極悪で役立たずな僕に責め苦を与えると脅迫した悪名高い公爵様が今日も僕に甘い。監禁されて迫られてるような気がするのなんて、きっと勘違いだ!

迷路を跳ぶ狐

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25.知らない者も多いから

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 公爵様が無事でよかったけど、いつもみたいに、普通に話せない。

 戸惑う僕を、キョトンとして公爵様が見つめている。

 公爵様……少し会わなかっただけで、なんだか遠い人になっちゃったみたいに見える。

 だけど、よく考えてみたら、そもそも公爵様は遠い人なんじゃないのか?

 こうしていると、公爵様は本当に、公爵様だ。

 たくさんの人に囲まれて、凛としているその姿は、この巨大な城の主らしい。僕のそばで楽しそうにしていた公爵様ではないけど、この広い領地を治める公爵閣下としての姿じゃないか。

 公爵様がいつもと違うって思ったけど……

 勘違いしていたのは……僕の方か……

 そもそも素材を集めるために連れてこられた僕と公爵様が、同じ屋敷で同じテーブルについて、隣で寝ていたことの方がおかしいんだ。

 遠い人って思い知っただけ……

 そんな当たり前のことを、すっかり忘れていたのは、僕の方なんだ。

「トグディウトル?」
「は、はい!」

 顔を上げた僕を、公爵様は顔をかしげて見ていた。

 僕が急に黙り込んだからだ。

 何してるんだ……僕……

 せっかく公爵様が僕を呼んでくれて、僕なんかをこんなに歓迎してくれているんだぞ。それなのに、今さら当たり前の事実を目の当たりにして、ずーっと俯いているなんて。

 失礼だろ。

 公爵様は、背後にいた護衛たちのうちの一人を呼んで、何か耳打ちしてる。すると護衛の人は驚いていたけれど、みんな連れ立って、部屋を出ていった。

 え? みんな、行っちゃうの?

 こうして、部屋には僕と公爵様だけが残された。

 公爵様と僕が二人きりって……いいのか?

 ポカンとしていたら、公爵様は椅子から立ち上がり、僕に近づいてくる。

 え?

 僕、何か変なことしちゃった??

 あ……したか。

 僕、さっきから、公爵様が手の届かない人って思い知って、落胆している……今さらそんなことを理解したりして、おかしいにも程があるだろ。

 公爵様は、真剣な顔をして言った。

「どうした? トグディウトル」
「え、えっと……その…………ちょっとびっくりしただけです。こ、こんなところに呼んでいただけるなんて……僕、思ってなくて…………僕なんかをお招きいただき……本当にありがとうございます……」
「何を言っているんだ。貴様は。馬鹿なのか??」
「え? わっ……!」

 振り向いたら、公爵様の顔がすぐそばにあった。いつのまにかそんなに近づかれて、びっくりしてたら、頬を軽くつままれた。

「ひゃっ……い、いたっ……!」
「俺に会いたいと、そう言ったんじゃなかったのか?」
「……え…………?」
「…………違うのか……? ウェタフィルにも、トグディウトルが会いたいと言っていると、そう聞いたぞ…………そう言っていたんじゃないのか?」
「……あ…………ち、違いません!」
「……」

 公爵様の手が、僕から離れていく。

「だったらどうした? ここに迎えられるのは、嫌だったか?」
「え…………そ、そんなはずありません!!」

 慌てて、叫んだ。

 そんなはずない。僕だって、ここに呼んでもらえて嬉しかったんだから。

「だ、だってっ……公爵様、いつも僕を嬲るような人なのに、今日だけ……本当に公爵様みたいで…………遠い人なんだなって思って……」
「…………本当に……何を言っているんだ……貴様は…………」
「……え?」
「俺は、敬意を込めて今回の功労者として迎えたかっただけだ」
「け、敬意? 僕に……ですか?」
「ああ。当然だろう?」

 公爵様が魔法で取り出したのは、僕が渡した、強化した魔法の杖だ。

「それ、僕が渡した…………」
「ああ。あの森の素材で強化したのだろう?」
「は、はい……」
「これが、魔力や魔法の威力も高めると同時に、魔力の制御も助けてくれた。周囲にいる味方まで巻き込んでしまわないようにするためだろう? 魔物の群れとの戦いでは、これに何度も助けられた」
「ほ、本当ですかっ……!? それっ……役に立ちましたか!?」
「ああ。トグディウトルが送ってくれたものは、俺たちの勝利に大きく貢献している。だが、中にはまだ、それを知らない者も多い。そして、公爵として、これだけの功績を蔑ろにはできない。だからこそ、城にも迎え、丁重に客として扱いたかったんだ」
「……公爵様………………あ、ありがとうございます…………」

 どうしよう……

 嬉しすぎて、まだ実感が湧かないくらいだ……

 役立たずって怒鳴られて、罰を受けたことしかない。
 僕自身もそうなんだって、ずっと思っていた。

 そんな僕が、公爵様の役に立てたなんて。
 こんな風に、お礼を言ってもらえるなんて。

 泣きそうだ…………

 だけど今はせっかくこうして公爵様に会えたんだ。泣きたくない。

 耐えていたら、公爵様は、優しく言った。

「…………俺が勝てたのも、領地を守れたのも、トグディウトルのおかげだ。公爵家の当主として、感謝したい」
「……そんなっ…………っ!」
「……二度と遠い人などと言うな。トグディウトルが隣にいたから、俺は勝てたんだ。俺は会いたかった。トグディウトルがしていることに対しても、直接礼を言いたかった。だから呼んだんだ」
「そ、そんなの…………僕だって…………だ、だって、公爵様……ずっといらっしゃらないし……ご、ご心配申し上げておりました……」
「……そうか…………」

 顔を上げた僕の頬に、公爵様の手が触れる。

 ちゃんと触れているじゃないか……もう、あの屋敷でずっと待たなくていい。公爵様は、今僕のそばにいてくれているんだから。

「今度言ったら、しばらく地下で拷問だからな」

 拷問って言われてるのに……なんで頷いてるんだ、僕……

 そんなことしてるから、結局涙が流れていく。はいって、声に出して言えばよかった。流れた涙が邪魔で、もう言葉なんて出てきそうにない。

 俯くばかりの僕の頭に、そっと優しく手が触れる。
 公爵様が、僕の頭を撫でてくれているんだ。

 なんだよ……いつも鞭なのに……
 こんなこと、公爵様じゃないみたいなのに、やっぱりいつもの公爵様だ。

 嬉しいし……気持ちいい……
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