完結!【R‐18】獣は夜に愛を学ぶ(無垢獣人×獣人にトラウマを持つ獣人殺し)

路地裏乃猫

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断章・リク

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 最初は、本当に殺すつもりだった。

 俗に獣人は、人間に比べて頭が悪いと言われている。それは、事実だろう。ただ、こと生き延びるための知恵に関しては、獣人も決して人間に引けを取らないとリクは思っている。

 あの日、村を滅ぼした獣人殺しを無防備に追いかけたのは、あの時点におけるリクなりの知恵だった。

 力の差は歴然だった。あの獣人殺しには、たとえ村一番の戦士ブフでも太刀打ちができなかっただろう。だからこそ村は焼かれたのだし、リク以外の村人はみな殺されてしまった。

 焼け落ちた家で男と目が合ったあの時、リクは、恐怖に凍り付いて剣に手を伸ばすことすらできなかった。でも、今にして思えばそれで正解だったのだ。仮にリクが剣を取って立ち向かっていれば、きっと、一瞬であの男に斬り殺されていただろう。喉を裂かれたまま道ばたに転がっていたナイナのように。

 だからリクは、殺意を押し殺し、無力な子供を装った。

 いや、装うまでもなく本当に無力だった。対人間戦闘の経験は皆無。そんなリクが、見るからに手練れと思しき獣人殺しを討ちたければ慎重に不意を突くしかない。こちらを子供と侮ったところを斬るしかない。

 こうして後を尾けていれば、生き物ならいつかは眠りにつく。病気で弱ることもあるだろう。それに……獣人は人間に比べて身体の成長が早い。今は体格的に劣る自分でも、あと一、二年もすればあの男を超える肉体が手に入る。その間にこっそり剣の腕を磨いて、上達したところで襲ってやろう……

 だが、尾行を始めて半日もしないうちに、その目論見が甘かったことをリクは思い知る。

 敵は、想像以上に旅慣れていた。木の根や岩が突き出る足場の悪い獣道を、その獣人殺しは四足の獣さながらに軽快に歩いた。対するリクは、歩き慣れた森にもかかわらず頻繁につまずく始末だった。そのたびに派手に転び、自分達を四足から二つ足に作り変えた神様を恨む羽目になった。

 次第に敵との距離が伸びてゆく。このままでは見失ってしまう――

 そんなリクの焦りが裏目に出たのだろう。崖のそばで小岩を踏み外したリクは、そのまま崖下へと転げ落ちてしまう。骨こそ無事だったが、体のあちこちが打ち身で痛んだ。とりわけ、挫いた足の痛みはひどかった。これでは男を追いかけるどころか、歩くことすらままならない。

 森で足を奪われれば、待つのは死のみ。だが、そうした痛みも状況が孕む危険も、この時のリクにはどうでもよかった。

 もう二度と、父さんや母さん、友達の仇を討てない……

 ところが次の瞬間、意外ななりゆきにリクは驚く。てっきり見失うかと思ったあの獣人殺しが、なぜかリクに続いて崖を降りてきたのだ。

 まさか止めを刺そうと……?

 ただ、それにしては様子が変だ。殺意が感じられないし、何より、リクを気遣う表情さえ浮かべている。

 やがてリクの元に歩み寄ると、男は、なぜか名前を問うてきた。

 ――リク。

 そうリクが答えると、男はひざまずいてリクの足に手早く処置を施しはじめた。貴重なはずの軟膏を惜しげもなく塗りつけると、近場で拾った木っ端を添え、上着の裾を裂いてそれを布紐代わりに結びつける。信じられないなりゆきを、リクは、ただただ茫然と見守った。

 やがて処置が終わると、思い出したようにリクは問うた。

 ――どうして、おれだけは助けたの。

 するとその獣人殺しは、それまでの穏やかな顔を不意に苦しそうに歪めた。まるで泣き顔だ。そうリクが思った時、ふと獣人殺しは言った。

 ――どうしてだろうな。本当は、憎らしくてたまらないのに。
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