嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap11.深く暗く賑やかな森

221.立ち塞がる人

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 シグダードは、緊張しながらフィズに近づいた。

 彼は、なかなかこちらに気づかない。最初にかける一言くらい、考えておけばよかったと後悔した。

「……フィズ……」
「シグ? おかえりなさい。領主様のお加減はどうでしたか?」
「……まだ寝込んではいるが、リーイックが見ている。大丈夫だろう」
「……そうですか……よかった。あ! そうだ! シグも食べませんか!?」

 彼は、まだ口をつけていないパンを差し出してくれる。

「ありがとう……私はもう食べた。それはお前が食べるといい……」
「……シグ? どうしたんですか? なんだか変ですよ?」
「そ、そんなことはない……それより、フィズ」

 シグダードが話しかけると、フィズは、シグダードの背後を見やって言った。

「オイニオンさん……?」

 シグダードも背後に振り向くと、そこには、据わった目をしたオイニオンが、刃先がボロボロの鉈を持って立っていた。おそらく、この砦で拾ったものだろう。

 オイニオンと一緒に、数人の男たちもいて、誰もが手にオイニオンと似たような武器を持っていた。そして、憎悪に満ちたような顔で、シグダードの背後の、拘束された使者を睨んでいる。

 シグダードは、そのただならぬ雰囲気の彼らからフィズを隠すように、彼の前に立った。

「オイニオン……お前、どうした? 仲間を集めて食事をしに来たのか?」
「違うよ!! そこをどいて! シグ! その使者は絶対に、何か知ってるっ……! あ、あの水の玉のことだって、毒だって……解毒薬のことも!! そ、それがあれば、領主様だって、すぐに目を覚ますかもしれないんだっ……!」
「おい……どうした? お前が一番使者を信じていたじゃないか」
「だ、だからだよっ……!! ヴィザルーマ様の使者を語って、僕たちを騙すなんて……そのせいで、領主様は……あ、あんなに苦しんで…………許せないよ!!」
「落ち着け……ヴィザルーマの使者を語っていたわけじゃない。それに、この男のことは明日、リーとウォデシアスたちが……」
「これは僕らの村の問題だ!! ぼ、僕たちが決める!! そこをどいて! シグっ……!! そ、その男の尋問は、僕らがするっ!」

 喚くオイニオンは、目が血走っている。彼の後ろにいる面々も、同じような様子で、今にも使者に殴りかかりそうだ。領主の変わり果てた姿を見て、さらに同時に、使者の目的が解毒薬と知って、よほどショックだったのだろう。

 だが、今の彼らに使者を任せればどうなるか、シグダードには容易に想像できた。
 怒り狂うオイニオンが、自分がフィズが雷魔族と知った時と似ていて、胸が痛かった。彼らは使者を拷問するつもりだ。

「……落ち着け。オイニオン。それなら、明日にしたらどうだ?」
「あ、明日!?」
「ああ。リーやウォデシアスたちで、何も聞き出せなければ、その時また、自分たちがやると言えばいい。今お前たちが持っているものを使って使者が死ねば、聞きたいことも聞けなくなるぞ。それでは困るだろう?」
「そ、それは……だって……!」
「だいたい、この男を見ているのは私だぞ!! リーたちから言われているからな!! 見張りを頼むと言われた以上、お前たちを通すわけにはいかん!」
「シグっ……!」
「さすがにお前たちも、私に向かってくる勇気はないだろう? 雷撃で黒焦げにするぞ」
「な、なんだよそれっ……! 脅すの!?」
「そうじゃない。座れ。明日になって、リーたちでも無理なら……お前たちがやればいい。だから明日に備えて食べろ」
「……いらない。だったら僕らも、その男を見張る……逃げられたら、困るから……」
「いい考えだ! 見張りは多いほうがいい。座れ。一緒に食事をしよう」
「……嫌」







 オイニオンも一緒に見張りをすることになり、シグダードは、フィズの隣にオイニオンと共に座った。

 オイニオンは、柱に鎖で繋がれた使者の方が気になるようで、パンをかじりながら、チラチラと使者の方を見ている。しかし、もう襲い掛かる気はないようだ。

 シグダードは、オイニオンの様子を気にしながらも、フィズの隣で緊張していた。

「どうぞ。シグ」

 そう言って、フィズがシグダードにパンを渡してくれる。それを受け取る手すら、震えそうだった。

 普段フィズの隣にいると安らぐが、いざ気持ちを聞くとなると緊張する。添い遂げると言ってもらったことだけが、シグダードにとっての小さな自信になっていた。

 フィズは、シグダードに向かって微笑んでいる。

「見直しました……シグが、あんなことを言うなんて……」
「……あんなこと?」
「オイニオンさんを止めてくれたじゃないですか。シグだったら、一緒になって殴ったりするのかと思いました」
「お前は私をなんだと思っているんだ!」
「……だって、シグはすぐ怒鳴るから……」

