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1章
【第18話】神獣様のお通りと、勘違いの饗宴
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重厚な金属音と共に、城壁都市バルドの正門がゆっくりと開かれた。
普段なら夜間は固く閉ざされているその門が、今は全開となり、松明の明かりが街道を真昼のように照らし出している。
「……ひっ, うぅ……」
「演奏を止めるな! 止めれば殺されるぞ!」
門の向こうから聞こえてくるのは、悲壮な覚悟を決めた楽団によるファンファーレだ。
本来は凱旋する英雄や王族を迎えるための華やかな曲だが、今の演奏者たちの顔色は死人のように蒼白で、音色は葬送行進曲のように重苦しく響いている。
だが、そんな張り詰めた空気などとは露知らず、一匹の巨大な白銀の獣がウキウキとした足取りで門をくぐろうとしていた。
(うわぁ、すごい! 音楽まで演奏してくれてる!)
音は認識できるので、楽器で何か演奏しているのは分かった。
きっと自分もパレードの列に加わっていることになっているのだろう。こんなに周りを囲って行進してくれているのだから。
そして先導しているのは、あの熱心なエルフのお姉さん――セレンだ。
「さあ、神獣様! こちらへ! 我ら民草にその尊き御姿をお示しください!」
セレンは両手を大きく広げ、恍惚とした表情で先頭を歩く。
その後ろを、死んだ魚のような目をしたアルヴィンたち『銀翼』のメンバーが、トボトボとついていく。彼らは「神獣の案内役」という、名誉(セレンにとっては)ある生贄役に任命されていた。
「……俺、家に帰れたら田舎の母ちゃんに手紙書くんだ」
「シオン、縁起でもないこと言うな。胃に穴が開きそうだ」
アルヴィンが胃のあたりを押さえながら呻いた。
街の中に入ると、大通りには人だかりができていた。
兵士たちが「絶対に目を合わせるな!」「刺激するな!」と怒鳴りながら群衆を整理し、道の両脇に平伏させている。
(おっ、みんな道を開けてくれて……ん?)
沿道の人々は、誰も彼もが地面に額を擦り付け、正座をしている。
(えっ、まるで土下座してるみたい!? ここの街の人、本当に礼儀ただしいんだな)
(そこまで気を使ってもらわなくてもいいのに……ここは……)
僕は愛想よく、沿道の人々に向かって軽く右前足を上げてみた。
「よっ!」と片手を挙げるような、気さくな挨拶のつもりだ。
「ヒィィッ!? こ、こっちを見たぞ!?」
「爪で斬り殺す構えだ! 命乞いをしろォォ!」
悲鳴が上がり、人々はさらに深く、地面にめり込む勢いで頭を垂れた。
(すごい迫力だ……きっと、この街の古くからの伝統的な儀礼なんだろうな)
目の前のエルフがあれだけ盛り上げているのだ。きっとこのパレードは重要な宗教行事なのかもしれない。
(僕も、失礼のないようにもっと堂々としていよう)
改めて気を引き締め、胸を張って歩くことにした。
少し歩くと、屋台が所々に並んでいる。
通りのあちこちには、この騒動に急遽かき集められた食料や酒が、ワゴンに乗せられて並べられていた。
これはセレンが「神獣様はお腹を空かせておいでです! 神罰をくだされたくなければ、ありったけの食料を差し出しなさい!」と警告し、神罰を恐れた商人たちが涙ながらに差し出した「人間への被害を逸らすための身代わり(供物)」であった。
香ばしい匂いの串焼き、甘い果実、炙られて香りの立つパン。様々なものが並んでいる。
(うおぉ、美味そう! これ、食べてもいいやつかな?)
串焼きのワゴンの前で立ち止まり、店主らしき男をじっと見つめた。
男は腰を抜かし、ガクガクと震えながら。
「ど、どうぞ……! 全部、全部差し上げますから、命だけは……!」
言葉は分からないが、男が皿を出してきたので「試食」をくれたのだと解釈した。
「ワフッ!(いただきまーす!)」
パクッ。
串焼きの山を一口で吸い込んだ。
咀嚼し溢れる肉汁。絶妙なスパイスの香り。
(んーっ! 美味しい!)
僕は満面の笑みを浮かべ、店主に褒めるつもりで前足を軽く上げた。
店主には、口元が裂けるように吊り上がった凶悪な笑顔で「次はお前だ」とでも言われたようにしか見えなかった。
「ひいいいッ!! め、目が合っただけで魂が抜けるかと……!」
店主はそのまま白目を剥いて倒れた。
(あれ? 寝ちゃった。こんな夜中だし、お疲れなのかな?)
