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なぜ
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その獣人殺し――ゲインに連れられたのは、リクに言わせれば妙な店だった。
一応、宿屋ではあるらしい。一階が食堂、二階が宿という、形だけはありきたりな宿屋。ただ、それにしてはやたらたくさんの女が食堂にたむろしているし、その女たちも、例えば秋風亭で働く店員に比べてどこかだらしない。妙な点はほかにもある。普通の宿屋が繁盛するはずの朝に、この店はもう店を閉じ、店の女たちがだらだらと飯をつまんでいる。それから……
それからこの、店全体を包む、女――いや雌の、匂い。
「悪いけど今日はもう店じまいだよ。来るなら夕方に――ゲイン?」
こちらの姿に気付いた女の一人が、パンのかけらを手にしたまま青い目を丸める。と、その声に近くの女たちもちらほらと振り返り、ゲインと、それから隣に立つリクを見てぱっと顔を輝かせる。
「えっ、ちょっとゲイン、何よその美形」
「ああ、こいつか。まあ知り合いみたいなもんだ。ところで……急で悪いがこいつを男にしちゃくれねえか」
その言葉に、女たちがなぜか一斉に悲鳴を上げる。いや、悲鳴と呼ぶには少し変だ。声が含むのは恐怖ではなく、むしろ喜びの色。
「お、おいゲイン、ここは何だ。何の店だ」
「娼館さ。んなことも教わってねぇのか」
「しょ……う、かん?」
「そう。どんな男も金さえ積めば雄になれる店だよ」
やがて店の奥から、のそのそと男が現れる。美しい女たちとは真逆の、でっぷりと太った醜い中年男。体格だけはカミラに似ているが。よく跳ねるゴム球のようなカミラに対し、こちらは頑として動かない岩のよう。
「おうゲインか。悪いが今日はもう店じまいだ。夕方に出直しちゃくれねえか」
「まあ、そこを何とかよ」
そしてゲインは、懐から取り出した小さな巾着を男の胸に押しつける。男はうんざり顔で巾着の中を覗くと、ほう、と満更でもない顔で呟き、それから、ほとんど首に埋もれかけた顎を女たちにしゃくった。
「お前ら、もう一仕事だ」
すると女たちは、仕事を命じられたにもかかわらず満面の笑みで歓声を上げる。そのままリクとゲインを取り囲むと、腕を取り、背中を押しながら二階へと押し込んでゆく。……いや、むしろこの時のリクは、何かに呑み込まれるような心地がしていた。何か、そう、何か得体の知れない巨大な化け物に。
その間も、鼻腔にはあの耐え難い匂いが漂い、ロアの奥にある未知の臓器をくすぐり続ける。
一体……何が起きつつあるんだ。
ああ、こんな時、ロアがいれば教えてくれただろうか。あの罠まみれの古代遺跡でも、ゴブリンの群れが潜む洞窟でも、それに人間の町でも、いつだってロアはその場にふさわしい身の振り方を教えてくれた。無知で無力で未熟だったリクがここまで生き延びてこられたのも、その時々でロアが生きるための知恵を授けてくれたからだ。
でも。
すでにリクは、その安全なはずの懐から飛び出してしまった。それも自分自身の意志で。つまり今は――そしてこれからも、二度とロアを頼ることはできない。全てはリク自身が考え、選び、そして背負っていかなくては。
怖い。正直に言えば、とても。
でも、今のままでは、永久にロアという人間は謎のままだ。なぜロアは獣人を憎むのか。何がロアを獣人殺しに駆り立てるのか。なぜ、リクの村は滅ぼされなくてはいけなかったのか。
なぜ……リクだけは助けられたのか。
一応、宿屋ではあるらしい。一階が食堂、二階が宿という、形だけはありきたりな宿屋。ただ、それにしてはやたらたくさんの女が食堂にたむろしているし、その女たちも、例えば秋風亭で働く店員に比べてどこかだらしない。妙な点はほかにもある。普通の宿屋が繁盛するはずの朝に、この店はもう店を閉じ、店の女たちがだらだらと飯をつまんでいる。それから……
それからこの、店全体を包む、女――いや雌の、匂い。
「悪いけど今日はもう店じまいだよ。来るなら夕方に――ゲイン?」
こちらの姿に気付いた女の一人が、パンのかけらを手にしたまま青い目を丸める。と、その声に近くの女たちもちらほらと振り返り、ゲインと、それから隣に立つリクを見てぱっと顔を輝かせる。
「えっ、ちょっとゲイン、何よその美形」
「ああ、こいつか。まあ知り合いみたいなもんだ。ところで……急で悪いがこいつを男にしちゃくれねえか」
その言葉に、女たちがなぜか一斉に悲鳴を上げる。いや、悲鳴と呼ぶには少し変だ。声が含むのは恐怖ではなく、むしろ喜びの色。
「お、おいゲイン、ここは何だ。何の店だ」
「娼館さ。んなことも教わってねぇのか」
「しょ……う、かん?」
「そう。どんな男も金さえ積めば雄になれる店だよ」
やがて店の奥から、のそのそと男が現れる。美しい女たちとは真逆の、でっぷりと太った醜い中年男。体格だけはカミラに似ているが。よく跳ねるゴム球のようなカミラに対し、こちらは頑として動かない岩のよう。
「おうゲインか。悪いが今日はもう店じまいだ。夕方に出直しちゃくれねえか」
「まあ、そこを何とかよ」
そしてゲインは、懐から取り出した小さな巾着を男の胸に押しつける。男はうんざり顔で巾着の中を覗くと、ほう、と満更でもない顔で呟き、それから、ほとんど首に埋もれかけた顎を女たちにしゃくった。
「お前ら、もう一仕事だ」
すると女たちは、仕事を命じられたにもかかわらず満面の笑みで歓声を上げる。そのままリクとゲインを取り囲むと、腕を取り、背中を押しながら二階へと押し込んでゆく。……いや、むしろこの時のリクは、何かに呑み込まれるような心地がしていた。何か、そう、何か得体の知れない巨大な化け物に。
その間も、鼻腔にはあの耐え難い匂いが漂い、ロアの奥にある未知の臓器をくすぐり続ける。
一体……何が起きつつあるんだ。
ああ、こんな時、ロアがいれば教えてくれただろうか。あの罠まみれの古代遺跡でも、ゴブリンの群れが潜む洞窟でも、それに人間の町でも、いつだってロアはその場にふさわしい身の振り方を教えてくれた。無知で無力で未熟だったリクがここまで生き延びてこられたのも、その時々でロアが生きるための知恵を授けてくれたからだ。
でも。
すでにリクは、その安全なはずの懐から飛び出してしまった。それも自分自身の意志で。つまり今は――そしてこれからも、二度とロアを頼ることはできない。全てはリク自身が考え、選び、そして背負っていかなくては。
怖い。正直に言えば、とても。
でも、今のままでは、永久にロアという人間は謎のままだ。なぜロアは獣人を憎むのか。何がロアを獣人殺しに駆り立てるのか。なぜ、リクの村は滅ぼされなくてはいけなかったのか。
なぜ……リクだけは助けられたのか。
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