 そう言って、フィズは少しシグダードから離れてしまう。それを見てシグダードは焦った。

 そして、シグダードが何か声をかける前に、フィズは立ち上がってしまう。

「リーイックさんたちにパンを配ってきます」
「は!? お前はそんなことをしなくていい!!」
「でも、リーイックさんだって、お腹が空いているはずです!! いってきます!」

 フィズは、シグダードを簡単に振り切って、パンの入ったカゴを持って出て行ってしまう。肝心のフィズにあっさり逃げられて、シグダードは肩を落とした。

 オイニオンが呆れたように言う。

「何してるの……? シグ……聞きたいことがあるなら、さっさと聞けばいいじゃん……」
「簡単に言うな!!」

 怒鳴りつけて、シグダードはフィズが去っていった方を見つめた。追いかけて行きたいが、勇気が持てない。

 シグダードは、ため息をついた。

「何度もフラれたら、私だって臆病になるんだ……」
「……そんなに何度もフラれてるの……? 諦めればいいのに……」

 シグダードとは顔を合わせずに、オイニオンはぼそっと言う。
 シグダードに尋問を止められて、彼はずっと不機嫌なようだった。使者のことが気になっているのだろう。

「シグ……使者を見張るためにここにいるんじゃなかったの?」
「それもあるが、今はフィズのことが先だ!」
「ふ、フィズのことがって……そ、そんなこと、後でいいじゃないか! 今は」
「後でいいはずがないだろう! フィズだぞ!! 私は、あいつのために生きているんだ!!」

 シグダードが声を張り上げると、広間にいた何人もが、シグダードに振り向く。けれど、すでにフィズは広間から出ていたから、気にならない。フィズがいなければ、他の誰にどう思われようが、どうでもいい。

「……私は、あいつのためにここにいるんだ。だいたい、お前たちが寄ってたかって、私を嬲るからだ……フィズが、私のことを……その……」
「嫌いって言ったこと?」

 あっさりオイニオンに聞かれて、シグダードは、彼を睨みつけた。

「はっきり言うな!!」
「それでそんなに落ち込んでるの……?」
「……うるさい。フィズがいるから私は生きているんだ」

 それを聞いて、オイニオンはシグダードから目を背けた。

「……あれは、その……ただの冗談だよ……」

 しかし、その声は、すでにフィズのことだけで頭がいっぱいになったシグダードには届かなかった。

 広間に響き渡るほど騒いでいたせいで、今度はキャヴィッジェが近づいてくる。

「シグ? なんの騒ぎだよ……」
「うるさい。お前には関係ない」

 にべもなく答えるが、一緒にいたオイニオンが「フィズさんを口説きたいのに口説けなくて困ってるんだって」とあっさり明かしてしまう。

 シグダードは、オイニオンに掴みかかった。

「オイニオン!! 貴様っ……!」
「な、なに!? じ、自分でそう言ってたのに……!」
「黙れ!! それでは私は、好きな男一人口説けない、情けない王のようではないか!」
「シグはいつ王様になったんだよ……態度だけそんな感じだけど……」

 揉み合うシグダードを、キャヴィッジェが慌てて止める。

「お、おい、シグ……落ち着け。お前、さっきのことでそんなに自信なくしてたのか?」
「うるさい!! 貴様らのせいだろうが!!」
「落ち着けよ……そんなことなら、俺らも協力するから……」
「協力だと? 何かいいアイデアがあるのか? ……フィズを……振り向かせることができるのか?」
「へっっ!!?? えっと……そ、それはできるか分かんねえけど……で、できることはするよ。お前には世話になったし、ふ、フィズとのことだって、うまくいってほしいからな!」
「キャヴィッジェ…………お前は……いいやつだな……」
「……何も案はないけどな……俺も……恋人とかいたことねえし……」
「……そうか……」
「そ、そんな落胆した顔することないだろ!!」

 慌てるキャヴィッジェだが、本当に案はないらしい。

 すると、さっきまでフィズと食事をとっていたバルジッカが呆れたように言う。

「おい……あんまりシグをからかうな。そいつにとってフィズは、初恋なんだよ」
「そ、そうなのか? シグ、お前、一途なんだな!」

 キャヴィッジェに言われて、シグダードは顔を背けた。改めて言われると、照れくさい。

 今度はラディヤまで近づいてきた。

「なんの騒ぎだよ……シグ……」
「騒いでいるのは私じゃない。こいつらがぎゃーぎゃーとうるさいんだ!」

 怒鳴るシグダードだが、ジョルジュには「うるさいのはお前だ」と言われてしまった。
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