9 / 10
第九話
しおりを挟む
◇◇◇
「もう大丈夫そうだねぇー、明」
「ええ、お顔が変わりました」
「そうかな?でも、あれからずっと、姫様に顔を褒められるからなあ」
明のことを気遣ってか、ただの惚れた相手への愛の言葉のつもりか。宵はその晩から今日まで、明の良いところを伝え続けた。
実際、明は神が惚れるのも仕方のないような、人間にしては綺麗な顔をしている。
色素の薄い髪色や、切れ長だが大きい瞳。幼い頃は少女に見間違われたのではないかと思う、名士の若君と言われても疑わないような容姿だ。
祝言の為の正装を着付けながら、小梅も桃緒も、義母らがいじめた一因はこれだろうと苦々しく思った。
人間というのは、うつくしいものがあれば傷つけたくなる。自分よりも整ったものがいれば、壊したくなるものだ。
明はここへ来なければ、きっと、近いうちに本当に壊されていただろう。
「姫様って呼ぶと怒られますよ」
「そうだった。じゃあ、行ってくる。宵のところへ」
広間へ続く回廊には、小さなあやかし達が灯りを点らせて待っていた。不思議なことに、明の踝程度の背丈の子どもが、光る烏帽子を揺らして案内してくれるのだ。
昼間だと言うのに薄暗いのは、外が雨のせい。
ここでの天気は外の世界とつながっているので、今頃は村にも雨が降っているだろうとのことだった。
降らせてくれた本人には何度も伝えたが、雨だれから落ち続ける雫を見て「ありがとう」と呟く。
これで村は助かるだろう。山も、枯渇して動物たちが瀕することもない。
それに、雨の日の祝言は縁起が良いのだそうだ。
千年生きたという狐に教えてもらった。
「なあ、この格好、変じゃないかな?」
案内してくれた小人に聞いてみても、烏帽子の頭を傾げるだけだった。
小梅と桃緒は「かっこいい」と褒めてはくれたが、お世辞だろう。こんな上等な服や身支度をしたことがないのだから。
祝言をする、花嫁にする、と何度も言われたので、また女物の着物を着せられるのかと思いきや、明は皺ひとつない漆黒の袴をしっかりと着付けて出された。
髪も椿油で整えられ、金箔を塗った見栄えの良い扇子まで持たされているという仕上がり具合だ。
広間の戸の前で、ふ、と息を吐いてみる。すべてが生まれてはじめてのことで、緊張している。
するとどこからどういう原理で響いてくるのか、頭の中に若い男の通りのよい声がした。
「花嫁の、おなーりーー!」
廊下の両脇には誰もいないのに、勝手に戸が開く。
相変わらず靄のかかった室内には、やはりずらりと人ならざるもの達が並んでいる。どうやら皆正装をしているらしく、ヒト型で着物を着た者が多くなっていた。
鬼灯も雛罌粟も、袴と、綺麗に染められた着物を纏って背筋を伸ばしている。おそらく、宵の親代わりなのだろう。
明が一歩進むと、その足元から徐々に靄が明けていく。
末席には桃緒と梅もしっかり着替えて座っていて、少しだけ安心した。
一番奥の席で待つ宵は、今日もため息を吐きたくなるほどに銀色で美しい。輝きに吸い寄せられるようにして進むと、宵は扇子の隙間からこそりと微笑んだ。
「はじめて会った時の白無垢も良かったが、こちらはこちらで、男ぶりが上がって良いな」
「それって、馬鹿にしてる?」
「しておらんよ。どうだ、吾の方は。衣装を褒めてはくれないのか?」
褒める隙もないくらい完璧なのに、どこをどう褒めたものか。明は今までに女人を褒めることなど、勿論したことがない。
けれど、明がどう答えるのか楽しみにしているのが、狐耳のぴょこぴょこした動きで見とれた。
整えられた毛並み。流れる銀の髪。明を見つめる瞳。可愛くないわけがない。
「綺麗だ。今すぐ嫁にしたいくらい」
「それはできぬな。お前はもう、私に嫁入りしているだろう、アケル」
盃を交わせば、あやかし達がわっと沸き上がる。
小梅も桃緒も、今日は無礼講だと言わんばかりにあやかしに交じって笑っていた。
山中のあやかし達が山神と花嫁を祝い、宴の喧騒は三日三晩続いたと言う。
◇◇◇
こうして、千年生きた天狐の少女と、生贄に差し出された人間の花嫁は、しあわせに成りました。
めでたし、めでたし。
◇◇◇
「もう大丈夫そうだねぇー、明」
