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第2部 暴君社交編 第6話 王太子、祝福する
第6話 5
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学園には令嬢方が崇拝する、四人の貴公子が君臨していた。
魔境『深階』守護の辺境伯家嫡男のクレス・オルター。
財務大臣であるコーリット侯の嫡男、トレイル・コーリット。
第二騎士団団長トーレス将軍の嫡男、リオルグ・トーレス。
そして、第三騎士団団長グレシア将軍の嫡男である、ロイド・グレシアだ。
常に令嬢方に囲まれ、微笑と愛想を振りまいていた彼らを、当時のわたしは別世界の生き物として、見向きもしていなかった。
そもそもわたしは家の稼業を継がなければならない。
学園には、実家では学ぶことの出来ない、学術の面を補う目的で入学したのだ。
他の令嬢方のように、人脈構築や婚姻を前提とした男女交流が主たる目的ではない。
これでも我がリグノー男爵家は、クレストス家の譜代家臣としてそれなりに知られていた。
そのため令嬢方からはたびたびお茶会に誘われていたが、わたしは病弱を言い訳に、そのすべてを断っていた。
稼業に必要な授業以外は最低限の出席に留め、わたしは日がな一日図書館に入り浸る。
ただでさえ来訪者の少ない図書館の、さらに来る者の少ない専門書書架の陰。
その窓際にある机は、わたしの特等席だ。
そこでわたしは諜報に必要な知識――帳簿の付け方や読み解き方から始まり、薬物学、魔道学など多岐に渡る専門書を読み漁る。
そんな日々に変化が訪れたのは、夏も終わりに近づこうとしていたある日の事。
その日、わたしは暑さに負けて、窓を開け放ってうたた寝していた。
完全に油断していたのだと思う。
ガタリという物音を聞いて、始めてそこに人が立っているのに気づいた。
――正確には、窓から館内に侵入しようとしていた人物に気づいた、だ。
見事な赤毛をした青年は、驚くわたしに気づいて口元に人差し指を立てる。
ネクタイの色から三年生だとわかった。
わたしは慌てて外していた眼鏡をかけた。
自分の容姿が整っているのは、この頃には自覚していた。
それで男性に煩わされるのを嫌って、わたしは分厚い眼鏡で顔を隠していた。
「……先輩、校内での魔法使用は原則禁止のはずですよ」
二階にあるこの窓に外から入ってきたという事は、身体強化か浮遊の魔法を使ったはずだ。
咎めるわたしに、彼は困ったように頭を掻いて。
「驚かせてすまない。緊急事態だったと思って見逃して欲しい」
生真面目に頭を下げる。
と、窓の外から多くの女性の声が聞こえてきて、彼は窓の下にしゃがみ込む。
「ロイド・グレシアだ。しばらくここに匿ってくれないか?」
小声で彼はそう告げた。
「――ご自由にどうぞ」
下手に断って粘られるのも面倒だったので、わたしは名乗る事もなく素っ気なくそう答えた。
「恩に着る……」
そうして彼は息を潜め、わたしは机に積み重ねた本を開いて目を通して行く。
窓の外の声が遠のいてい行き、完全に聞こえなくなると、彼は安堵の息をついた。
わたしは本を読み続け、彼はなにをするでもなく、ぼんやりと図書館の天井を眺める。
図書館の大時計の針が進む音だけが、この場での唯一の音。
どれくらいそうしていただろう。
ふと思い出して横を見ると、ロイドと名乗った先輩は床に腰を落としたまま、うたた寝していた。
先程までうたた寝していた自分としては、そうなってしまう気持ちがよくわかる。
薄暗い館内。
一定のリズムを刻む時計の音。
窓から吹き込む心地よい風。
絶好のスポットだろう。
思わずクスリと笑い、わたしは再びページに目を落とした。
わたしの読書の邪魔をしないなら、別にそうしていたって構わない。
再び静かな時間が訪れる。
魔道刻印の専門書を読み終えたところで、大時計の鐘が鳴り、ロイド先輩は肩を揺らして目を覚ました。
「おはようございます。よく眠っておられましたね」
本がちょうどキリがよかったので、わたしは彼にそう声をかけた。
「ああ。疲れていたんだろうね。ここは昼寝にはすごく良い場所みたいだ」
大きく伸びをして、彼は苦笑する。
「また来てもいいかな?」
「わたしがそれを禁止する権利はありませんので。ご自由にどうぞ」
「それは助かる。恩に着る」