働きすぎていた前世を少し思い出し、申し訳ないと思いながらも、僕は次々と屋台を巡っていく。
高級ワインを樽ごと飲み干し、希少な果物を皮ごと齧り、パン屋の棚を空っぽにする。
その暴食ぶりは、街の人々にとっては「底なしの食欲を持つ害獣」そのものだったが、本人にとっては「楽しい食べ歩き」でしかなかった。
そして、街の中央広場に差し掛かった時だ。
【魔力感知】が、ぴくりと反応した。
それと同時に。
胸の奥が、別の意味でも跳ねた。
(……むっ?)
視線の先。広場の噴水の近くに、人垣から取り残されたようにポツンと佇む影があった。
それは、上等なドレスの上にマントを羽織った、貴族の令嬢らしき若い女性だった。
彼女はフェンリル襲来の報せを聞いて屋敷から避難しようとしたものの、このパレードの大混乱に巻き込まれ、逃げ遅れてしまったのだ。
恐怖でガタガタと震えながら、唯一の心の支えである愛犬を必死に抱きしめている。
その愛犬は、シルキーテリアのような小型の魔獣だった。白く長い、手入れの行き届いた毛並みをしている。
(か、可愛い……!)
テンションが跳ね上がった。
前世でこよなく愛したサモエド(そして今の自分)のような、もふもふとしたボリュームのある毛並みが最も好みだが、ああいう丁寧に手入れされた、絹糸のように繊細でつやつやな毛並みも、また違ったベクトルで素晴らしい!
吸い寄せられるように、令嬢の方へと歩み寄った。
「キャンッ! キャンッ!」
小型の魔獣は、僕を見るやいなや、ちぎれんばかりに尻尾を振り始めた。
スキル【魅了(もふもふ)】の効果は絶大だ。
彼にとって目の前の僕は、「本能で懐いてしまう相手」――そんなふうに映っているらしい。
だが、飼い主の令嬢は違う。
「ひっ……! だ、だめよミシェル! 行っちゃだめ!」
令嬢は恐怖でガタガタと震えながらも、自ら僕に飛び込もうとする愛犬を必死に抱きしめて引き止めた。
彼女の目には、愛犬が「恐怖でパニックを起こして暴れている」ように見えていた。
僕は令嬢の目の前で止まり、鼻先を愛犬に近づけた。
クンクン。
いい匂いだ。シャンプーのような香りがする。これは、かなりすばらしい。
(ねえねえ、ちょっと触らせて?)
僕は前足を伸ばした。
「いやぁぁぁ! 食べないでぇぇぇ!」
令嬢は、このまま自分もろとも捕食されてしまうと思い、悲鳴を上げながら目を閉じる。
だが、振り下ろされた前足は、彼女に触れることはなかった。
代わりに。
フォォォォォ……。
【温風(ドライヤー)】が発動し、毛並みをふわりと持ち上げた。
「……え?」
令嬢が恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。
僕の前足の先から、心地よい温風が吹き出し、愛犬の毛並みを優しく撫でているのだ。
愛犬は僕の巨大な肉球にスリスリと体を擦り付けている。
さらに、器用な指先(前足の先端)を使った手櫛で、愛犬の毛のもつれを丁寧に解いていく。
「くぅ~ん♪」
愛犬は完全に脱力し、されるがままになっていた。
「こ、これは……?」
令嬢はその光景に呆然とした。
食べられてしまうと思っていた愛犬が、グルーミングを受けている。
しかも、さっきまで少し湿気でペタッとしていた毛が、見る見るうちにふわっふわの最高級仕上げに変わっていくではないか。
「ワフン♪(うん、いい仕上がりだ!)」
僕は満足げに頷いてみせた。
(ご主人様も、綺麗な髪だね。ついでにやってあげるよ)
サービス精神を発揮し、令嬢の方にも温風を向けてあげた。
フォォォォ……。
令嬢の亜麻色の髪が温風に包まれてふわりと舞い上がり、見違えるほどつやつや、さらさらに整っていく。
「えっ、な? 髪が……すごく軽くなって、さらさらになっていく……」
令嬢は自分の髪に触れ、頬を染めていた。先程の恐怖が、乙女の喜びに上書きされていく。
その様子を見ていた周囲の人々は、目の前で何が起きているのか理解できず、ポカーンと口を開けていた。
「……まさか神獣様に、あのような特技があるなんて……毛並みまで整えてしまうとは……」
誰かが呟いたその言葉が、ポカーンと静まり返った広場に虚しく響いた。
こうして、恐怖のどん底から始まった「歓迎パレード」は、神獣による「グルーミングショー」という、誰も予想しえなかったカオスな展開へと様変わりしていった。
普段なら夜間は固く閉ざされているその門が、今は全開となり、松明の明かりが街道を真昼のように照らし出している。
「……ひっ, うぅ……」
「演奏を止めるな! 止めれば殺されるぞ!」
門の向こうから聞こえてくるのは、悲壮な覚悟を決めた楽団によるファンファーレだ。
本来は凱旋する英雄や王族を迎えるための華やかな曲だが、今の演奏者たちの顔色は死人のように蒼白で、音色は葬送行進曲のように重苦しく響いている。
だが、そんな張り詰めた空気などとは露知らず、一匹の巨大な白銀の獣がウキウキとした足取りで門をくぐろうとしていた。
(うわぁ、すごい! 音楽まで演奏してくれてる!)
