94 / 134
第二部
閑話⑤ フライパンクッキーを作りまして2
しおりを挟む
竹籠に、私が持っている中で一番かわいい花柄の風呂敷包みを広げ、焼きあがったクッキーをたくさん詰め込んで。
女の子の部屋に行くんだもの。たまにほんの少し女子力上げたっていいでしょ。
「どうかな?」
差し出された籠の中身を、日奈はまじまじと、目を大きくさせて見つめている。
粗熱を取ったクッキー達は、それでも包みを開くと香ばしい匂いを漂わせた。
整えられたショートボブが、輪郭に沿って揺れる。
日奈は桶狭間から帰ってきてから、ずっと沈んでいた。
死の恐怖を何度も味わって、しなくていい怖い思いもしたし、無事に帰って来てから嫌な思いをたくさんした。
彼女に少しでも元気を出してもらいたくて、こうしてリハビリと称して現代風のお菓子を作ったのだ。
「ありがとう……クッキーって作れるんだ」
「うん。油と小麦粉と砂糖で作れるのよ?前に、お母さんが作ってれたって言ってたから。十兵衛と夕凪と三人で作ったの」
お店で売っているものとは、天と地ほどの差があるけれど。
形も大きさもまちまちで、焼き加減にもムラのあるクッキー。
味見をしたから不味くはないはずだけど、手作りのお菓子をあげるときって、誰にあげるのでも、それなりに緊張する。
女友達にあげるのなんて、それこそ高校時代以来だし。
戸惑っていた日奈はそれでも興味を持ってくれて、籠の中に山になった上から指でひとつ取り、ゆっくり口に運んだ。
サク、と小気味よい音がする。
「どう?おいしい?」
「……ママのと違う。けど、」
なつかしい味がする。と、彼女はひとくちひとくち、かみしめるようにして、残りの欠片を食べた。
飲み込んだあとに、ぽた、と大粒の涙が頬を伝って落ちる。
拭っても拭ってもあふれるそれをあきらめて、日奈は声に出して泣き出した。
「あ、あええ!どうして!?」
「違う、ちがうの……うう……ま、ママに、会いたくなっちゃ、って……う、うぇえん……」
ママに会いたい、パパに会いたい、友達に会いたい、と、彼女はちいさな子どものように泣いた。
ここ最近、女の子を泣かせてばかりだ。
高校生なんだもん。まだ子どもだよね。
信長も、十兵衛も、17歳くらいの時は泣いてはいないけどまだ子どもって感じだったし。
私も、帰りたくなって一度泣いたし。
情緒なんて、少しの衝撃でぐちゃぐちゃになるものだ。
泣きじゃくる日奈の口に、とりあえずクッキーをもう一枚押し込んだ。
えぐえぐと泣きながら、食べてる。
「ママのクッキーの方が、おいしいよぉ……」
「ごめんね焦げてて」
「ううん。でも、これもおいしい。はい」
涙を何度も拭いながら、日奈がお返しに、と、クッキーを一枚取って差し出してきた。
さっき味見で食べたけど、もう一枚くらいいいだろう。
ぱく、とそのまま口に招く。
十兵衛がいたら、女の子同士でも「はしたない」と怒るだろうか。
口の中でサクサク音をたてる。
「うん。おいしいね」
そう言われて噛みしめれば、なつかしさのある味かもしれない。
私の母は頻繁にお菓子を焼いてくれるタイプではなかったが、時たま、本当に数年に一回くらいの確率で、簡単なお菓子を作ってくれた。
小さい頃、オーブンの前で背伸びして、焼き上がりを待っていた時のにおい。
小麦粉ベースの黄色い生地が、こんがり焼けていく。なつかしい、やわらかなにおい。
「大丈夫よ、日奈。絶対に、もとの時代に帰してあげるから。こういうのはね、だいたい帰れるものなのよ。お約束よ」
タイムスリップものは、最終回にはたいてい帰れるのだ。転生ものは知らないけど。
「……うん。その時は、帰蝶も帰ろうね……」
「ありがとう。そうなったらきちんとオーブンでブンしたクッキーを御馳走するわ」
「私も、ママと一緒に焼くね」
果たせることはないかもしれない約束をして、私達は笑った。
日奈には言えないけど、帰れなくても私はこの生活がそれなりに好きだから、いいかな、と思う。
私を護ってくれる護衛従者ズもいるし。信長はまだまだ見てないと心配だし。
こうやって、戦国時代には受け入れられないはずのスイーツを作っても、喜んで食べてくれる人もいるし。
さて、次は何を作ろうかな。
女の子の部屋に行くんだもの。たまにほんの少し女子力上げたっていいでしょ。
「どうかな?」
差し出された籠の中身を、日奈はまじまじと、目を大きくさせて見つめている。
粗熱を取ったクッキー達は、それでも包みを開くと香ばしい匂いを漂わせた。
整えられたショートボブが、輪郭に沿って揺れる。
日奈は桶狭間から帰ってきてから、ずっと沈んでいた。
死の恐怖を何度も味わって、しなくていい怖い思いもしたし、無事に帰って来てから嫌な思いをたくさんした。
彼女に少しでも元気を出してもらいたくて、こうしてリハビリと称して現代風のお菓子を作ったのだ。
「ありがとう……クッキーって作れるんだ」
「うん。油と小麦粉と砂糖で作れるのよ?前に、お母さんが作ってれたって言ってたから。十兵衛と夕凪と三人で作ったの」
お店で売っているものとは、天と地ほどの差があるけれど。
形も大きさもまちまちで、焼き加減にもムラのあるクッキー。
味見をしたから不味くはないはずだけど、手作りのお菓子をあげるときって、誰にあげるのでも、それなりに緊張する。
女友達にあげるのなんて、それこそ高校時代以来だし。
戸惑っていた日奈はそれでも興味を持ってくれて、籠の中に山になった上から指でひとつ取り、ゆっくり口に運んだ。
サク、と小気味よい音がする。
「どう?おいしい?」
「……ママのと違う。けど、」
なつかしい味がする。と、彼女はひとくちひとくち、かみしめるようにして、残りの欠片を食べた。
飲み込んだあとに、ぽた、と大粒の涙が頬を伝って落ちる。
拭っても拭ってもあふれるそれをあきらめて、日奈は声に出して泣き出した。
「あ、あええ!どうして!?」
「違う、ちがうの……うう……ま、ママに、会いたくなっちゃ、って……う、うぇえん……」
ママに会いたい、パパに会いたい、友達に会いたい、と、彼女はちいさな子どものように泣いた。
ここ最近、女の子を泣かせてばかりだ。
高校生なんだもん。まだ子どもだよね。
信長も、十兵衛も、17歳くらいの時は泣いてはいないけどまだ子どもって感じだったし。
私も、帰りたくなって一度泣いたし。
情緒なんて、少しの衝撃でぐちゃぐちゃになるものだ。
泣きじゃくる日奈の口に、とりあえずクッキーをもう一枚押し込んだ。
えぐえぐと泣きながら、食べてる。
「ママのクッキーの方が、おいしいよぉ……」
「ごめんね焦げてて」
「ううん。でも、これもおいしい。はい」
涙を何度も拭いながら、日奈がお返しに、と、クッキーを一枚取って差し出してきた。
さっき味見で食べたけど、もう一枚くらいいいだろう。
ぱく、とそのまま口に招く。
十兵衛がいたら、女の子同士でも「はしたない」と怒るだろうか。
口の中でサクサク音をたてる。
「うん。おいしいね」
そう言われて噛みしめれば、なつかしさのある味かもしれない。
私の母は頻繁にお菓子を焼いてくれるタイプではなかったが、時たま、本当に数年に一回くらいの確率で、簡単なお菓子を作ってくれた。
小さい頃、オーブンの前で背伸びして、焼き上がりを待っていた時のにおい。
小麦粉ベースの黄色い生地が、こんがり焼けていく。なつかしい、やわらかなにおい。
「大丈夫よ、日奈。絶対に、もとの時代に帰してあげるから。こういうのはね、だいたい帰れるものなのよ。お約束よ」
タイムスリップものは、最終回にはたいてい帰れるのだ。転生ものは知らないけど。
「……うん。その時は、帰蝶も帰ろうね……」
「ありがとう。そうなったらきちんとオーブンでブンしたクッキーを御馳走するわ」
「私も、ママと一緒に焼くね」
果たせることはないかもしれない約束をして、私達は笑った。
日奈には言えないけど、帰れなくても私はこの生活がそれなりに好きだから、いいかな、と思う。
私を護ってくれる護衛従者ズもいるし。信長はまだまだ見てないと心配だし。
こうやって、戦国時代には受け入れられないはずのスイーツを作っても、喜んで食べてくれる人もいるし。
さて、次は何を作ろうかな。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる