戦斧を振り回して切り払ってしまう。
 他の兵は盾に隠れて効果が無い。

「俺はぁ、オルコット家水軍総督ジーン・レルフだ!ブラウニング伯は、おられるかぁ!」
「ブラッド・ブラウニング、ここにある!」

 ブラッドは、返事をして兵に矢を射るのを止めさせた。

「ブラウニング伯、我が主、クリフ。オルコットのご意思を伝える。降伏されよ、部下も含めその生命は保障する!」
「ありがたいお言葉だが、我々には増援が来ている。まだ戦える。」
「増援じゃねぇんだ、あれは。」

 近寄ってくる集団から一騎だけこちらに向かってくる。
 馬に乗っているのは、クライブだった。

「兄上!」
「クライブ!お前の兵で岸から水軍を攻撃してくれ!」
「すいません、僕はオルコット家の捕虜です。」
「何……。」
「そぉいうこった。諦めて降伏しな。悪いようにはしねえぜぇ!」

 ブラッドは、何かが折れる音を聞いたような気がした。

「……わかった、降伏する。部下と、……妻には寛大な処置を願いたい。」 
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