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1章
【第5話】決壊したダム
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ホーンラビットたちと別れ、僕は初めての「狩り」を決意した。
空腹は、すでに限界に近い。
胃の中が空っぽで、内側からきゅっと絞られるような感覚が続いている。唾を飲み込んでも、喉の奥はひりついたままだ。
生き物としての本能が、はっきりと「獲物」を求めていた。
だが、僕には何があっても譲れないポリシーがある。
(もふもふした生き物は、絶対に食べない!)
「もふもふ」を愛するこの僕が、この世界で「もふもふ」を食べるなど、あってはならない。
ホーンラビットなんてもっての外だ。あんな愛くるしいもふもふを食べるなんて、想像しただけで頭がおかしくなりそうだ。
僕が探すべきは――転生物でおなじみの、オークやゴブリンのような「もふもふとは無縁の魔物」。
……なのだが。
「グルゥ……(どこにもいない……)」
森の中をひたすら歩き回ってみたが、魔物の姿は一向に見当たらない。
おかしい。
こんな広い森の中に、魔物が一匹もいないなんてありえない。
【魔力感知】は起動したまま。フェンリルとしての鋭い嗅覚も、全力で働かせている。
クンクン。
鼻を鳴らすと、家畜のような獣臭い匂いが微かに漂ってきた。
間違いない。オークのような魔物の匂いだ。
地面には、人の足のような大きな足跡も残っている。
(近い……!)
僕は身を目一杯低くし、音を立てないように茂みの向こうへ回り込んだ。
獲物は、きっとすぐそこにいるはずだ。
――今度こそ。
バサッ!
意を決して飛び出した先にあったのは、
……何もいない、ただの空間だった。
(……え?)
なぜか、こちらが飛び出した瞬間を狙ったかのように、獲物の気配だけが消えている。
同じことを繰り返すこと、五回。
足跡はある。
食べかけの木の実も落ちている。
地面には、まだ体温の名残すら感じられる。
確実に「そこにいた」はずなのに、僕が姿を見せる前に逃げられてしまう。
耳を澄ますと、遥か遠くで「ブヒィッ!?」という短い悲鳴が聞こえた。
次の瞬間、その気配が脱兎のごとく遠ざかっていく。
(感知されるのも、逃げるのも早すぎないか?)
これだけ鬱蒼とした森なのに、どれだけ探しても、オークどころかゴブリンやスライム一匹すら見当たらない。
聞こえるのは、虫の音と、風で葉が擦れる音だけ。
不気味なほどの静けさだ。
半径百メートル以内に、魔物の反応は一切ない。
(これじゃ、狩りどころじゃない)
一度立ち止まり、息を整える。
空腹で少し視界が揺れるが、無理やり頭を回した。
(……あ)
思い当たる節があった。
『……やっぱり、転生直後の魔力漏れってやつか。
僕の魔力に怯えて、弱い魔物は近寄らない』
僕は神獣フェンリル(幼体)。
鑑定結果にあった「神聖なオーラ」という言葉を思い出す。
つまり――
僕自身が、この森の生き物にとって「近づいてはいけない存在」になっている。
強すぎる神聖な魔力を無自覚に垂れ流しながら歩いているせいで、格下の魔物たちは姿を見る前に全力で逃げ出しているのだ。
(……獲物が見つからない原因、僕自身じゃないか)
強すぎる力も、良し悪しということらしい。
それなら、この魔力漏れをどうにかできれば――。
「グルル……(言うは易し、だけどな)」
僕は【魔力感知】を自分自身に向けてみた。
(……うわ……)
思わず息を呑んだ。
白銀色の魔力が、全身から勢いよく噴き出している。
体の何十倍もの大きさになって、まるで嵐のように渦巻いていた。
漏れている、なんて生易しいものじゃない。
これでは、どんな生き物だって裸足で逃げ出す。
(抑えなきゃ……)
僕は目を閉じ、精神を集中させた。
自分の身体の内側に「蓋」をするイメージで、魔力を押し込める。
(ぐっ……!)