音は認識できるので、楽器で何か演奏しているのは分かった。
きっと自分もパレードの列に加わっていることになっているのだろう。こんなに周りを囲って行進してくれているのだから。
そして先導しているのは、あの熱心なエルフのお姉さん――セレンだ。
「さあ、神獣様! こちらへ! 我ら民草にその尊き御姿をお示しください!」
セレンは両手を大きく広げ、恍惚とした表情で先頭を歩く。
その後ろを、死んだ魚のような目をしたアルヴィンたち『銀翼』のメンバーが、トボトボとついていく。彼らは「神獣の案内役」という、名誉(セレンにとっては)ある生贄役に任命されていた。
「……俺、家に帰れたら田舎の母ちゃんに手紙書くんだ」
「シオン、縁起でもないこと言うな。胃に穴が開きそうだ」
アルヴィンが胃のあたりを押さえながら呻いた。
街の中に入ると、大通りには人だかりができていた。
兵士たちが「絶対に目を合わせるな!」「刺激するな!」と怒鳴りながら群衆を整理し、道の両脇に平伏させている。
(おっ、みんな道を開けてくれて……ん?)
沿道の人々は、誰も彼もが地面に額を擦り付け、正座をしている。
(えっ、まるで土下座してるみたい!? ここの街の人、本当に礼儀ただしいんだな)
(そこまで気を使ってもらわなくてもいいのに……ここは……)
僕は愛想よく、沿道の人々に向かって軽く右前足を上げてみた。
「よっ!」と片手を挙げるような、気さくな挨拶のつもりだ。
「ヒィィッ!? こ、こっちを見たぞ!?」
「爪で斬り殺す構えだ! 命乞いをしろォォ!」
悲鳴が上がり、人々はさらに深く、地面にめり込む勢いで頭を垂れた。
(すごい迫力だ……きっと、この街の古くからの伝統的な儀礼なんだろうな)
目の前のエルフがあれだけ盛り上げているのだ。きっとこのパレードは重要な宗教行事なのかもしれない。
(僕も、失礼のないようにもっと堂々としていよう)
改めて気を引き締め、胸を張って歩くことにした。
少し歩くと、屋台が所々に並んでいる。
通りのあちこちには、この騒動に急遽かき集められた食料や酒が、ワゴンに乗せられて並べられていた。
これはセレンが「神獣様はお腹を空かせておいでです! 神罰をくだされたくなければ、ありったけの食料を差し出しなさい!」と警告し、神罰を恐れた商人たちが涙ながらに差し出した「人間への被害を逸らすための身代わり(供物)」であった。
香ばしい匂いの串焼き、甘い果実、炙られて香りの立つパン。様々なものが並んでいる。
(うおぉ、美味そう! これ、食べてもいいやつかな?)
串焼きのワゴンの前で立ち止まり、店主らしき男をじっと見つめた。
男は腰を抜かし、ガクガクと震えながら。
「ど、どうぞ……! 全部、全部差し上げますから、命だけは……!」
言葉は分からないが、男が皿を出してきたので「試食」をくれたのだと解釈した。
「ワフッ!(いただきまーす!)」
パクッ。
串焼きの山を一口で吸い込んだ。
咀嚼し溢れる肉汁。絶妙なスパイスの香り。
(んーっ! 美味しい!)
僕は満面の笑みを浮かべ、店主に褒めるつもりで前足を軽く上げた。
店主には、口元が裂けるように吊り上がった凶悪な笑顔で「次はお前だ」とでも言われたようにしか見えなかった。
「ひいいいッ!! め、目が合っただけで魂が抜けるかと……!」
店主はそのまま白目を剥いて倒れた。
(あれ? 寝ちゃった。こんな夜中だし、お疲れなのかな?)
