幼馴染は最強設定!

路地裏乃猫

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不穏な事態

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 その夜。
  帰り道を急ぐ俺の頭には、さっきの二人の会話がしつこいほどリピート再生していた。
  例の件? 
  自分の気持ち? 
  事実上のノー? 
  ゆっくり考えろ?
  厭な予感が脳裏をよぎり、次の瞬間にはそれをまさかと打ち消している。が、その次の瞬間には、結局、厭な予感が脳裏を支配している……
  そのゴールのない堂々巡りは、風呂から上がったあとも、夕食を終えたあとも、勉強の途中も、そしてベッドに潜りこんだ後も収まらなかった。
  ――遼がいなくても、もう、大丈夫だから。
  あれはつまり、そういう意味だったのか? 自分には翔兄がいるから、もう、お前は相方としての役目を終えている、と……?
  もっとも、先に結を邪魔だと言ったのは俺の方で、だから、俺を見限って翔兄についた結を責めるわけにはいかないのだが……でも。
  でも、何だろう。
  あとからあとから沸いてくる、この、苛立ちと悔しさは。
  あの時の言葉は、確かにある意味では本音だった。結がいるからこそ彼女も作れず、それに、お坊ちゃんで何かと危なっかしいから、目を離せずつい構ってしまう。
  正直、その鈍さにうんざりしてしまうこともある。あいつがいなければ、もっと普通の高校生活を楽しんでいたかもしれないと思うことも――
  でも。
  だからって、イコール嫌いってことにはならないだろ。
  俺のこと、何だと思ってやがるんだよ。
  時計を見ると、すでに午前三時を回っている。どうせこのままベッドに寝転がっていても、今夜はもう眠れそうにない……ならば。
  俺はベッドを飛び出すと、スゥエットの上に厚手のパーカーを引っかけ、足音を忍ばせながら玄関へと向かった。そして、運動用のシューズを履き込むと、音が立たないようドアを開け、自転車で夜中の街へと飛びだした。
  夜中といっても、ほとんど明け方に近い町は毒々しいネオンもすっかり色を失って、ただ粛々と新しい朝が訪れるのを待ちわびているかのように見える。
  空を見上げると、冴えた漆黒の空には、砂粒をぶちまけたような無数の星屑。
 「……すげぇな」
  そんな調子で、小一時間ほど適当に街を走り回っていた――その時だ。
 「うわっ!?」
  不意に目の前に飛び出してきた人影に、俺は自転車ごと危うく転倒しかけた。
  ハンドルを切り、ギリギリのところで影を避ける。ブレーキレバーを握って自転車を急停止すると、すかさず俺は振り返り、そして怒鳴った。
 「危ねぇだろうがバカ!」
  瞬間――思いがけない人影の正体に俺は唖然となった。
  何だよ、こいつ……
  それは、一人の小柄な青年だった。
  年齢は、俺とそれほど変わらないだろう。ただ身長は、俺より頭一つ分は小さい。線の細い、ほっそりとした身体は一見すると女子のそれのようで、ただ、それが野郎の身体だと一目でわかったのは、あの部分にぶら下がるブツのせいだ。――が、それさえなければ、乱れた前髪の向こうに覗く中性的な顔立ちのせいもあって、うっかりすると胸のない女子と見間違えていたかもしれない。いや、それはさておいて――
  異様だったのは、その全身をびっしりと覆う痣や擦り傷だ。多分、どこかでひどい暴力を受けたあとで、相手の目を盗むなりしてその場から逃げ出してきたのだろう。
  足取りがふらふらと落ち着かないのは、よほど疲弊しているのか、あるいは妙な薬でも打たれているのだろう。どっちにしても放っておける状態じゃない。
 「おい……」
  自転車を止め、そっと近づく。ふたたび「おい」と声をかけると、振り返った青年の虚ろな瞳が、ふと俺を捉えた――と。
 「……い、やだ」
 「え?」
 「いやだぁ!」
  さらに、唐突にきびすを返してどこかに逃げ出そうとする。ところが青年は、よっぽど慌てていたとみえ、自分で自分の足に躓いてその場に倒れてしまった。
 「お、おい、大丈夫か?」
  駆け寄り、肩を掴んで抱き起こす。ところが青年は、一体誰と見間違ったのか、俺の顔を見るなり突然狂ったように暴れだすと、
 「いやだぁ! 痛い! 痛いのもういやだぁぁ!」
  と子供のように泣き叫び、かと思うと、これまた唐突に気を失った。
 「お……おい、あんた!」
  慌ててその肩を揺すり起こす。が、目を覚ます気配はなく、死人のような無表情だけが、街灯を浴びてしらじらと輝いているのが何とも不気味だった。
  ただ、よく見ると、傷や痣だらけのその顔は人形のように端正な造りで、うっすら開いた唇にはそこはかとない色気さえ感じさせる。
  こいつ、まさか……。
  ふと脳裏をかすめた厭な想像を、取り出したスマホに一一九番を打ち込むことで掻き消す。が、オペレーターへの連絡を終えたあとも、脳裏にこびりついた厭なビジョンはなかなか払拭されてはくれなかった。
 
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