全身に圧力がかかる。
息が詰まり、視界が一瞬暗くなった。
(……無理、だ……!)
集中が途切れた、その瞬間。
ドォン――!
魔力が、打ち上げ花火のように一気に暴発した。
「ッ!?」
衝撃と同時に、周囲の草木が音を立てて凍りつく。
一瞬で、辺り一面が白銀の世界へと変わってしまった。
(……これ、どうしよう……)
抑えるどころか、派手に暴発してしまった。
力ずくでどうにかしようとしたのが、完全に裏目だ。
僕は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
ブラック企業時代。
理不尽な説教を受け流すために身につけた、「無」になる感覚を思い出す。
(まさか、こんなところで役に立つとは……)
感情を殺し、存在感を限りなく薄める。
身体の中心にある「核」を意識し、そこから溢れる魔力を、少しずつ、少しずつ閉じていく。
「スゥ……フゥ……」
一度、また魔力が漏れかけたが、必死に意識を繋ぎ止めた。
草木がうっすら霜を帯びる程度で、なんとか踏みとどまる。
(……よし)
完全ではない。
だが、「近づいたら即逃げる」ほどの圧は薄れた気がする。
(今は……これでいい)
これなら、魔物も少しは油断して出てくるかもしれない。
「……グルル(まずい、さらに腹が減った……)」
精神を集中させた反動か、空腹が一気に押し寄せてきた。
足元がふらつき、思わず地面に爪を立てる。
(倒れる前に、何か食べないと)
僕は慎重に、森の中を歩き出した。
――その時。
ピクン、と【魔力感知】が反応した。
(……あ!)
逃げる気配がない。
それどころか、こちらを探るような、じっとした視線を感じる。
しかも、さっきまで追いかけていたオークたちとは明らかに違う。
魔力の質も、存在感も段違いだ。
(……相当、強い)
僕は足を止め、気配のする方へ視線を定めた。
転生してから初めて感じる、はっきりとした緊迫感。
こんな感覚、課長に三時間怒鳴られ続けた時より、よほど胃にくる。
僕は唾を飲み込み、その【獲物】に向かって――
【狩り】への一歩を踏み出した。
空腹は、すでに限界に近い。
胃の中が空っぽで、内側からきゅっと絞られるような感覚が続いている。唾を飲み込んでも、喉の奥はひりついたままだ。
生き物としての本能が、はっきりと「獲物」を求めていた。
だが、僕には何があっても譲れないポリシーがある。
(もふもふした生き物は、絶対に食べない!)
「もふもふ」を愛するこの僕が、この世界で「もふもふ」を食べるなど、あってはならない。
ホーンラビットなんてもっての外だ。あんな愛くるしいもふもふを食べるなんて、想像しただけで頭がおかしくなりそうだ。
僕が探すべきは――転生物でおなじみの、オークやゴブリンのような「もふもふとは無縁の魔物」。
……なのだが。
「グルゥ……(どこにもいない……)」
森の中をひたすら歩き回ってみたが、魔物の姿は一向に見当たらない。
おかしい。
こんな広い森の中に、魔物が一匹もいないなんてありえない。
【魔力感知】は起動したまま。フェンリルとしての鋭い嗅覚も、全力で働かせている。
クンクン。
鼻を鳴らすと、家畜のような獣臭い匂いが微かに漂ってきた。
間違いない。オークのような魔物の匂いだ。
地面には、人の足のような大きな足跡も残っている。
(近い……!)
僕は身を目一杯低くし、音を立てないように茂みの向こうへ回り込んだ。
獲物は、きっとすぐそこにいるはずだ。
――今度こそ。
バサッ!
意を決して飛び出した先にあったのは、
……何もいない、ただの空間だった。
(……え?)
なぜか、こちらが飛び出した瞬間を狙ったかのように、獲物の気配だけが消えている。
同じことを繰り返すこと、五回。
足跡はある。
食べかけの木の実も落ちている。
地面には、まだ体温の名残すら感じられる。
確実に「そこにいた」はずなのに、僕が姿を見せる前に逃げられてしまう。
耳を澄ますと、遥か遠くで「ブヒィッ!?」という短い悲鳴が聞こえた。
次の瞬間、その気配が脱兎のごとく遠ざかっていく。
(感知されるのも、逃げるのも早すぎないか?)
