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後日談
しおりを挟む「あー……やーっとくっついたかー。お前ら」
呆れた様子で、ウィセーアは言った。彼はずっと俺たちのことで、気を揉んでいたらしい。
昼下がりのカフェテリア。明るい日差しが入り込んできて、そばでは花が咲いている。晩冬にしては暖かいのは、カフェの中に張り巡らされた魔法のおかげだ。
テーブルのケーキスタンドには、いくつもケーキが並んでいる。
昨日、殿下から指輪を受け取った俺は、色々と迷惑もかけたウィセーアに、一番に報告することにした。
殿下が、「俺の婚約者」って、俺を紹介すると、ウィセーアはニヤニヤしながら、やっとかよって言っていた。
「いつになったら、ちゃんと付き合うのかと思ってた。お前、ヴァンフィのこと魔物から遠ざけるために突き放したのに、投げ飛ばされたと勘違いされて泣かれてたもんな」
「うるっせえよ!! あ、あの時は気を付けろって、ちゃんと言ったのに……」
「そんなんで伝わるかよ。それに、そいつに近づく奴を殴ってただろ? ヴァンフィ、怖がられて、変な勘違いして、謎の札下げて歩くところだったんだぞ。そのせいで俺は一時間笑って腹が痛くなったんだ。どうしてくれるんだ?」
「……るせぇ…………ヴァンフィ傷つける奴は許さねー……」
「挙句の果てには、そいつに部屋にこいって言えなくて、俺に相談してきて……一晩かけてヘタクソな字でカード書いて、弁当屋で無理矢理バイトまでしたのに、ま、また勘違いっ……」
「るせえっっ!! 笑うんじゃねえ!!!」
ウィセーアは、また腹を抱えてずっと笑ってて、殿下は真っ赤だ。
だけど俺はすごく嬉しい……殿下がそんなに色々してくれてたなんて……
殿下は恥ずかしいのか、ウィセーアを怒鳴りつけて、ウィセーアは笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、顔を上げた。
「つーか、エクウェル……指輪の箱投げつけるって……ひっでー」
「……るせえよ。あん時は……気が立ってたんだよ……」
「殿下は悪くないんだ!!」
つい、口を挟んでしまった俺に、殿下もウィセーアも振り返る。その件に関しては、悪いのは俺だ。
「お、俺がっ……あの箱をしまっておいたから悪いんだ!! 布でくるんで箱に入れて鍵をかけて布で包んで箱に入れて、段ボールに入れてたりしたからっ……」
「お前……爆弾でも包んでんのか?」
呆れたように言うウィセーアの視線が痛い。
あの時、早く箱を開けていたら、こんなことにならなかったんだ。
すると殿下は、どこか恥ずかしそうに言った。
「いいんだよ…………そ、そんだけ……だ、大事に……してたんだろ?」
殿下にそんなことを言われて、その上、不覚にも、目があってしまう。
殿下にそんな顔されたら、しまいこんでよかったとすら感じてしまう。
すると、ウィセーアが半眼で言った。
「あのー……俺、帰っていいー?」
「ダメだ。いろ」
「い、いてほしい……」
殿下と俺に言われて、ウィセーアは渋々といった様子で座り直す。
しばらくして殿下は、そっぽを向いたまま俺に言った。
「……おい。ヴァンフィ」
「は、はい!!」
「…………い、移動するぞ……」
「へ!?」
なんで急にそんなことを言い出すんだ? 何か、気に入らないことがあったのか?
俺はこうして殿下の隣に座っていられて、すごく嬉しいのに……
ま、まさか……
こうして二人で並んで座るのはまだ早かったのか? 従者の身で、殿下の隣に来たりして、本当は不愉快だったのかもしれない。
あ、でも、この席順を決めたのは殿下だ。
じゃあ、それはないか……
だったらこの場所か!
春先とはいえ、まだ寒い。テラス席は風邪をひいてしまうかもしれない。それで、その風邪が悪化したらどうしよう……俺のせいで、殿下が病に臥してしまったら……
「も、申し訳ございません! すぐに移動しましょう!! 暖かいところに!!」
叫ぶ俺に、ウィセーアが呆れたように「座れー」って言う。
「エクウェルー。こいつ、馬鹿だから、ちゃんと説明しないと、真っ青になってるぞー」
「は!? お、おいっ……! 座れっ!!」
殿下に言われて、俺はすぐに座った。
殿下は、ちょっと困ったように俺を見上げていた。
「…………俺は……き、吸血鬼族のお前には……この席、辛いんじゃないかと思って……」
「え? な、なんでですか?」
「……明るいだろ? 吸血鬼族って……太陽が苦手なんじゃないのか……?」
「そ、そんなことないですっ……夜だったり、血を吸えた方が、魔力が上がったり、魔力を使いやすくなるってだけで……だから、こ、ここでも、全く問題ありません! お、お気遣い……ありがとうございます……」
殿下が俺を気遣ってくれるなんて……嬉しい……
勝手に顔が綻んでいく。
そしたら、殿下と目があってしまった。
殿下が微笑んでいて嬉しいのに、自分の締まりのない顔を見られたのが恥ずかしくて、つい、顔をそむけてしまう。
そしたら殿下は、俺に向かって、ちょっとだけ意地悪そうに微笑んで言った。
「じゃあ…………吸ってみるか?」
そう言って、殿下が人差し指を見せてくる。
吸ってみるかって、俺が? 殿下のをっ……!?
そんなの、想像しただけで、俺は真っ赤になってしまう。
だけど……
そっと、目だけで殿下を見上げる。そしたら、殿下はなんだか楽しそう。
い、いいのか……?
こうして、差し出してくれているんだし、断るのも失礼かもしれない。
「…………じ、じゃあ……失礼しますっ……!」
俺は、そっと殿下の指に唇を近づけて、一思いに咥えた。
殿下に痛い思いをさせるわけにはいかない。微かに牙を立てる。一瞬だけなら、痛みも感じないはず。
口の中に広がる温かくて甘い味……殿下のだ……
甘美なそれに、一瞬で酔ってしまう。少しも溢さないようにちゅって吸って、唇を離した。
ダメだ……これ、癖になりそうだ。
だけど、唇を離したら、理性を抑えていた酔いも消えて、急に恥ずかしくなる。
な、なんてことをしたんだ……
そっと、殿下を見上げる。そしたら、すでに殿下は真っ赤だった。
そんな顔されると俺だって……
自分がしたことを思い出して、もう俺は殿下に背を向けることしかできない。
殿下も同じで、俺から顔をそむけてしまう。
「も……申し訳ございません……俺…………」
「な……何言ってんだよ…………俺がやれって言ったんだろ…………」
本当はちゃんと振り向いてお礼を言いたいのに、恥ずかしくてできない。
それでも、殿下の顔を見たくて、微かに振り向くと、殿下も俺に背を向けていたけど、ちょっとだけ振り返ってくれて、目が合ってしまった。
そんなことをしていたら、ウィセーアに、また呆れたように「ねー……俺、帰っていいー?」と言われてしまった。
*後日談*完
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