働きすぎていた前世を少し思い出し、申し訳ないと思いながらも、僕は次々と屋台を巡っていく。
高級ワインを樽ごと飲み干し、希少な果物を皮ごと齧り、パン屋の棚を空っぽにする。
その暴食ぶりは、街の人々にとっては「底なしの食欲を持つ害獣」そのものだったが、本人にとっては「楽しい食べ歩き」でしかなかった。
そして、街の中央広場に差し掛かった時だ。
【魔力感知】が、ぴくりと反応した。
それと同時に。
胸の奥が、別の意味でも跳ねた。
(……むっ?)
視線の先。広場の噴水の近くに、人垣から取り残されたようにポツンと佇む影があった。
それは、上等なドレスの上にマントを羽織った、貴族の令嬢らしき若い女性だった。
彼女はフェンリル襲来の報せを聞いて屋敷から避難しようとしたものの、このパレードの大混乱に巻き込まれ、逃げ遅れてしまったのだ。
恐怖でガタガタと震えながら、唯一の心の支えである愛犬を必死に抱きしめている。
その愛犬は、シルキーテリアのような小型の魔獣だった。白く長い、手入れの行き届いた毛並みをしている。
(か、可愛い……!)
テンションが跳ね上がった。
前世でこよなく愛したサモエド(そして今の自分)のような、もふもふとしたボリュームのある毛並みが最も好みだが、ああいう丁寧に手入れされた、絹糸のように繊細でつやつやな毛並みも、また違ったベクトルで素晴らしい!
吸い寄せられるように、令嬢の方へと歩み寄った。
「キャンッ! キャンッ!」
小型の魔獣は、僕を見るやいなや、ちぎれんばかりに尻尾を振り始めた。
スキル【魅了(もふもふ)】の効果は絶大だ。
彼にとって目の前の僕は、「本能で懐いてしまう相手」――そんなふうに映っているらしい。
だが、飼い主の令嬢は違う。
「ひっ……! だ、だめよミシェル! 行っちゃだめ!」
令嬢は恐怖でガタガタと震えながらも、自ら僕に飛び込もうとする愛犬を必死に抱きしめて引き止めた。
彼女の目には、愛犬が「恐怖でパニックを起こして暴れている」ように見えていた。
僕は令嬢の目の前で止まり、鼻先を愛犬に近づけた。
クンクン。
いい匂いだ。シャンプーのような香りがする。これは、かなりすばらしい。
(ねえねえ、ちょっと触らせて?)
僕は前足を伸ばした。
「いやぁぁぁ! 食べないでぇぇぇ!」
令嬢は、このまま自分もろとも捕食されてしまうと思い、悲鳴を上げながら目を閉じる。
だが、振り下ろされた前足は、彼女に触れることはなかった。
代わりに。
フォォォォォ……。
【温風(ドライヤー)】が発動し、毛並みをふわりと持ち上げた。
「……え?」
令嬢が恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。
僕の前足の先から、心地よい温風が吹き出し、愛犬の毛並みを優しく撫でているのだ。
愛犬は僕の巨大な肉球にスリスリと体を擦り付けている。
さらに、器用な指先(前足の先端)を使った手櫛で、愛犬の毛のもつれを丁寧に解いていく。
「くぅ~ん♪」
愛犬は完全に脱力し、されるがままになっていた。
「こ、これは……?」
令嬢はその光景に呆然とした。
食べられてしまうと思っていた愛犬が、グルーミングを受けている。
しかも、さっきまで少し湿気でペタッとしていた毛が、見る見るうちにふわっふわの最高級仕上げに変わっていくではないか。
「ワフン♪(うん、いい仕上がりだ!)」
僕は満足げに頷いてみせた。
(ご主人様も、綺麗な髪だね。ついでにやってあげるよ)
サービス精神を発揮し、令嬢の方にも温風を向けてあげた。
フォォォォ……。
令嬢の亜麻色の髪が温風に包まれてふわりと舞い上がり、見違えるほどつやつや、さらさらに整っていく。
「えっ、な? 髪が……すごく軽くなって、さらさらになっていく……」
令嬢は自分の髪に触れ、頬を染めていた。先程の恐怖が、乙女の喜びに上書きされていく。
その様子を見ていた周囲の人々は、目の前で何が起きているのか理解できず、ポカーンと口を開けていた。
「……まさか神獣様に、あのような特技があるなんて……毛並みまで整えてしまうとは……」
誰かが呟いたその言葉が、ポカーンと静まり返った広場に虚しく響いた。
こうして、恐怖のどん底から始まった「歓迎パレード」は、神獣による「グルーミングショー」という、誰も予想しえなかったカオスな展開へと様変わりしていった。
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