これだけ鬱蒼とした森なのに、どれだけ探しても、オークどころかゴブリンやスライム一匹すら見当たらない。
聞こえるのは、虫の音と、風で葉が擦れる音だけ。
不気味なほどの静けさだ。
半径百メートル以内に、魔物の反応は一切ない。
(これじゃ、狩りどころじゃない)
一度立ち止まり、息を整える。
空腹で少し視界が揺れるが、無理やり頭を回した。
(……あ)
思い当たる節があった。
『……やっぱり、転生直後の魔力漏れってやつか。
僕の魔力に怯えて、弱い魔物は近寄らない』
僕は神獣フェンリル(幼体)。
鑑定結果にあった「神聖なオーラ」という言葉を思い出す。
つまり――
僕自身が、この森の生き物にとって「近づいてはいけない存在」になっている。
強すぎる神聖な魔力を無自覚に垂れ流しながら歩いているせいで、格下の魔物たちは姿を見る前に全力で逃げ出しているのだ。
(……獲物が見つからない原因、僕自身じゃないか)
強すぎる力も、良し悪しということらしい。
それなら、この魔力漏れをどうにかできれば――。
「グルル……(言うは易し、だけどな)」
僕は【魔力感知】を自分自身に向けてみた。
(……うわ……)
思わず息を呑んだ。
白銀色の魔力が、全身から勢いよく噴き出している。
体の何十倍もの大きさになって、まるで嵐のように渦巻いていた。
漏れている、なんて生易しいものじゃない。
これでは、どんな生き物だって裸足で逃げ出す。
(抑えなきゃ……)
僕は目を閉じ、精神を集中させた。
自分の身体の内側に「蓋」をするイメージで、魔力を押し込める。
(ぐっ……!)
全身に圧力がかかる。
息が詰まり、視界が一瞬暗くなった。
(……無理、だ……!)
集中が途切れた、その瞬間。
ドォン――!
魔力が、打ち上げ花火のように一気に暴発した。
「ッ!?」
衝撃と同時に、周囲の草木が音を立てて凍りつく。
一瞬で、辺り一面が白銀の世界へと変わってしまった。
(……これ、どうしよう……)
抑えるどころか、派手に暴発してしまった。
力ずくでどうにかしようとしたのが、完全に裏目だ。
僕は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
ブラック企業時代。
理不尽な説教を受け流すために身につけた、「無」になる感覚を思い出す。
(まさか、こんなところで役に立つとは……)
感情を殺し、存在感を限りなく薄める。
身体の中心にある「核」を意識し、そこから溢れる魔力を、少しずつ、少しずつ閉じていく。
「スゥ……フゥ……」
一度、また魔力が漏れかけたが、必死に意識を繋ぎ止めた。
草木がうっすら霜を帯びる程度で、なんとか踏みとどまる。
(……よし)
完全ではない。
だが、「近づいたら即逃げる」ほどの圧は薄れた気がする。
(今は……これでいい)
これなら、魔物も少しは油断して出てくるかもしれない。
「……グルル(まずい、さらに腹が減った……)」
精神を集中させた反動か、空腹が一気に押し寄せてきた。
足元がふらつき、思わず地面に爪を立てる。
(倒れる前に、何か食べないと)
僕は慎重に、森の中を歩き出した。
――その時。
ピクン、と【魔力感知】が反応した。
(……あ!)
逃げる気配がない。
それどころか、こちらを探るような、じっとした視線を感じる。
しかも、さっきまで追いかけていたオークたちとは明らかに違う。
魔力の質も、存在感も段違いだ。
(……相当、強い)
僕は足を止め、気配のする方へ視線を定めた。
転生してから初めて感じる、はっきりとした緊迫感。
こんな感覚、課長に三時間怒鳴られ続けた時より、よほど胃にくる。
僕は唾を飲み込み、その【獲物】に向かって――
【狩り】への一歩を踏み出した。
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