「ええ、お顔が変わりました」
「そうかな?でも、あれからずっと、姫様に顔を褒められるからなあ」
明のことを気遣ってか、ただの惚れた相手への愛の言葉のつもりか。宵はその晩から今日まで、明の良いところを伝え続けた。
実際、明は神が惚れるのも仕方のないような、人間にしては綺麗な顔をしている。
色素の薄い髪色や、切れ長だが大きい瞳。幼い頃は少女に見間違われたのではないかと思う、名士の若君と言われても疑わないような容姿だ。
祝言の為の正装を着付けながら、小梅も桃緒も、義母らがいじめた一因はこれだろうと苦々しく思った。
人間というのは、うつくしいものがあれば傷つけたくなる。自分よりも整ったものがいれば、壊したくなるものだ。
明はここへ来なければ、きっと、近いうちに本当に壊されていただろう。
「姫様って呼ぶと怒られますよ」
「そうだった。じゃあ、行ってくる。宵のところへ」
広間へ続く回廊には、小さなあやかし達が灯りを点らせて待っていた。不思議なことに、明の踝程度の背丈の子どもが、光る烏帽子を揺らして案内してくれるのだ。
昼間だと言うのに薄暗いのは、外が雨のせい。
ここでの天気は外の世界とつながっているので、今頃は村にも雨が降っているだろうとのことだった。
降らせてくれた本人には何度も伝えたが、雨だれから落ち続ける雫を見て「ありがとう」と呟く。
これで村は助かるだろう。山も、枯渇して動物たちが瀕することもない。
それに、雨の日の祝言は縁起が良いのだそうだ。
千年生きたという狐に教えてもらった。
「なあ、この格好、変じゃないかな?」
案内してくれた小人に聞いてみても、烏帽子の頭を傾げるだけだった。
小梅と桃緒は「かっこいい」と褒めてはくれたが、お世辞だろう。こんな上等な服や身支度をしたことがないのだから。
祝言をする、花嫁にする、と何度も言われたので、また女物の着物を着せられるのかと思いきや、明は皺ひとつない漆黒の袴をしっかりと着付けて出された。
髪も椿油で整えられ、金箔を塗った見栄えの良い扇子まで持たされているという仕上がり具合だ。
広間の戸の前で、ふ、と息を吐いてみる。すべてが生まれてはじめてのことで、緊張している。
するとどこからどういう原理で響いてくるのか、頭の中に若い男の通りのよい声がした。
「花嫁の、おなーりーー!」
廊下の両脇には誰もいないのに、勝手に戸が開く。
相変わらず靄のかかった室内には、やはりずらりと人ならざるもの達が並んでいる。どうやら皆正装をしているらしく、ヒト型で着物を着た者が多くなっていた。
鬼灯も雛罌粟も、袴と、綺麗に染められた着物を纏って背筋を伸ばしている。おそらく、宵の親代わりなのだろう。
明が一歩進むと、その足元から徐々に靄が明けていく。
末席には桃緒と梅もしっかり着替えて座っていて、少しだけ安心した。
一番奥の席で待つ宵は、今日もため息を吐きたくなるほどに銀色で美しい。輝きに吸い寄せられるようにして進むと、宵は扇子の隙間からこそりと微笑んだ。
「はじめて会った時の白無垢も良かったが、こちらはこちらで、男ぶりが上がって良いな」
「それって、馬鹿にしてる?」
「しておらんよ。どうだ、吾の方は。衣装を褒めてはくれないのか?」
褒める隙もないくらい完璧なのに、どこをどう褒めたものか。明は今までに女人を褒めることなど、勿論したことがない。
けれど、明がどう答えるのか楽しみにしているのが、狐耳のぴょこぴょこした動きで見とれた。
整えられた毛並み。流れる銀の髪。明を見つめる瞳。可愛くないわけがない。
「綺麗だ。今すぐ嫁にしたいくらい」
「それはできぬな。お前はもう、私に嫁入りしているだろう、アケル」
盃を交わせば、あやかし達がわっと沸き上がる。
小梅も桃緒も、今日は無礼講だと言わんばかりにあやかしに交じって笑っていた。
山中のあやかし達が山神と花嫁を祝い、宴の喧騒は三日三晩続いたと言う。
◇◇◇
こうして、千年生きた天狐の少女と、生贄に差し出された人間の花嫁は、しあわせに成りました。
めでたし、めでたし。
◇◇◇
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる