消失病 ~キミが消えたあの夏の日~

上村夏樹

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Side-A 消失少女と喪失少年

悪夢と決意

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 最近、嫌な夢を見る。その悪夢は、俺の過去そのものだ。
 悪夢にうなされるたびに思い出す。
 俺が人との触れ合いを嫌うようになった、そのきっかけを。


 中学二年生の頃、俺には気になる異性がいた。
 その女の子は、腰のあたりまで伸ばしたキレイな髪が印象的だった。目は切れ長で、ちょっと賢そうに見える。事実、勉強はできたし、場を和ませたり、まとめるのが上手な女の子だった。同世代の女の子よりも、一回り大人びていたと思う。ガキっぽい俺にとっては憧れの存在だった。

 いつからだろう。
 髪を耳にかける色っぽい所作。
 口もとに手を当てる上品な笑み。
 教科書をめくる細くしなやかな指先。
 その一つ一つの仕草に夢中になったのは。
 そう考えるようになったときには、もうすでに恋に落ちていた。

 ある日、俺は友達の後藤に恋の相談をした。まだあの頃は、俺にも『友達』と呼べる、心を許した仲間がいたのだ。
 後藤とは小学校からの付き合いである。
 あいつはとにかく世話焼きだった。よくクラスメイトのケンカの仲裁に入ったりもしていたし、俺以外にも恋愛相談に乗っていると聞いたこともある。情に厚いというか、とにかくお節介なのだ。
 恋愛相談をすると、後藤は親身になって俺の話を聞いてくれた。俺が弱気な発言をすれば励ましてくれたし、悩んでいたら一緒に解決方法を考えてくれた。
 あるとき、後藤に「いつも相談に乗ってもらってごめんな」と謝った。
 後藤は目を丸くして、そして笑った。

「そういうときは『ありがとう』じゃね?」

 なるほど。そのとおりである。
 慌てて「ありがとう」と言い直した俺を見て、今度は苦笑した。

「礼なんかいいって。まぁあれだ。ガチのケンカの仲裁より気楽でいい」

 俺が「俺にとっちゃ気楽じゃなくて一大事だけどな」とこぼすと、後藤は「違いない」と言って、また笑うのだった。



 相談してから一か月近くたったある日のこと。
 放課後、俺は校舎裏に呼び出された。
 呼び出したのは後藤だ。彼の話によれば、なんでもビッグニュースがあるのだとか。
 そのニュースの内容を問いただすと、後藤は嬉しそうに口を開いた。

「あの子、蓮に気があるらしいぜ」

 嘘だと思った。
 あんな大人っぽくてキレイな女の子が、俺のことを? そんな馬鹿な。どう考えても不釣り合いすぎる。
 しかし、後藤の話には信憑性があった。
 後藤の仕入れた情報源は、彼女の友人たちだったのだ。後藤は彼女たちとメールをして、さり気なく情報を引き出したのだという。

「う、嘘だろ? あの子が俺のこと、好きなわけねぇじゃん」
「疑い深いなぁ。なら、メール見るか?」
「……えっ?」

 他人のメールを盗み見る。
 そのことにいくらかの罪悪感もあったけど、己の恋のためならば、そんなのは些細な問題だと思った。今考えると、なかなかの盲目っぷりだったなと自分でも思う。
 俺は早速そのメールのやり取りを後藤に見せてもらった。
 ケータイを見ると、「あの子、彼氏は今いないよぉ」というメールが受信箱に残されていた。別のメールには、「『後藤君ってカッコいいよね。一緒にサーフィンしてみたいな』とか言ってた」という文章に、ハートの絵文字が添えられていた。
 舞い上がる俺。
 サーフィンやっててよかったと本気で思った。別にモテたいがために始めたわけではないけれど、このときばかりはサーフィンとの出会いに感謝した。

「……これはイケるな」

 後藤がそうつぶやいた。
 俺は「いや、まだ心の準備ができてないし。つーかそんな軟派な男じゃないし俺」とかなんとか言い訳したけど、内心では告白する気満々だった。
 いや、だってあのメールを見たら、普通はその気になるだろう。イケると思うだろう。むしろ、付き合った後のこととか、すでに考えていたくらいだ。それくらい、俺は思春期真っ只中のエロガキでしかなかった。

 後藤に礼を言うと、あいつは「礼は付き合ってからでいいぜ。ラーメンおごれよな」と笑ってくれた。背中を押してくれるような、温かい声だった。
 悩むことなんてない。
 俺は彼女に告白をすることにした。



 放課後、校舎裏に彼女を呼び出した。ベタではあるが、校内で人目につかない場所はここくらいしか思いつかなかった。
 彼女は普段どおり落ち着いた様子だった。少なくとも、緊張とかそういうものは感じ取れなかった。
 対照的に、俺はかなり緊張していたのをよく覚えている。いくらあのメールの内容を見たからといって、憧れの女の子に告白するのだ。ドキドキしないほうがおかしい。

 一度深呼吸をする。
 ぎゅっと拳を握り、覚悟を決めた。

「――俺と、付き合ってください」

 簡潔に気持ちを伝えた。
 俺は口下手だ。無駄に飾った言葉よりも、シンプルな言葉のほうが、気持ちが通じるんじゃないかって思った。
 返答にはいくらか間があった。
 やがて彼女は申し訳なさそうに表情を曇らせて、

「ごめんなさい。私、彼氏がいるの」

 耳を疑うような台詞を口にした。
 彼女の言葉を頭の中で反芻する。
 彼氏が、いる。
 ……いないんじゃないのかよ。
 俺の恋は呆気なく打ち砕かれた。



 翌日、失恋したことを後藤に話した。
 後藤は嫌な顔一つせずに俺の相談に乗ってくれたし、いつだって俺を励ましてくれた。だったら、告白の結果を話すのは当然だろう。
 いや、本当のことを言えば、俺は慰めてもらいたかったのだ。
 世話焼きで優しい後藤のことだ。俺を元気づけてくれる言葉をかけてくれるかも。なんなら、俺を励ますために残念会まで開いてくれるかもしれない。そんなことまで期待していた。

 しかし、俺の予想は裏切られた。

 俺の話を聞き終えた後藤はケタケタと笑った。眉を吊り上げ、口を裂けるくらいに大きく開けて笑っている。
 とても醜い笑顔だった。
 俺には何がおかしいのかまったく理解できなかったし、そもそも後藤はこんなに気色の悪い笑い声じゃない。穏やかで親しみのある声だったはず。こいつの正体は後藤じゃなくて、後藤の姿をした別の誰かなんじゃないかとすら思えてきた。

 困惑していると、後藤は俺の肩に腕を回してきた。
 後藤の唇が醜悪な曲線を描く。

「お前がいけねぇんだぞ? 人の彼女に手ぇ出そうとするからこういう目に遭うんだ」

 臭い息が鼻にかかる。
 後藤のねっとりとした視線が、俺を捉えて離さない。

「かの、じょ?」

 あの子が、後藤の彼女だったというのか。
 つまり――あのメールは偽物で、後藤の友達はグルだった?

 どうしてだ。

 どうして「俺、あの子と付き合ってるんだ」って正直に言ってくれないんだ。そうしてくれれば、俺だってあきらめがついたのに。わざわざ俺の恋を目いっぱい育ててから踏みにじる意味なんてどこにある?

 受け入れ難い現実を突きつけられて、言葉を失った。
 俺のことはお構いなく、続けて後藤は言う。

「オレの彼女のこと好きとか言われて、ちょっとムカついちまったんだよ。だから、悪戯しちまった。相談に乗って、告白まで誘導したんだよ。友達にも協力してもらってさ。例のケータイのメール見たろ? あれ、全部偽装工作だから」

 つまり、俺は後藤に騙されていたんだ。
 俺と好きな子が同じだからって、そんなに怒ることかよ。意味わかんねぇ。俺たち友達じゃないかよ。 

 友達じゃない……のか?
 後藤にとって、俺はただの遊び相手なのか?
 今まで俺が「相談」と呼んでいた行為はなんだったんだ。絶対に成功しない告白をする俺を嗤うための「遊び」の準備だったのか?

 腹の奥底が燃えるように熱い。俺の気持ちを弄ばれたことに対して、沸々と怒りがわいてくる。

「どうよ、蓮? 好きな女の子にフラれた気分は」

 俺の中で何かが弾けた。
 気づけば、後藤に殴りかかっていた。相手の鼻のあたりに拳がめり込む。衝撃で俺の手には刺すような痛みが走った。
 後藤は派手にしりもちをついた。鼻血が出ていたけど、そんなの関係ない。俺の受けた心の傷のほうが痛いってことを思い知らせてやる。後藤に詰め寄って、腹のあたりに蹴りをぶち込んでやった。
 その日はそのまま帰宅した。

 翌日、登校したら、教室に俺の居場所はなかった。特に嫌がらせを受けたわけではないが、徹底的にクラスメイトに無視された。
 きっと後藤の仕業だ。だが、どんなやり方で俺を無視するクラス体制を作りだしたのか、それを知る術はない。クラスメイトに話しかけても、誰も反応しないのだから。
 俺は人間不信に陥った。親友だと思っていた後藤に裏切られたから。

 でも、それだけじゃない。

 彼の悪事を担いだクラスメイト達。そして俺の好きなあの子も……いや、むしろ俺を無視するクラス全体が、一瞬で俺の敵になった。
 昨日まではみんな仲良くしていたのに、どうしてこうなった?
 答えは出なかった。だって、心は目に見えないから。人が本当は何を考えているのかなんて、俺が考えたところでわかりっこないのだ。
 胸の奥が痛い。心をかきむしりたくなる。親友に裏切られると、こんなに悲しい気持ちになるのか。

 この日、俺は決意した。
 誰かと親しくなるのはよそう。他人に期待すればするほど、求めれば求めるほど、その気持ちを裏切られたとき、ものすごく辛いから。
 だったら、最初から期待しないように、他人と関わらずに生きていこう。
 ……そうだ。姉ちゃんさえいればいい。姉ちゃんだけは絶対的に信用できるし、姉ちゃんのためなら俺は世界を敵に回すだけの覚悟がある。
 だからもう、友達なんかいらない。
 この事件がきっかけで、そんなふうに考えるようになった。

 そういえば……姉ちゃんが事故に遭った日から、毎日この夢を見ている気がする。
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