ギフテッド

路地裏乃猫

文字の大きさ
32 / 68
2章

20話 メメントモリ②

しおりを挟む
「えっ?」

 意外な言葉に、漣は完全に虚を突かれる。まさか彼女の口からその話題が出てくるとは。大方、瑠香に聞いたのだろう、が――

「ああ……瑠香さんに聞いたんですね。それが何か――」

「死ぬぜ。お前」

「――は?」

 またしても思いがけない言葉に、漣は言葉を失う。……死ぬ? ただキュレーターになるだけでどうして。いや、どうせただの脅しだ。たちの悪い冗談で漣の反応を楽しむつもりだろう。そうに決まっている。

 そんな漣の内心を見透かしたように、三原は「冗談だと思ったろ」とうんざり顔で吐き捨てる。

「まあ、あたしは別に、お前がどうなろうと構わねぇけどな。ただ……瑠香はそうじゃない。お前に死なれると、今度こそあいつは駄目になっちまう」

「今度こそ……?」

 ――今度こそ、助けさせて。

 あれは、最初に施設内を案内された時だったか。医務室を案内した後で、そう、瑠香は縋るように漣に言った。あの時、漣はとくに何の引っかかりもなく聞き流し、そして……今の今まですっかり失念していた。

「待ってください。どうして、キュレーターになったら死ぬんですか? 今いるキュレーターの皆さんも別に死んでませんよね?」

「じゃあお前、このチョーカーが何だか知ってるか?」

 そして三原は、自分の首元を軽く指さす。漣のそれと同じ黒いチョーカー。いや、チョーカーというより、どちらかといえば首輪に近い。幅は概ね三センチ、厚さは五ミリ程度で、素材はおそらくプラスチックだが、それにしては金属っぽいずしりとした重量感がある。

 二人に限らない。今回ツアーに参加するギフテッドは、皆、同じものを首に装着させられている。

「ええと……発信器、っすか」

 引率の事務員も、美術館から半径三百メートル以上は離れるなと忠告していた。が、数人程度の人員で、ギフテッド全員に監視の目を行き渡らせるのは物理的に不可能だ。おそらく、リアルタイムに場所を特定するためのGPS機能なりがついているのだろう。

 ところが三原は漣の返答を鼻で笑うと、皮肉っぽく唇を歪める。

「まあ、当たっちゃいるが満点じゃない。――こいつはな、実は爆弾なんだ」

「……は?」

 爆弾。
 その、どこか非現実的な響きを持つ単語と、それを首元に装着させられる意味とを理解するのに、漣は五秒ほどを要した。

「えっ……じゃあまさか、その……逃げたら、これが爆発して……」

「だけじゃない。例えば、協会に敵対する組織に拉致された場合も容赦なく爆発する。そんな奴らにギフトが渡るぐらいなら、っつう緊急措置だろうな。ちなみにこの首輪は、ギフテッドならキュレーターだろうが外出時は必ず装着する決まりになってる。んで、ちょっとでも行動予定と外れた場所に行くと、すぐにドカン、だ。……なぁ、お前も馬鹿じゃねぇなら、さすがにここまで話せば瑠香が反対する理由もわかるだろ」

「……」

 返事の代わりに、こく、と漣は小さく頷く。

 ああ、わかってしまった。なぜ漣に限って強く反対されるのか。仕事そのものは、必ずしも危険ではない。ただ、漣がキュレーターになる、となると話ががらりと変わってくる。

 かつて漣を保護した際、嶋野は言った。漣のギフトは複数の組織に狙われていたと。

 確かに、漣のギフトはあまりにも希少で、なおかつ利用価値が高い。その気になれば戦略核兵器レベルの効果も見込めるだろう。そんなギフトを持つ漣がキュレーターとして外を出歩けば、拉致される可能性は、他のギフテッドに比べて桁違いに高くなる。

 それは同時に、漣の死も意味している。

「ちなみに『死』のギフテッドは、日本じゃ支部が発足して以来、お前を含めて二人しか見つかっていないんだと。そうでなくともお前のギフトは、テロでも何でも起こし放題の激ヤバギフトだ。欲しがる奴はそれこそごまんといるだろうな」

「……でしょうね」

 初日に漣の保護を急いだ嶋野の言動からも、それは痛いほど身に染みている。ただ、だとすれば一つ不可解なことがある。その嶋野が、三原の言うリスクを承知していなかったとは考えにくい。にもかかわらず、なぜ嶋野はあえてキュレーターの道を漣に勧めたのか。

 本当は、死などという厄介なギフトを持つ漣をしたかった?

 一瞬、強い眩暈が漣を襲う。半月前にきざして以来、漣の心を侵食する薄墨色の不安。自分が思うほど、漣は嶋野凪という人間を知らない。だから例えば、嶋野が本当は漣の破滅を願っていたとしても何ら不思議ではないのだ……でも。

 ――そのギフトが、僕を君に出会わせた。

 あの夜、漣を抱き寄せてくれた優しさは紛れもなく本物だった。……ああ、そうだ。さもなければ漣に画材など贈っていない。

 漣にキュレーターの仕事を勧めたのも、本来は贖うことすらできない漣の罪を少しでも軽くするため。

 そんなことを、ポケットの中でいつも持ち歩く嶋野のメモを握りしめながら漣は考える。まるで子供だ。自分が信じたいものに必死に縋って――それでも、あの人だけは何があろうと疑いたくない。生まれて初めて、本当の漣を見つけてくれた人。受け入れ、抱きしめてくれた人。

 怖いから、じゃない。

 嶋野への信頼は、もはや漣の大切な一部なのだ。

「構いません」

「は?」

「だとしても俺は、キュレーターになりたい。これ以上、何も知らないギフテッドが、そうと知らずに誰かを傷つける悲劇を、繰り返したく、ない」

 それだけじゃない。

 もし、あれが嶋野の善意だったとして、それを無駄にしたくない――

「てめぇ!」

 唐突な怒声が、展示室の静寂を乱暴に切り裂く。周囲の目が一斉にこちらに集まり、しかしそれは「ああ、あいつか」という冷めた呟きとともに散る。三原の喧嘩っ早さは、住人の間ではそれなりに有名なのだ。

 その三原は、周囲の反応などお構いなしに漣の胸倉を掴み上げ、さらに怒鳴る。

「また、あいつに失わせる気か! あんなに苦しんで、最近やっと立ち直ったってのに何なんだよてめぇは!」

「そ、のことですけど……瑠香さんに何があったんすか」

 今度こそ、ということは、救えなかったが前提にある。そして、それを前提に踏まえると、なぜ瑠香が初対面からあれほど漣に良くしてくれたのかが納得できるのだ。

 すると三原は、猫だましを喰らった猛犬よろしくポカンとする。行き場を失くした怒りはそのままに。

「は……? お前、何も……聞いてねぇのか、あいつに……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...