そう告げると、ロイド先輩はうれしそうに礼を言って、図書館の出入り口へと去っていった。
そうして翌日から、彼は毎日、昼休みになると図書館を訪れるようになった。
昼寝をしている時もあれば、わたしの隣で戦術書を読み解いていたりする時もあった。
あまりに真剣に戦術書を読んでいるものだから。
「――先輩は騎士になりたいのですか?」
そう尋ねたのは不思議じゃないだろう。
「ああ、家が騎士の家系だからね」
そう言われて、わたしはようやく彼の姓を思い出す。
――グレシア将軍の令息。
学園が誇る四貴公子の一人だ。
わたしがそれに気づいたのを察したのか、彼は困ったように頭を掻いた。
「他の連中はどうか知らないが、俺は女性に囲まれるのが苦手でね。
ほら、俺の父、そういう方面で有名だろう?」
色恋多き仁義の人――ガイ・グレシア将軍の女性遍歴は王都では有名な話だ。
なるほど、彼にとっては反面教師となっているのだろう。
わたしは思わず笑ってうなずくと、彼もまた微笑んだ。
「だから、ここは本当に居心地が良いんだ」
伸びをしながら告げるロイド先輩。
その穏やかな表情に、なにか胸の奥がコトリと動いた気がした。
「そうですか……」
わたしはいつも通り、素っ気なく答えて再びページに視線を落とした。
そんなやりとりがあってから、ロイド先輩とはぽつりぽつりと会話するようになった。
好きな物語、好きな料理や菓子について語り合い。
お気に入りだというお茶を水筒に入れて来て、振る舞ってくれた事もあった。
このわたしの特等席で、昼食を共にするようになり、試験勉強などで相談し合うようになった。
彼と話すのが楽しいと感じ始め、彼が図書館に現れるのを待ちわびるようになった。
だというのに意固地なわたしは、あくまで勉学の一時の憩いなのだと自分に言い聞かせて、彼には決して名乗らなかった。
そんな日々が日常となり、半年ほど過ぎた頃だろうか。
彼の卒業が間近に迫った頃から、彼は不意に現れなくなった。
クラスの噂で、四貴公子がひとりの女性を巡って対立していると聞いたのは、そんな時だった。
わたしはなぜか胸が痛むのを感じつつも……いや。もう誤魔化すのはやめよう。
正直に言って、ショックだった。
わたしはすべての噂から耳を塞ぎ、再び「図書館の主」に戻った。
あんな男は関係ない。
自分は稼業を継ぐんだと、自分の心を誤魔化して。
魔境『深階』守護の辺境伯家嫡男のクレス・オルター。
財務大臣であるコーリット侯の嫡男、トレイル・コーリット。
第二騎士団団長トーレス将軍の嫡男、リオルグ・トーレス。
そして、第三騎士団団長グレシア将軍の嫡男である、ロイド・グレシアだ。
常に令嬢方に囲まれ、微笑と愛想を振りまいていた彼らを、当時のわたしは別世界の生き物として、見向きもしていなかった。
そもそもわたしは家の稼業を継がなければならない。
学園には、実家では学ぶことの出来ない、学術の面を補う目的で入学したのだ。
他の令嬢方のように、人脈構築や婚姻を前提とした男女交流が主たる目的ではない。
これでも我がリグノー男爵家は、クレストス家の譜代家臣としてそれなりに知られていた。
そのため令嬢方からはたびたびお茶会に誘われていたが、わたしは病弱を言い訳に、そのすべてを断っていた。
稼業に必要な授業以外は最低限の出席に留め、わたしは日がな一日図書館に入り浸る。
ただでさえ来訪者の少ない図書館の、さらに来る者の少ない専門書書架の陰。
その窓際にある机は、わたしの特等席だ。
そこでわたしは諜報に必要な知識――帳簿の付け方や読み解き方から始まり、薬物学、魔道学など多岐に渡る専門書を読み漁る。
そんな日々に変化が訪れたのは、夏も終わりに近づこうとしていたある日の事。
その日、わたしは暑さに負けて、窓を開け放ってうたた寝していた。
完全に油断していたのだと思う。
ガタリという物音を聞いて、始めてそこに人が立っているのに気づいた。
――正確には、窓から館内に侵入しようとしていた人物に気づいた、だ。
見事な赤毛をした青年は、驚くわたしに気づいて口元に人差し指を立てる。
ネクタイの色から三年生だとわかった。
わたしは慌てて外していた眼鏡をかけた。
自分の容姿が整っているのは、この頃には自覚していた。
それで男性に煩わされるのを嫌って、わたしは分厚い眼鏡で顔を隠していた。
