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34話 シャンプルの強引すぎる勘違い

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 私の声に安心したのか、迷子の少年は笑顔を取り戻してコクリとうなずいた。

「わかったよおにいちゃん! ぼく、泣かない!」
「上出来だぞ少年。褒美にチョコレートをくれてやろう」

 私が魔法でサッと手のひらにチョコレートを出現させる。パァッと笑顔になった少年の手を引いて立ち上がり。

「少年よ、喜ぶがいい。この魔王軍の頂点にして魔王の私が、お前のお母さんを一緒に捜してやろう」

「うん! ありがとうまおーのおにいちゃん!」

 少年は目を三日月のようにしてニッコリと笑う。


 その後、少年の手を引いて繁華街を歩くと、さっきのメンズセレクトショップの前で青ざめた顔をしながら、シャンプルと会話している女性を見つける。

 どうやらその女性が少年の母親のようだった。
 少年の姿に気がついた母親は、泣きながら駆け寄ると、彼を優しく包み込む。

 少年の母は涙を浮かべ、私を見上げながら感謝の言葉を声に出す。

「ありがとうございます! ありがとうございます……! なんとお礼を申し上げたら良いか……」

「礼などいらん。そのかわり、その小さな手を離すな。子どもを泣かす母親など母失格だぞ?」

「はい……仰るとおりです、気をつけます……」

「わかれば良いのだ。少年よ、お母さんに会えて良かったな」

「うん! ありがとう、まおーのおにーちゃん!」

 迷子の少年が笑顔で礼を言うと、私はチェキをしながら少年に告げた。

「うむ、少年よ。今後は簡単に泣くのではないぞ? もしお前が次に泣くとしたら、それは私が世界を手にした時の感動の涙だ。よいな?」

 またも手のひらにチョコレートを出現させて少年に手渡すと、彼は嬉しそうにうなずくのだった。

 ──と、そのときだった。

「今……あの子……魔王って言った?」

 周りに居た人間たちが私を指さして言う。

「え? マオって名前じゃないの?」
「いや、たしかに魔王って言った!」
「うそだろっ!? 魔王軍のっ!?」
「でもぜんぜん魔王っぽくないよね!?」

 ザワ……と周囲がざわついてくる。

「ふーむ……さすがにバレてしまいそうだな」

 私は頭をぽりぽりとかく。

 人の多い場所で『魔王』と大声を出されたら、私がどんなに変装していても、人間たちは疑問に思うだろう。


「こうなったら……致し方ない」


 私は魔王軍の頂点にして魔王。
 バレたらバレたでかまわない。

 私はシャンプルの手を掴み、人間たちに向かって大声で言う。

「我が名はヨーケス・ブーゲンビリア! 魔王軍の頂点にして魔王であるッ! 勇者パーティーの大聖女、シャンプル・リンスルは私がもらっていくぞ! 返してほしければ魔王城までくるがいい人間たちよ!」

「え!? ちょ、魔王さん!?」

 私がそのままシャンプルを抱きかかえ、瞬間移動の魔法を唱える。

 消えかかる私の姿に、少年はふたたび笑って言うのだった。

「またねー! まおーのおにーちゃーん!」


 ☆★


 瞬間移動で瞬時にトゥースの街の入り口まで飛んだ。どうやら騒ぎはここまでは到達していないようだ。

 時刻はすでに、夕暮れを迎えていた……。

「すまなかったな、シャンプル。あぁでもしなければ……お前の体裁を保てんと思ったのだ。なんせお前はユーナの勇者パーティー『天使の聖剣エンジェル・セイバーズ』の一員だからな」

「……はい……その……う、うん……」

 目を背けるシャンプルは、顔を真っ赤にしているように見えた。たぶん夕日が彼女の真っ白な肌を照らしているからだろう。

 夕日に照らされた彼女に、私は言う。

「ん? どうした?」

「あ、いや……その……さっき魔王さん、わたくしを『もらっていく』って……なんて強引で傲慢なプロポーズなのかしらって……ドキドキしちゃいました……」

「ちがう、ちがうぞシャンプル! 断じてプロポーズではない!」
 
 ああ、やはりシャンプルは思い込みの激しいイタい女の子なんだ。

 想像力豊かというよりは、妄想が暴走するダメなコなんだ。
 
 そう……言うならば普通の女の子ではなく、腐通の腐女子。

「と、とにかくだ! シャンプルよ、私は魔王軍の頂点にして魔王! あまり馴れ合いをしてくるな!」

 バッサリとシャンプルの好意を切り裂く言葉を出す。

 もうお願いだから連絡してくるなよ?

 今度合う時には互いに敵同士として、なのだから。

 そう告げたの……だが。

 パァッ……! とシャンプルが笑顔になり、こう言った。

「もぅ~~! みんなの前で大声でプロポーズしてくれたのに? なんで今さら恥ずかしがるの〝ダールン♡〟 ほんとかわいいんだからっ」

 
 こうして、シャンプルは私の言葉を全てねじ伏せ、妄想激しく勘違いしたまま……その日は別れたのだった。

 ……もうイヤんなっちゃうよ。
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