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第一部(幼少編)
28話 嫁入り支度をいたしまして
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「良いですか、はじめは、夫の言う通りにしておけば良いのです。まあ、あなたにこんなことを言っても聞きませんでしょうけども」
「……は、はい、すみません……」
さて、お嫁入り秒読みでございます。
年明けに輿入れの日が指定されたので、我が斎藤家は支度金とか仲人の手配とかで、もう大変。城中、年末年始の準備も加わって本当に、全員が死にそうなくらい忙しかった。
婚約で何年も前に決まっていたこととはいえ、日程決定まで結構急ピッチだったと思う。
戦国時代だと普通なのかな?
私からすると、よっぽど双方、切羽詰まってたんだろうなあとしか思えない。
忙しすぎて他に来れる人がいなかったのか、祝言や初夜の注意事項説明には、いつもは私を放置していた母上が、初めて私の部屋を訪問して直々にご教示くださった。
さすがにちょっと緊張してしまって、言われたことをあまり覚えていない。
「あの、母上……」
「なんでしょう」
母は、若い頃はとても綺麗だったんだろうな(今でもとてもお若い装いだけど)と思う、奥ゆかしい感じの美人だった。
折れそうなくらい細い首の上に乗った輪郭は儚げで、聡明そうな目に、小さな唇。大人しい見た目はやはり、孫四郎と喜平次にそっくりだ。
「私のこと、お嫌いですか?」
直球で聞いてみると、長いまつ毛に伏せられていた目が、ぐわわって大きくなった。
え、怖い。
「……」
「……す、すみません、気になっただけです。私は、母上のこと嫌いじゃないです。あの、ちょっと寂しかったなって、小さい頃思ってただけで」
「……いいえ」
向き合って正座した膝の上に乗っていた母の手が、白い指が少しだけ動いた。
刀や火縄銃を扱う私とは似ても似つかない、お姫様の指。
「奔放で活発なあなたが、勝手に飛び出していってしまうので」
ゆっくり、丁寧な話し方に、静かで落ち着いた声。ご教示の時とは違って、考えながら喋ってくれているのがわかる。
「少し、苦手でしたが、嫌いというわけでは」
ぱち、と、思わず瞬きをしてしまう。
出ていく私に気を使ったのかもしれないけど、それでも、嫌われてなかったと言ってくれたのは、嬉しい。
キラキラと母を見つめていたら、視線を首ごと反らされた。
「勘違いしないよう。今ここに指南に来ているのも、特段、感情があってのことではありません。あなたが乳母を罷免するからです」
母もツンデレか~!なんかかわいいなこの家族。
そして翌日。出発の日。
部屋は鈴加が綺麗にしてくれた。どんぐりも片づけた。服や持っていくものは、全部侍女のみなさんが用意してくれたから、当日の私は案外、することがない。
着飾ってもらってお化粧もしてもらい、父上の部屋へ最後のあいさつに出向いた。
最近は男の子みたいな格好をすることが多かったから、こんなガチお姫様みたいなのは、久しぶりだ。
おしろいを塗ってもらっている間、お化粧担当のお姉さんから、なぜこんなに日焼けしているのか怒られたけど、鏡を見せてもらったら自分でも引くくらい美しい少女がいた。
これは破滅しそうだなあと思った。婚約も破棄されそう。
そのキラキラ顔を見せたら、父に泣かれた。
比喩ではなくてぽろぽろ泣いた。
寂しがるだろうなあ、と思ってたけど、想像以上の寂しがりように、私はちょっと引いた。
しばらくずるずる涙を流したあと、父はなんとか顔を整えて、真面目な話に入った。
「わかっていると思うが、男の小姓は尾張へは連れていけない」
「はい」
彦太とは、昨日、ちゃんとお別れをした。
彼は生家に帰らず、ここで元服まで暮らすと言っていた。それでいいと私も思う。
預かっていた彼の命は、丁寧にのしをつけてお返しした。
充分すぎるほど、尽くしてもらった。
その場しのぎで小姓にしただけだったのに、本当に私の身の回りの世話を、鈴加と競うようにやってくれた。
