完結!【R‐18】獣は夜に愛を学ぶ(無垢獣人×獣人にトラウマを持つ獣人殺し)

路地裏乃猫

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穢れた偶像

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 夜の森は視界が利かないぶん、耳と鼻がより鋭くなる。

 なので、どこかで馬鹿な連中がおっぱじめていることはゲインにもすぐにわかった。男のあれ特有の、早熟な果実に似た鼻を刺す青臭さ。それが、闇の奥から確かに漂ってきて、最初は、こんな夜の森で不用心なことだとゲインはわらった。

 だがゲインの、獣人殺しとして鍛え抜かれた五感はすぐにその違和感に気付く。

 臭いは一つじゃない。人間と、そして獣人のそれ。ただ、これがアジトで獲物をなぶる獣人の臭いなら、気配はもっと騒々しい。狩りの時もその分け前を喰らう時も、いちいち群れたがる小心な連中だ。それに……もしそうだとすれば、ついさっき森に飛び込んだロアが放っておかないだろう。仮にリクとの殺し合いの最中でも。

 ところが気配は、止むそぶりがない――まさか。

 やがて耳に届く、聞き覚えのある男の声。それが悲鳴や怒号なら、ゲインもまだ納得できた。罪滅ぼしのつもりで連れ歩いた獣人の仔に奪われ、犯される。その衝撃と屈辱こそ、本来の、ゲインが愛したロア=リベルガを連れ戻してくれるだろう。むしろ、そのためにこそあの獣人を焚きつけたのだから。

 ところが、声はしきりに獣人の名を繰り返す。びと甘えを含んだ娼婦の声で……あの、ロア=リベルガが。

 ふざけるな。

 ふざけるなふざけるなふざけるな。

 気付いた時には、すでにゲインは声と臭いのする方へと駆け出していた。本来、森を進む時に必要な隠遁いんとん用のステップもかなぐり捨て、ただ雑に土を蹴り倒木を飛び越えるだけの突撃。その頃にはすでに雲も晴れ、月が出ていたこともゲインに幸いした。視界さえ利けば、夜という悪条件はどうでもよくなる。とにかく一瞬でも早く奴のもとに駆けつけなければ。

 そして、殺す。

 俺のものでなくなった、ロア=リベルガの姿をした浅ましい肉塊を。

 空気に朝の気配が満ちはじめるころ、ようやくゲインは獲物の姿を捕捉する。奴らは崖下にいた。テーブル状の岩の上で、一人と一匹は生まれたままの姿で静かに身を寄せ合っていた。が、その静けさが、散々狂い乱れた後の小休止に過ぎないことにゲインはすぐに気付いた。ああ、この匂い。俺がいつも娼館で嗅ぐ汗と皮脂、それから精液の饐えた、あの。

 それをお前が。

 誰よりも純粋で美しかったお前が。

「ロアぁアアア!」

 崖を蹴り、剣の切っ先でまっすぐに獲物を狙う。ところが獲物は、ゲインが崖を蹴るやその場を飛び去り、結果として自由落下に任せたゲインの剣は空しくくうを切る。剣先から岩を穿うがつ衝撃がびしりと手元に走り、それが、よりゲインを腹立たしくさせる。この期に及んで――憎んだはずの獣人にふたたび穢されて、なお生きようとするのか、ロア。

「よくも……俺のロアを……ロア=リベルガを」

「……は?」

 ロアは、わけがわからない、と言いたげな顔をする。が、わからないはずはないのだ。そう、ゲインの知るロアなら。あの頃、ロアが一撃必殺を常としたのは、汚らしい獣人の血を浴びずに済むように。ロアにしてみれば、獣人とはそれほどに汚らわしい存在だったはず。

 そのロア=リベルガが、身体の内も外も余すところなく獣人に穢され、なお平然としている。一体どれだけ銜え込んだのか、白い裸体から漂う獣の臭気はいっそむせるほどだ。

「返せェ!」

 なおも呆けたように立ち尽くすロアに、ゲインは吠える。

「俺の、俺だけのロア=リベルガを! ……憎悪と怒りで剣を振るう、最強の獣人殺し。俺の……」

「いや……いきなり何の話だよ」

 それを言えば、お前こそ何だ。

 あれだけ獣人を憎み獣人の非道に怒り、一振りの刃として獣人を殺戮し続けたお前が、なぜだ。なぜ。どうせ堕ちてしまうなら、最初から俺を魅了するな。俺の心を奪うな。魂を縛るな。最初からただの浅ましい男娼として、誰彼構わず股を開いていりゃよかったんだ。俺にも。

「返さねぇなら……殺す。この手で、てめえを」

 刀を構え直し、切っ先をロアに向ける。するとロアは、この期に及んでなお戦士らしく迎撃の構えを取る。

「やってみな」

 そのしなやかな構えに、ゲインは、場違いと知りつつ今更のように見惚れる。ああ。何て綺麗な構えだ。どこにも隙の見えない完璧な構え。最強の名を冠するにふさわしい――

 だが。

 お前は堕ちてしまった。だから殺す。たとえ刺し違えても、この手で必ず。

 そんなロアの姿をふと遮る金色の壁。いや、これは――あの獣人。ゲインの手で目覚めさせ、ロアに仕向けたはずの凶刃。それが今はロアを背中に庇い、殺意の切っ先をゲインに向けている。

「俺に任せて、ロア」

「……は?」

 何を……言っているんだ貴様は。

 呆然となるゲインをよそに、獣人は身構えるように腰を低く落とす。馬鹿な、とゲインは唇だけで嗤笑する。たかが獣人風情が、獣人殺しとして何百ものを屠ってきた俺に勝てると思うのか。

 ところが獣人は、まっすぐにゲインを見据えたまま微動だにしない。怯えも、どころか怒りすら伺えない、どこまでも静かな双眸。この俺を目の前にして――

「そうか、じゃ、任せた」

 獣人の背後から、そう告げるロアの声。そのままロアは脱ぎ捨てた衣服に歩み寄ると、拾い上げ、平気な顔で身につけ始める。いや、お前こそ何なんだ。この獣人が戦力で俺に劣るのは明白。にもかかかわらず奴に加勢する様子はない。殺されてもいいのか? それとも……お前まで獣人が勝つのは当たり前だと?

「ふ……ざけやがって……」

 殺してやる。

 この獣人も、それに貴様も、まとめて切り刻んでやる――

「いいのか、ゲイン」

「なに?」

 唐突な呼びかけに問い返す。するとロアは、なおも裸体を袖を通しながら続けた。

「ずっと忠告してやろうと思っていた。俺のケツを追いかけ回すのは別に構わんが、少しは周りに気を配ったらどうだ」

「……は?」

 急に何の話だ。もちろん気なら配っている。俺が気を払うべき価値あるものに対しては――そう返事しようと口を開きかけた刹那、ゲインは、急速に迫る気配に振り返る。

 そして、見る。

 ゲインの喉首に飛びかかる巨大な顎と、その奥に覗く暗い、暗い口の中を。

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