あまつきつね♀の花嫁♂

犬井ぬい

文字の大きさ
8 / 10

第八話

しおりを挟む
 明が次に目を覚ました時、二人の少女が布団に突っ伏し泣いていた。

「ごめんねぇー明!梅たちが焚きつけりしたからぁー!」
「すみません、こんなことになるなんて、思わなかったんです……っ!」

 上体を起こすと、一歩離れた席で、宵が意味ありげに笑っている。
 ここは客間だろうか。綺麗に整頓された部屋の真ん中に、布団を敷かれて寝かされていたようだ。
 布団は、掛布団も敷布団も、今までに触れたこともない上等なものだ。
 きょろきょろと見まわして状況を確認してから、自分の体のほうにようやく気がいった。

「傷が、治ってる……」

 体を起こしても、捻っても、痛くない。
 着物も綺麗なものになっており、捲って見れば腹に開いていた傷が綺麗に塞がっていた。薄く、引きつれたような痕が残ってはいるが、ここに穴がいていたとは思えない。

「吾が花嫁が血まみれでは困るからな。着替えさせたのはウメとモモだ。礼を言っておけ」
「そうか。すまない、二人とも。ありがとう」

 顔をあげた二人は、随分と人間くさい、涙と鼻水でぼろぼろの顔だった。
 すぐに明は身を正し、布団の上で頭を出来るだけ低くする。

「明様、もう二度と、死にたいなどとおっしゃらないでくださいね……」
「わかった」
「もうっ!明はまたわかったわかったって!本当に理解してるのぉー!?」
「大丈夫、もう、ちゃんとわかったから」

 二人の、同じ年頃の娘の泣き顔を見ても、あれほど胸が締め付けられることはなかった。
 この感情の名はわからないけれど、きっと、小梅や桃緒を大事にしたいと思う気持ちとは、違うことだけはわかる。

「そうだ、成欠ナリカケは、どうなったんだ?」
「安心しろ。人里へは下ろしていない。お前が泣いて頼むから、今、鬼灯達が社の中で落ち着かせているよ」
「そうか。ありがとう」

 村では人を傷つけた馬や牛は殺されてしまうことが多いから、心配だったのだ。このあたりの考えが、人間は勝手だと神々に罵られるものなのだろう。
 明も思う。人間は勝手だと。
 あんなに死にたがっていたのに、いざ死に瀕すれば急に怖くなって生を懇願した。
 山神である宵からすれば、ただただ呆れてしまう存在だろう。

 宵は泣きやんだ少女二人を部屋から丁寧に出すと、明に向き合った。
 その心を読んだかのように、微笑む。
 あの時と同じ、月光のような包み込む笑みだ。

「それでいいんだ。死にたい人間なんて、いるものか。お前の幼馴染は高潔な魂を持っていたが……何も死ぬことはなかった。吾のもとへ来ていれば、アケルと二人とも、めとってやったのに」

 そういった未来もあったのか、と、明は胸の奥が痛くなるのを感じた。
 自分たちは二人とも、生贄になることしか頭になかった。
 誰も望んでいなかったのに。他の方法を探しもしないで、勝手に先の可能性を狭めてしまった。
 あの子のためにできたのは、一緒に身を投げることでも、身代わりになることでもなかったのだ。

「俺、あの子の分も、アンタに尽くそうと思う」
「ほう」
「救ってもらった命だ。もう勝手に死ぬことはしない」

 少女の白い手へ、細い指先へ、跪く。

「宵様、あなたの為に、この身を捧げさせてください」

 宵の肯定の声に、明は初めて笑顔を見せた。
 姫神が月光のようであるのなら、少年は夜明けに瞬く星のような笑みだった。

「よし、傷も治ったし、今日は休め。祝言はし直しだ。良き日取りを探させておこう」

 宵はすぐさま立ち上がり、部屋の外へ声を掛ける。控えていたらしい雛罌粟ひなげしが、尾を揺らしながら入って来た。手には水差しを持っている。どうやら、不本意ながら明を看病してくれるらしい。
 どういった神通力を使ったのか体はもうなんともないので、世話を辞退しようと問答していると、宵が「吾が伴侶になるのだから有り難くもらっておけ」と笑った。

「どうして、そこまで俺を欲してくれるんだ?俺なんてなんの特技もない……心根だって汚い人間だ」
「そんなことはないさ、それに……」

 少女は考え込むそぶりをして、くるりと窓を向いたと思うと、頬を染めて振り返った。

「実はな、角隠しを取ったお前の顔に、ひとめぼれしてしまったのだ」

 桜色になった頬に、上目に見上げる瞳には、金にほんのりと淡い色が混じる。
 恋をはじめて告げる乙女のようだった。

「姫様は面食いですからのぉ」

 老女のその声にやっと意味が頭の中に入って来て、明も顔を同じ色に染めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...