私と一緒に鍛錬してくれた。
私と友達になってくれた。
私とともに生きてくれた。
前世の記憶を思い出す前はずっと孤独だったし、思い出してからは、自分だけが異質なのでは、って思いで少しだけ寂しかった。
彼がいてくれたおかげで、私は毎日、ひとりじゃなかった。
「……それから、侍女頭として各務野を、護衛に十兵衛を連れて行きなさい」
各務野さんは、私のお行儀の先生だ。9歳からずっと、姫モード教育全般を引き受けてくれていた。
世が世なら、細身の眼鏡をかけてワンピースを来ているタイプの先生だ。そう、ロッ○ンマイヤーさんみたいな。
今でも舞のお稽古では手を扇子で叩かれるし、昨日も祝言の挨拶の練習で、私がなってなさ過ぎて天に向かって叫ばれた。
ちょっと怖いので苦手だけど、彼女はなんでも知ってるからついてきてくれるなら安心だ。
ずっと私の侍女を一人で担ってくれた鈴加は、去年の暮れに斎藤家の家臣のひとりと結婚した。
彼女のてきぱきとした働きぶりを見て結婚を申し込んだということだから、なかなか見込みのある人だ。
今ではお相手の屋敷から私の世話に通っている。きっといずれ子供も出来るだろう。
そうしたら私の世話どころじゃないだろうし、ちょうど良いタイミングだ。
寂しいけど、仕方ない。ちゃんと書き方も覚えたし手紙を書こう。
「父上、今まで、ありがとうございました」
畳を蹴って立つと、ピっと座ったままの父に飛びついた。
前世では「結婚なんてしなくてもいいや」程度の気持ちで生きてたのに、転生したらたった13歳で、父親に結婚の挨拶をすることになるなんて。
「私、お父さんのこと大好きです。ここに生まれてよかった」
「まったく……もう、童子じゃないんだぞ」
「うん」
首に手を回して、抱きつく。父の手は、一度だけ背中に返された。
父はそのあと、また大声で泣いた。
本当に大丈夫なんだろうか、隣の国とはいえ、私が離れて。
して、十兵衛さんとはどなただろうか。
父上が私の護衛に直々に指名するくらいだから、きっと剣の達人だろうな。
……まさか、柳生十兵衛とか!?
それは心強い。
私でも知ってる天下の剣豪、柳生十兵衛。
どんな人だろう。
私が前世で見た柳生十兵衛は、美少女なことが多いけど。
「……は、はい、すみません……」
さて、お嫁入り秒読みでございます。
年明けに輿入れの日が指定されたので、我が斎藤家は支度金とか仲人の手配とかで、もう大変。城中、年末年始の準備も加わって本当に、全員が死にそうなくらい忙しかった。
婚約で何年も前に決まっていたこととはいえ、日程決定まで結構急ピッチだったと思う。
戦国時代だと普通なのかな?
私からすると、よっぽど双方、切羽詰まってたんだろうなあとしか思えない。
忙しすぎて他に来れる人がいなかったのか、祝言や初夜の注意事項説明には、いつもは私を放置していた母上が、初めて私の部屋を訪問して直々にご教示くださった。
さすがにちょっと緊張してしまって、言われたことをあまり覚えていない。
「あの、母上……」
「なんでしょう」
母は、若い頃はとても綺麗だったんだろうな(今でもとてもお若い装いだけど)と思う、奥ゆかしい感じの美人だった。
折れそうなくらい細い首の上に乗った輪郭は儚げで、聡明そうな目に、小さな唇。大人しい見た目はやはり、孫四郎と喜平次にそっくりだ。
「私のこと、お嫌いですか?」
直球で聞いてみると、長いまつ毛に伏せられていた目が、ぐわわって大きくなった。
え、怖い。
「……」
「……す、すみません、気になっただけです。私は、母上のこと嫌いじゃないです。あの、ちょっと寂しかったなって、小さい頃思ってただけで」
「……いいえ」
向き合って正座した膝の上に乗っていた母の手が、白い指が少しだけ動いた。
刀や火縄銃を扱う私とは似ても似つかない、お姫様の指。
「奔放で活発なあなたが、勝手に飛び出していってしまうので」
ゆっくり、丁寧な話し方に、静かで落ち着いた声。ご教示の時とは違って、考えながら喋ってくれているのがわかる。
「少し、苦手でしたが、嫌いというわけでは」
ぱち、と、思わず瞬きをしてしまう。
