全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐

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19.今日はあの時対峙した竜の隣で


 ロティンウィース様は、僕が戸惑っていると、やっと僕から離れて、微笑んだ。

「今はまず、この地に溢れかえった魔物を何とかしないとな」
「は、はいっ……!!」
「求婚のことは、その後でいい!」
「……は、はい……」
「だったら、まずは力をつけろ! 食べていないようだが、嫌いなものでもあったか?」
「い、いえ……そんなことは……ありません」

 お腹なら空いてる。ずっと、ろくな食事なんてもらえなかったから。

 少し緊張もほぐれて、パンに手を伸ばそうとしたら、殿下の方が先にパンをとった。そしてそれを薄くスライスして、中にジャムを塗ってくれる。

「俺は、テーブルマナーは苦手なんだ。兄上にもよく、お前は乱暴すぎるー! と注意されていた」
「そっ……そんなことっ……乱暴なんてっ……ないと思います……」

 何を言っているんだ、僕は。殿下の兄なら王族じゃないか。そんな人の言うことを否定するなんて。だけど、ロティンウィース様はとても優しいのに。

 すると、ソファに座った竜のアンソルラ様が「俺は第一王子殿下の言うことに賛成だなー」と言って、ロティンウィース様は「アーソに言われたくない!」と話していた。

 話している間にも、殿下はジャムをたっぷり塗りすぎて、今にも溢れそうになってる。大丈夫かな……

 そう思っていると、殿下のパンからはジャムが漏れていって、僕は慌てて、そばにあったテーブルクロスを掴んで受け止めた。

「あっ……危ないっ……!」

 殿下の服は汚れずに済んだけど、テーブルクロスを引っ張ってしまった。上にあったコップが倒れそうになって、しまったと思った。けれど、倒れそうになったコップは、竜のアンソルラ様が咥えて止めてくれた。

「も、申し訳ございませっ…………っっ!!」

 謝ろうとした僕の前で、アンソルラ様は中に入っていたの飲み物ごとコップを飲み込んで、コップだけ吐き出す。それを見た猫のフーウォトッグ様が「そういうことはやめてください!」と言うけど、アンソルラ様はどこ吹く風。

 殿下は僕に「ありがとう」と言って、ジャムをいっぱい塗ったパンを渡してくれた。

「俺は今日、トルフィレと食事をしたかったんだ! だから、これだけパンを用意させた!」
「え…………?」
「……昨日トルフィレが、パンが好きだと答えてくれただろう?」
「あ……お、覚えていてくれたのですか……?」

 そうか……だからこのテーブル、こんなにパンが並んでいるんだ……全部、僕のために用意してくれたのか……

 殿下がジャムをたくさん塗ってくれたパンを、震える手で受け取る。思わず口に詰め込んだそれは、ひどく甘くて、何度かむせてしまった。すると殿下は「焦りすぎだ」と言って笑った。

「トルフィレは、魔物がいないか調査に行けと言われているのだろう?」
「は、はい!! あの……」
「どうした?」
「あ、あの……昨日、魔物の調査にいらしたとおっしゃっていましたが……」
「ああ」
「でも……アフィトシオ様は、ご存じないのですよね?」
「アフィトシオは許可した」

 殿下は胸を張って言うけど、それ、絶対に違うと思う……アフィトシオが許可するはずがない。魔物を放置していたことが、王族にバレるようなことを。

「……それは、傭兵のロウィスに許可しただけですよね……」
「そういうことにしておいてくれ。あの連中に気づかれる前に、ここの魔物の状況を知っておきたい」
「……そのためにいらしたのですか?」
「ああ。アフィトシオが、領主として、貴族としての役目を果たさず、溢れかえる魔物を放置していることを、貴族たちが集まる公の場で暴露することができれば、あの男を今の地位から引き摺り下ろすことができる」
「それって、王城での会議で、アフィトシオたちのことを告発するってことですか?」
「そうだな」

 そう言って、殿下がニッと笑うと、テーブルの上のフーウォトッグ様が僕に振り向いて言った。

「アフィトシオたちを告発するための材料が揃うまでは、できるだけ正体を明らかにしたくないのです。それに今は、街に溢れて人を襲う魔物たちを排除することが何より先決です。すでに民たちが魔物に襲われているのですから。しかし、私たちが動いたことをアフィトシオたちが知れば、手続きだなんだと面倒なことを言い出すでしょうし、王族とは言え人の領地で勝手なことをしたと喚き出すかもしれません。逃げることは得意な連中ですから、そうやってあれやこれやと難癖をつけて、その間に逃げる準備でもするのでしょう。こちらが魔物の排除に夢中になっているうちに、周辺の貴族たちに助けを求められるかもしれません。言い逃れなども、一切させる気はないので、あれらを糾弾できるチャンスが来るまでのほんの少しの間、私たちに協力してほしいのです」
「フーウォトッグ様……」
「フーグで構いません」
「そっ……そんな無礼なこと、できません!!」
「殿下のことはロウィスと呼ぶのに、私をフーウォトッグ様と呼ぶのは、おかしくありませんか?」
「そ、それはっ……」