「……先輩、校内での魔法使用は原則禁止のはずですよ」
二階にあるこの窓に外から入ってきたという事は、身体強化か浮遊の魔法を使ったはずだ。
咎めるわたしに、彼は困ったように頭を掻いて。
「驚かせてすまない。緊急事態だったと思って見逃して欲しい」
生真面目に頭を下げる。
と、窓の外から多くの女性の声が聞こえてきて、彼は窓の下にしゃがみ込む。
「ロイド・グレシアだ。しばらくここに匿ってくれないか?」
小声で彼はそう告げた。
「――ご自由にどうぞ」
下手に断って粘られるのも面倒だったので、わたしは名乗る事もなく素っ気なくそう答えた。
「恩に着る……」
そうして彼は息を潜め、わたしは机に積み重ねた本を開いて目を通して行く。
窓の外の声が遠のいてい行き、完全に聞こえなくなると、彼は安堵の息をついた。
わたしは本を読み続け、彼はなにをするでもなく、ぼんやりと図書館の天井を眺める。
図書館の大時計の針が進む音だけが、この場での唯一の音。
どれくらいそうしていただろう。
ふと思い出して横を見ると、ロイドと名乗った先輩は床に腰を落としたまま、うたた寝していた。
先程までうたた寝していた自分としては、そうなってしまう気持ちがよくわかる。
薄暗い館内。
一定のリズムを刻む時計の音。
窓から吹き込む心地よい風。
絶好のスポットだろう。
思わずクスリと笑い、わたしは再びページに目を落とした。
わたしの読書の邪魔をしないなら、別にそうしていたって構わない。
再び静かな時間が訪れる。
魔道刻印の専門書を読み終えたところで、大時計の鐘が鳴り、ロイド先輩は肩を揺らして目を覚ました。
「おはようございます。よく眠っておられましたね」
本がちょうどキリがよかったので、わたしは彼にそう声をかけた。
「ああ。疲れていたんだろうね。ここは昼寝にはすごく良い場所みたいだ」
大きく伸びをして、彼は苦笑する。
「また来てもいいかな?」
「わたしがそれを禁止する権利はありませんので。ご自由にどうぞ」
「それは助かる。恩に着る」
そう告げると、ロイド先輩はうれしそうに礼を言って、図書館の出入り口へと去っていった。
そうして翌日から、彼は毎日、昼休みになると図書館を訪れるようになった。
昼寝をしている時もあれば、わたしの隣で戦術書を読み解いていたりする時もあった。
あまりに真剣に戦術書を読んでいるものだから。
「――先輩は騎士になりたいのですか?」
そう尋ねたのは不思議じゃないだろう。
「ああ、家が騎士の家系だからね」
そう言われて、わたしはようやく彼の姓を思い出す。
――グレシア将軍の令息。
学園が誇る四貴公子の一人だ。
わたしがそれに気づいたのを察したのか、彼は困ったように頭を掻いた。
「他の連中はどうか知らないが、俺は女性に囲まれるのが苦手でね。
ほら、俺の父、そういう方面で有名だろう?」
色恋多き仁義の人――ガイ・グレシア将軍の女性遍歴は王都では有名な話だ。
なるほど、彼にとっては反面教師となっているのだろう。
わたしは思わず笑ってうなずくと、彼もまた微笑んだ。
「だから、ここは本当に居心地が良いんだ」
伸びをしながら告げるロイド先輩。
その穏やかな表情に、なにか胸の奥がコトリと動いた気がした。
「そうですか……」
わたしはいつも通り、素っ気なく答えて再びページに視線を落とした。
そんなやりとりがあってから、ロイド先輩とはぽつりぽつりと会話するようになった。
好きな物語、好きな料理や菓子について語り合い。
お気に入りだというお茶を水筒に入れて来て、振る舞ってくれた事もあった。
このわたしの特等席で、昼食を共にするようになり、試験勉強などで相談し合うようになった。
彼と話すのが楽しいと感じ始め、彼が図書館に現れるのを待ちわびるようになった。
だというのに意固地なわたしは、あくまで勉学の一時の憩いなのだと自分に言い聞かせて、彼には決して名乗らなかった。
そんな日々が日常となり、半年ほど過ぎた頃だろうか。
彼の卒業が間近に迫った頃から、彼は不意に現れなくなった。
クラスの噂で、四貴公子がひとりの女性を巡って対立していると聞いたのは、そんな時だった。
わたしはなぜか胸が痛むのを感じつつも……いや。もう誤魔化すのはやめよう。
正直に言って、ショックだった。
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