完結!【R‐18】獣は夜に愛を学ぶ(無垢獣人×獣人にトラウマを持つ獣人殺し)

路地裏乃猫

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 結局、待ち合わせの店にゲインは現れなかった。

 釈然としないまま、ロアは秋風亭に引き返す。急用ができたのであれば、店の親父にそう言伝を頼んでいたはずだ。余程の急用で店に来られなくなったのか、あるいは、最初から来るつもりがなかったのか。

 仮に後者だとして……目的は何だ?

 ようやく秋風亭に戻ると、意外にもリクは大人しく留守番をしていた。ところがロアと目が合っても、曖昧に微笑むばかりでいつものように駆け寄るそぶりもない。……いつまでも子供ではない、ということか。

 とりあえずカミラに果実酒を注文する。ゲインに呼び出されたどぶろく亭は、一言で言えば酷い酒場だった。脂臭い店内と、しょっぱいだけの不味い料理。酒はぬるい麦酒のみ。誰かに呼び出されるでもなければ、二度と足を運びたくはない店だ。その呼び出した張本人も結局は店に現れず、とにかく今は麦酒だけは口をつける気になれない。

 やがてカミラが、カップに注いだ果実酒を差し出しながらロアに耳打ちしてくる。

「来たよ、こないだの同業者」

「なに?」

 ゲインが? だが、あの男が指定したのはどぶろく亭ではなかったか。

「何だろう……詳しいことはわからないんだけど、リクに話したいことがあって来たみたい。あの手紙は、ロアをリクから引き剥がすための口実だったんだろうね」

 なるほど。ただ、だとすれば今頃リクの命はなかったはずだ。奴も獣人殺しなら、リクに会う理由といえば一つしかない。……が、そのリクは何事もなかったように生きている。つまり、ゲインの目的はリクの始末ではなかった、というわけだ。

 じゃあ一体……何のために?

 果実酒のカップを手にリクの向かいに座る。相変わらずリクはにこやかだ。が、それが逆に言い知れない違和感を誘う。本当にゲインがここを訪れたのなら、あれだけ奴を嫌っていたリクがこうも心穏やかでいられるはずがない。

「来たのか、ゲインが」

 その言葉に、リクは一瞬はっとなる。やがて困ったように目を伏せると、うん、と気まずそうに頷いた。

 だとすると……余計にわからない。なぜリクはこうも静かなのだ。

「で、何を話したんだ。奴と」

「……何も」

 嘘だ。とロアは直感する。その直感にロアは愕然となる。

 あのリクが、嘘をついている。その場しのぎの嘘ではなく、最初から、そのつもりでつかれた嘘。……あの、幼かったリクが。

「ねぇ、ロア」

「な、何だ……」

「どうしてロアは、あの時、おれを助けたの」

「……は、」

 助けた? 今度は何の話だ?

 相変わらず紅色の双眸は、まっすぐにロアだけを見つめている。

「答えて。昔のロアは、獣人ならみんな殺してた。けど、おれだけは殺さなかった。助けてくれたんだ。どうして」

「……」

 ああそうか。これは、リクの村を壊滅した時の。だが、ロアに言わせればあんなものは助けたうちに入らない。どうせ捨て置いても死ぬだろうと放置しただけ。にしても、なぜリクは急にこんな話を?

 まさか、ゲインに何かを吹き込まれたか? だとすれば、何を……?

「おれはね、ロアが好きなんだ」

「……は?」

 そして今度は、何の話を。

「だからね、ロアのこといっぱい知りたいんだ。知って、もっとロアと向き合いたい。おれを助けた理由だけじゃない、ロアがおれたち獣人を憎む理由も、ぜんぶ」

「……」

 ああ。駄目だ。わからない。

 いつもそうだ。この獣人は、いつだってロアの歯車を狂わせる。憎いはずだった。殺すべきだった。なのに、この獣人だけは殺せなかった――

 ああ、そうだ。

 殺せなかったのだ。小さな足で必死に追いすがるその姿を、ロアは放っておけなかった。

 そして今、あの時の子供はまっすぐな瞳でロアだけを見つめている。

 全てを奪ったのは、そのロアだというのに。 

「……なぜだ」

「えっ?」

「どうして俺を恨まない。俺は、お前から全てを奪った殺戮者だ。少なくとも……俺がお前なら、絶対に俺を許さなかった。地の果てまで追い詰めて、俺を血祭りに挙げていた……なのに、お前は……」

「憎んだ方が、いいの」

 その声に、不覚にもロアはぞっとなる。相変わらずリクの口調は穏やかだ。が、今の声色は、これ以上触れてはならない何かを孕んでいた。

 馬鹿な。相手はただの……ただの獣人だ。

「嘘だよ」

 やがてリクは、ふっと頬を緩める。

「おれはロアが好き。これからもずっと、大好き」

 そしてリクは一人、部屋に戻ってゆく。その背中を呆然と見送りながら、何かが胸の奥で軋むのをロアは感じていた。

 罪悪感などない。あるわけがない。

 ロアにとって獣人は屠るべき敵だ。それは、今もこれからも変わらない。では何故、こんなにも胸が痛む。リクの告げる「好き」が胸を詰まらせる。

 ――おれはね、ロアが好きなんだ。

「……やめろ」

 やめてくれ。

 頼むから、今のまま憎ませてくれ。お前を。さもないと、俺は……
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