 そうなのか? と僕が悩んで俯いていると、今度はソファに座った竜のアンソルラ様が言った。

「俺はアーソだ。よろしくな!」

 彼は、皿の上の料理を皿ごと口に飲み込んで、その後皿だけ吐き出して、フーウォトッグ様に「それはやめなさい」と注意されては無視してる。

 さっき、スプーンで悩んでいた僕の立場は……

 落ち着いたら、食べ方も少し思い出せて、僕は、恐る恐る食事を再開した。

 スープを飲んでいる僕に、殿下が、今度はパンに野菜と肉を挟んで渡してくれる。そんなふうに食事を続けていたら、いつの間にか、テーブルの上の皿は、全部からになっていた。

 殿下は、竜のアンソルラ様に振り向いた。

「アーソ、装備は用意できたか?」
「ああ」

 アンソルラ様が魔法を使うと、彼の前に魔法使いのローブが現れる。殿下がそれを確認して頷き、僕にそれを差し出した。

「着てくれ。トルフィレの装備だ」
「はあ……え、え!!?? そ、装備!??」
「ああ。トルフィレのために用意した。魔物と戦うなら、装備を整えた方がいい」
「た、確かに……そうですが……」
「俺が選んだ。似合うと思う」
「殿下……僕は、このようなことをしていただくわけには参りません」
「トルフィレー。分かっていないな!!」
「な、何がですか?」
「魔物と戦うなら、準備も大事だ!!」
「そ、それは……もちろん、分かっています」
「だったら受け取れ! 魔物を退治するためだ!!」
「し、しかし……あの…………」
「どうした?」
「……街を……出てから受け取ってもよろしいでしょうか。街の中の魔物は、力が弱いものが多いですし、街の外には、強力な魔物がいて……それも、退治に向かいたいのです」
「……」
「か、代わりに、寄りたいところがあるんです!」
「寄りたいところ?」
「は、はい!! あの…………ぼ、僕の武器を管理してくれてて……すごく、お世話になっているお店なんです……き、今日も……武器を渡していただく約束をしていて……」
「そうか……」

 殿下は、少し考えて、頷いてくれた。

「分かった! そろそろ出発するぞ!! フーウォトッグ! 街の状況は、今どうなっている?」
「街に出た部隊が、街の中の魔物を狩っています。ただ、街の周辺に大型の魔物が多く、そちらを先に倒しているので、街道や路地、廃屋などに溜まった魔物にまでは、手をつけられていません。今日は手始めに街の中を回ってみてはいかがでしょう?」
「そうだな……」

 そこで僕は立ち上がって、殿下に声をかけようとした。

「あっ……あの!! 殿下っ……僕っ……」

 けれどその時、窓の外から小さな声がした。悲鳴のようだ。微かで、聞こえるかどうかもわからないような声だったけど、確かに悲鳴だった。

 まさかっ……こんなところにも魔物がっ……!? 昨日、街の路地裏に多くいたけどっ……

 それが聞こえた窓に振り向くと、ロティンウィース様たちの方が先に動いていたらしい。
 すでに殿下は、部屋の大きな掃き出し窓を開いて、僕に手を差し出している。

「行くぞ。トルフィレ!! 今日は俺が、トルフィレのパーティだ!」
「ロティンウィース様……」

 見上げる僕に、殿下の肩に乗った猫のフーウォトッグ様と、殿下の周りを飛ぶアンソルラ様が言う。

「心外です。私たちのことを数に入れないなんて」
「俺たちだって、トルフィレに会えるのを楽しみにしてたんだからな!!」

 そう言う彼らの前で、戸惑う僕の手を、ロティンウィース様が強く握る。

「今日は、俺たちがトルフィレと一緒に街を守るパーティだ! 不満か? 俺たちが仲間では」
「いいえっ……」

 とんでもないです、そう言おうとして、僕は言い換えた。今日は、かつて対峙した彼らと並べるんだ。

「うっ……嬉しいっ……です! ロウィス!!」

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