出ていく私に気を使ったのかもしれないけど、それでも、嫌われてなかったと言ってくれたのは、嬉しい。
キラキラと母を見つめていたら、視線を首ごと反らされた。
「勘違いしないよう。今ここに指南に来ているのも、特段、感情があってのことではありません。あなたが乳母を罷免するからです」
母もツンデレか~!なんかかわいいなこの家族。
そして翌日。出発の日。
部屋は鈴加が綺麗にしてくれた。どんぐりも片づけた。服や持っていくものは、全部侍女のみなさんが用意してくれたから、当日の私は案外、することがない。
着飾ってもらってお化粧もしてもらい、父上の部屋へ最後のあいさつに出向いた。
最近は男の子みたいな格好をすることが多かったから、こんなガチお姫様みたいなのは、久しぶりだ。
おしろいを塗ってもらっている間、お化粧担当のお姉さんから、なぜこんなに日焼けしているのか怒られたけど、鏡を見せてもらったら自分でも引くくらい美しい少女がいた。
これは破滅しそうだなあと思った。婚約も破棄されそう。
そのキラキラ顔を見せたら、父に泣かれた。
比喩ではなくてぽろぽろ泣いた。
寂しがるだろうなあ、と思ってたけど、想像以上の寂しがりように、私はちょっと引いた。
しばらくずるずる涙を流したあと、父はなんとか顔を整えて、真面目な話に入った。
「わかっていると思うが、男の小姓は尾張へは連れていけない」
「はい」
彦太とは、昨日、ちゃんとお別れをした。
彼は生家に帰らず、ここで元服まで暮らすと言っていた。それでいいと私も思う。
預かっていた彼の命は、丁寧にのしをつけてお返しした。
充分すぎるほど、尽くしてもらった。
その場しのぎで小姓にしただけだったのに、本当に私の身の回りの世話を、鈴加と競うようにやってくれた。
私と一緒に鍛錬してくれた。
私と友達になってくれた。
私とともに生きてくれた。
前世の記憶を思い出す前はずっと孤独だったし、思い出してからは、自分だけが異質なのでは、って思いで少しだけ寂しかった。
彼がいてくれたおかげで、私は毎日、ひとりじゃなかった。
「……それから、侍女頭として各務野を、護衛に十兵衛を連れて行きなさい」
各務野さんは、私のお行儀の先生だ。9歳からずっと、姫モード教育全般を引き受けてくれていた。
世が世なら、細身の眼鏡をかけてワンピースを来ているタイプの先生だ。そう、ロッ○ンマイヤーさんみたいな。
今でも舞のお稽古では手を扇子で叩かれるし、昨日も祝言の挨拶の練習で、私がなってなさ過ぎて天に向かって叫ばれた。
ちょっと怖いので苦手だけど、彼女はなんでも知ってるからついてきてくれるなら安心だ。
ずっと私の侍女を一人で担ってくれた鈴加は、去年の暮れに斎藤家の家臣のひとりと結婚した。
彼女のてきぱきとした働きぶりを見て結婚を申し込んだということだから、なかなか見込みのある人だ。
今ではお相手の屋敷から私の世話に通っている。きっといずれ子供も出来るだろう。
そうしたら私の世話どころじゃないだろうし、ちょうど良いタイミングだ。
寂しいけど、仕方ない。ちゃんと書き方も覚えたし手紙を書こう。
「父上、今まで、ありがとうございました」
畳を蹴って立つと、ピっと座ったままの父に飛びついた。
前世では「結婚なんてしなくてもいいや」程度の気持ちで生きてたのに、転生したらたった13歳で、父親に結婚の挨拶をすることになるなんて。
「私、お父さんのこと大好きです。ここに生まれてよかった」
「まったく……もう、童子じゃないんだぞ」
「うん」
首に手を回して、抱きつく。父の手は、一度だけ背中に返された。
父はそのあと、また大声で泣いた。
本当に大丈夫なんだろうか、隣の国とはいえ、私が離れて。
して、十兵衛さんとはどなただろうか。
父上が私の護衛に直々に指名するくらいだから、きっと剣の達人だろうな。
……まさか、柳生十兵衛とか!?
それは心強い。
私でも知ってる天下の剣豪、柳生十兵衛。
どんな人だろう。
私が前世で見た柳生十兵衛は、美少女なことが多いけど。
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