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55話 助けに来てくれたのは魔王でした(ユーナ視点)

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 しばらくすると、あたしたちは縄で両手、両足を縛られていた。エツィーに至ってはぐるぐるの簀巻きにされている。

 あたしたちが押し黙る中、勝ち誇った盗賊たちの声が聞こえてくる。

「けっけっけ! ビックリしたろぉ? なんせてめぇらの魔法が俺らには効かねーんだからなあ?」

「教えてやるよ! なぜなら俺らは魔法石から作り出された魔法無効の首飾りをしてるからなぁ!」

「てめぇらがどんなつえー奴らか知らねーけど、オイラたちの前じゃあ赤子同然ってもんよ!」

「しっかしこのピンク頭の女……どっかで見たことあるんだよなぁ……ま、いっか! 可愛い顔してるぜ!」

「親分! 銀髪の女もスケベな身体してやすぜ! こっちのガキも男だが……じゅるり!」

「おいそれより、なんかすげ~装備だなこりゃあ! 伝説級の武器っぽいな、特にこの剣! 光り輝いてるでねぇか!」

 この一帯を縄張りとし、人々を苦しめていたのは何も、モンスターばかりではなかった。

 盗賊たちはあたしたちの装備を奪い、目を爛々とさせて歓喜の声を出す。

「み、みんな……」

 あたしは絶望的な声を出していた。

 ……勇者に選ばれたから、強い仲間たちに巡り合えたから、伝説の剣を手に入れたから……あたしはもしかしたら、強くなっていたんだと勘違いしたのかもしれない。

 決して、驕っていたわけじゃない。

 しかし結果として、あたしたちは魔族でもなければ魔王軍でも……魔王でもない、それも人間たちにひどいことをされそうになっている。

 あたしとシャンプルの服はボロボロになり、肌は露出しかけてる。

 マッシュはひん剥かれ、パンツいっちょにされとるし……エツィーはなんかモサモサの腕毛を剃られとるし。

「つーかおめぇらよぉ。この装備と格好からして、もしかして勇者パーティーだろ? 銀髪のねーちゃんが大聖女で、ガキは魔法使いか?」

 親分と呼ばれた盗賊が、あたしを見て呟く。

「マジっすか親分! オレ、大聖女とイッパツかましたいと思ってたんっすよ!」

「ガキの方もかわいい顔してやすし、奴隷商にかなりの額で売れそうですぜ!」

「だろうな。つーか最近の貴族連中は男色家も多いし、何よりショタ好きって聞くからなあ……。奴隷商より、そっちに売っぱらって金にするのもいいんじゃねえか?」

 ゲスな会話をする盗賊たちを睨みながら、あたしは考えていた。

 この絶望的状況からどう脱するかを。

 盗賊に捕まった者は、絶望に打ちひしがれながら生きていく未来しかない。

 この盗賊たちの言うように、奴隷としてどこぞの貴族に売られるか、盗賊達の慰み物となるか……。

 なんでこんな人間がいるんだろ……。

「ま、こいつらのことは後でゆっくり考えようじゃねえか。……おい、誰かこいつらを馬車に乗せちまえ」

「へいっ、がってん承知でさぁ!」

 頭目の合図と共に、一人の太った盗賊があたしに手を伸ばす。

「やめて! ユーナに触りよるとしょーちせんよっ!」

 あたしは勇者だ。

 汚らしい男に屈するなんて死んでもいや。

 モンスターに遭遇するよりも、ほんとは怖くて怯えてしまうけど……心は絶対に負けるものか。


「へっ、イキのいいお嬢ちゃんだな! ねぇ親分、このピンクの小娘、オレらで可愛がっていいですかねぇ?」

「あぁ? てめぇら俺様より先に食っちまおうだなんて百年はえーんだよ! そいつは先に俺様が遊ぶ」

「えー? ……へいへい、親分が言うなら仕方ねぇ……でもオレらにも後でまわしてくださいよ?」

「ったく、おめぇらはソレしか頭にねぇのかあ? まぁ安心しろよ。俺様たちぁ家族だからよ、なんでも分けんのが筋ってもんよ」

「さっすがオレらの親分だ! ゲスススス!」

 その下品で下衆極まりないやり取りは、少しずつあたしに恐怖を植え付けようとしていた。

 勇者であるはずなのに……自分の末路がすぐそこまで迫っているように感じたから……。

 それも、下卑た笑みを浮かべる気持ち悪いモヒカン頭が手を伸ばしてくればなおさらだ。

 そして、この時まぶたをぐっ……! と閉じてあたしは──なぜか、あの人のことを頭に思い浮かべていた。

 小さいころ、あたしを必死に守ってくれた……。

『ヨーケス……助けて……助けてヨーケス・ブーゲンビリア!』

 その心の叫びは、魔王である彼に聞こえるはずなんてないのに。

 返ってくる声なんて、あるはずないのに。

 それなのに──


「その汚らしい手でユーナに触れるな──人間ケダモノ!」


 突如、目の前の盗賊が泡を吹いて倒れる。

「な、何が起こった!? な、な、なんだてめぇーは!」

 盗賊の頭目が、突然起きたその光景を目にして声を荒げて言いよる。

 その声に反応して、一瞬唖然としていた盗賊達が一斉に慌て始め、彼をジリジリと遠巻きに取り囲み、剣を向けていた。

 それを見た彼は盗賊たちを睨みつける。

「やかましい! ケダモノが一丁前に言葉を話すな! 耳障りだ!」

 再び、懐かしい声が聞こえる。

 あたしを庇うような形で、目の前に突如として現れたその声の主は──黒髪で紅い瞳の……あたしが小さいころから知っている男性だった。

「……ヨーケス、あんたなんでここにいるん……?」

「なんで? おかしなことを言うなあユーナ。……君を助けることに、理由がいるかい?」

 ヨーケスはあたしを安心させるような……優しげな表情を向けて言った。

「て、てめぇよくもウチのモンをやってくれたな……! ただじゃおかねえぞ!」

 盗賊の頭目が激昂し、剣の切っ先を向ける。

 それでもヨーケスは臆すことはなかった。

 不遜に、汚物を見るような目をして盗賊たちに言い放つ。

「ただじゃおかないだと? 私が貴様らをただではおくものか! 女、子どもに手を出す貴様らケダモノに慈悲などない、容赦なく排除してくれる!」

 そう言って、ヨーケスは盗賊達の集団に飛びかかっていくのだった。
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