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1章
【第8話】斜め上の火魔法
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(あれ……)
どれくらい眠ってしまっていたのだろう。
あたりを見回してみても、そんなに時間が経ったようには感じられなかった。
(……なんか、寒いな)
とりあえず体を目いっぱい丸めてみるが、まったく温まらない。
どうやら返り血や汗で体が湿ったまま眠ってしまったせいで、夜風にさらされ、体温を奪われているらしい。
(夜の森、舐めてたな……)
こんなにも冷え込むなんて、思ってもいなかった。
動物の毛皮は防寒性能が高いはずなのに、それでも寒い。
ふと、生前の上司が自慢げに着ていた、分厚い毛皮のコートを思い出す。
天然の毛皮はとにかく温かいんだと、散々うんちくを語られたっけ。
――一度でいいから触ってみたかったな。
真っ黒で、艶があって……。
いやいや、待て待て。
(動物の毛皮のコートなんて、言語道断だろ!? 何を考えてるんだ僕は!!)
そんな恐ろしい思考をしている場合じゃない。
現実は、今も容赦なく寒い。
ブルブルッと体を震わせて体温を上げようとしてみるが、表面の水気が少し飛ぶだけで、ほとんど意味はなかった。
(さむい……せめて、少しでもいいから温まりたい)
そう願った瞬間、僕は無意識に前足を目の前へと持ち上げていた。
理由は分からない。体が勝手に、そう動いたのだ。
その時、頭の中をよぎったのは――先ほど失敗した【火魔法】だった。
(敵を焼き払うほどの火力なんていらない)
(ほんの少し……ほんの少しでいいんだ……)
イメージが、ゆっくりと形になっていく。
さっきのような激しい火花じゃない。
もっとこう……柔らかくて、優しい灯りのような感覚。
気づけば、前足の先がじんわりと温かくなっていた。
フォォ……
その温もりは空気に溶けるように広がり、
いつの間にか、全身の毛並みを撫でる柔らかな温風へと変わっていた。
(……あぁ、気持ちいい……)
心地よい温風が体中を通り抜ける。
美容院で髪を梳かしてもらっている時みたいな、妙に落ち着く感覚だ。
湿っていた毛が、少しずつ軽くなっていく。
空気を含んだような柔らかさが戻り、体の芯まで染み込んでいた冷えも、じわじわと溶けていった。
(……あれ? 乾いてきてる?)
我に返り、いったん魔力の流れを止めてみる。
温風は、ただ静かに消えた。
(今の……何だったんだ?)
小首を傾げながら、もう一度さっきの感覚を思い出す。
前足に意識を集中してみる。
フォォ……
再び、温かい風。
今度は、少し弱めに。
もっと丁寧に――。
よし。さっきよりも安定している。
自慢のもふもふの毛並みが、さらさらと揺れ、
前足から胸元、腹の下まで、心地よい温もりが行き渡っていく。
(……あぁ、なるほど)
ようやく理解した。
(この魔法は、火を「出す」んじゃなくて)
(温かさを「流す」イメージにすればいいんだ)
戦闘用の火魔法とは、まったくの別物。
攻撃でも、防御でもない。
(……そうだな)
少し考えて、ふと思いつく。
(あ……ドライヤーだ)
(ドライヤーをイメージすればいいんだ!)
まさか、魔法でドライヤーを再現できるなんて思ってもみなかった。
毛並みが乾くにつれて、体はどんどん軽くなっていく。
じんわり温かくて、余計な力が抜けていく感じ。
すっかり自慢のもふもふも元通りだ。
……いや、むしろ前より毛艶が良くなった気すらする。
(イメージしてた火の魔法と違うけど……)
(まあ、便利ならそれでいいよね)
深く考えるのはやめた。
今はただ、この心地よさに身を任せたい。
極上となったもふもふの尻尾を体に巻きつける。
ふわふわの毛先が首元に触れ、思わず喉が鳴りそうになる。
前方から流れる温風を弱く保ったまま、僕はそっと目を閉じた。
毛の一本一本が、ふわりと立ち上がっていく感覚が心地いい。
魔力の使い方なんて、まだ手探りだ。
きっと、他にもできることがあるはずだ。
――そしてこの【火魔法】が、
ただの「便利なドライヤー」代わりに収まらず、
思いもよらない使われ方をすることになるとは。
この時の僕は、まだ知る由もなかった。
そして――もふもふ生活の、新たな扉が開く。
どれくらい眠ってしまっていたのだろう。
あたりを見回してみても、そんなに時間が経ったようには感じられなかった。
(……なんか、寒いな)
とりあえず体を目いっぱい丸めてみるが、まったく温まらない。
どうやら返り血や汗で体が湿ったまま眠ってしまったせいで、夜風にさらされ、体温を奪われているらしい。
(夜の森、舐めてたな……)
こんなにも冷え込むなんて、思ってもいなかった。
動物の毛皮は防寒性能が高いはずなのに、それでも寒い。
ふと、生前の上司が自慢げに着ていた、分厚い毛皮のコートを思い出す。
天然の毛皮はとにかく温かいんだと、散々うんちくを語られたっけ。
――一度でいいから触ってみたかったな。
真っ黒で、艶があって……。
いやいや、待て待て。
(動物の毛皮のコートなんて、言語道断だろ!? 何を考えてるんだ僕は!!)
そんな恐ろしい思考をしている場合じゃない。
現実は、今も容赦なく寒い。
ブルブルッと体を震わせて体温を上げようとしてみるが、表面の水気が少し飛ぶだけで、ほとんど意味はなかった。
(さむい……せめて、少しでもいいから温まりたい)
そう願った瞬間、僕は無意識に前足を目の前へと持ち上げていた。
理由は分からない。体が勝手に、そう動いたのだ。
その時、頭の中をよぎったのは――先ほど失敗した【火魔法】だった。
(敵を焼き払うほどの火力なんていらない)
(ほんの少し……ほんの少しでいいんだ……)
イメージが、ゆっくりと形になっていく。
さっきのような激しい火花じゃない。
もっとこう……柔らかくて、優しい灯りのような感覚。
気づけば、前足の先がじんわりと温かくなっていた。
フォォ……
その温もりは空気に溶けるように広がり、
いつの間にか、全身の毛並みを撫でる柔らかな温風へと変わっていた。
(……あぁ、気持ちいい……)
心地よい温風が体中を通り抜ける。
美容院で髪を梳かしてもらっている時みたいな、妙に落ち着く感覚だ。
湿っていた毛が、少しずつ軽くなっていく。
空気を含んだような柔らかさが戻り、体の芯まで染み込んでいた冷えも、じわじわと溶けていった。
(……あれ? 乾いてきてる?)
我に返り、いったん魔力の流れを止めてみる。
温風は、ただ静かに消えた。
(今の……何だったんだ?)
小首を傾げながら、もう一度さっきの感覚を思い出す。
前足に意識を集中してみる。
フォォ……
再び、温かい風。
今度は、少し弱めに。
もっと丁寧に――。
よし。さっきよりも安定している。
自慢のもふもふの毛並みが、さらさらと揺れ、
前足から胸元、腹の下まで、心地よい温もりが行き渡っていく。
(……あぁ、なるほど)
ようやく理解した。
(この魔法は、火を「出す」んじゃなくて)
(温かさを「流す」イメージにすればいいんだ)
戦闘用の火魔法とは、まったくの別物。
攻撃でも、防御でもない。
(……そうだな)
少し考えて、ふと思いつく。
(あ……ドライヤーだ)
(ドライヤーをイメージすればいいんだ!)
まさか、魔法でドライヤーを再現できるなんて思ってもみなかった。
毛並みが乾くにつれて、体はどんどん軽くなっていく。
じんわり温かくて、余計な力が抜けていく感じ。
すっかり自慢のもふもふも元通りだ。
……いや、むしろ前より毛艶が良くなった気すらする。
(イメージしてた火の魔法と違うけど……)
(まあ、便利ならそれでいいよね)
深く考えるのはやめた。
今はただ、この心地よさに身を任せたい。
極上となったもふもふの尻尾を体に巻きつける。
ふわふわの毛先が首元に触れ、思わず喉が鳴りそうになる。
前方から流れる温風を弱く保ったまま、僕はそっと目を閉じた。
毛の一本一本が、ふわりと立ち上がっていく感覚が心地いい。
魔力の使い方なんて、まだ手探りだ。
きっと、他にもできることがあるはずだ。
――そしてこの【火魔法】が、
ただの「便利なドライヤー」代わりに収まらず、
思いもよらない使われ方をすることになるとは。
この時の僕は、まだ知る由もなかった。
そして――もふもふ生活の、新たな扉が開く。
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