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59.ずっと一人で
公爵様がフィエイウルを殴りつけて、いつまで経ってもやめないから、本気で殺す気だと気づいた僕と、半泣きになったフェズールスと仲間の全員で、必死に止めた。
街中で公爵が領主の一族を拳でぶち殺したなんてことになったら、さすがにまずい。後で絶対に問題になる。公爵様の悪い噂だって、ますます広まっちゃうじゃないか。公爵様がまた怯えられて少し苦しそうな顔をするのを見たくない。
死ぬ気で止めて、レウィルレラット様とライレトティロース様にも頼んだのに、二人とも全然聞いてくれない。公爵家として、絶対に困るはずなのに。
それなのに、レウィルレラット様は全然聞いてくれない。それどころか、「ストレス解消はしておかないと」なんて言い出すし、ライレトティロース様は、「公爵家はもみ消しも得意だ! なんの問題もない!」と、発言自体が問題なことを言って、さっさと森の中に、逃げた仲間たちを探しにいってしまった。こんな時は一緒に止めてくれそうなリイルオンデラトだって、「そのまま死ね」と言って、ライレトティロース様といってしまった。
最終的に、後からひょっこりやって来たドウィルラード様に、みんなで泣きついて頼んだら、彼が公爵様を止めてくれた。ホッとしてお礼を言ったら、その後みんなに片っ端から声をかけていた。最後には全員から白い目で見られて距離を取られていたけど、ドウィルラード様はまるで気にしてない。彼と一緒にいた彼の仲間二人が止めてくれたけど。
それから回復が終わり、領主様の城の会議室に連れてこられた僕ら。
すでに公爵家の方々も集まっている。公爵様が言っていた、すでに領主に話はしていると言うのは、本当だったらしい。
殴り飛ばされた傷は魔法で回復したようだが、怯えと怒りの入り混じった様子のフィエイウルが、領主様に喚く。
「こ、これは一体っ……父上!! どういうことですか! な、なぜっ……レイスルイガート公爵閣下がこんなところにっ……こんなの、聞いていません!!」
「落ち着け……来たもんは来たんだ。仕方がないだろう」
そんなことを言う領主様からは、ひどく酒の匂いがした。こんな時まで飲んでるなんて、どれだけ不遜なんだって思うけど、この領主はいつもこう。
フィエイウルがどれだけ横暴な真似をしようが放置。彼の周りにいる部下の魔法使いたちが僕らを殴ろうが蹴ろうが見ないふり。というか、見る気がない。僕が鎖で繋がれて動けなくなって死にそうになったって、まるで気にしない。
重くないのかと思えるくらいの宝石と金の装飾が眩しいローブをこれ見よがし纏う初老の男は、公爵様の前であろうといつもと変わらない様子でどかっと椅子に深く腰掛けている。
一方、僕が殴るのを止めた時から、かなり機嫌が悪い公爵様。ここでも怒りをあらわにするのかと思いきや、ゾッとするほど冷徹な顔をしている。僕にも話し合いをするだけだと言っていたし、レウィルレラット様もライレトティロース様も彼らの従者の方々も、公爵様の城にいた時とは別人のように、表情のない顔をしていた。
席に着いたのは、領主様と公爵様だけ。後のみんなは、おそらくすぐにでも魔法に対抗できるようにだろう、杖を握り、自身の魔力に集中しているようだった。
僕は、入り口の近くでフェズールスと一緒に、気分が悪くなるくらいの緊張感に耐えて立っていた。
静まり返る会議室。
公爵様が書類をレウィルレラット様に渡すと、それを、レウィルレラット様が領主様のところまで持っていく。
それに目を通した領主様は、あからさまにため息をついて、めんどくさそう顔を歪め公爵様にたずねた。
「なんですか? これは」
「あなた方がトグディウトルを連れ去ったことで、私の領地が被った損害です。彼は向こうで、素材の回収と道具の強化を行っていました。それなのに、あなた方が彼を連れ去ってお陰で、全て遅れました。その分の賠償を求めたいのです」
「そ、そんなっ……!」
真っ青になるフィエイウル。
けれど、うろたえだしたのは彼だけ。
領主様は、だからなんだと言わんばかりに平然と、そして再び、わざわざこちらに聞かせるためにしているかのようなため息をつく。
「公爵閣下……おっしゃっていることが無茶苦茶です。これではまるで、言いがかりではありませんか。その男が一人いなくなった程度で、これだけの損害が出るとは思えません。あなたは随分、そこにいる男を買っているようですが……買いかぶりでしょう。その男だけではなく、それの部隊が行っていたのではありませんか?」
「複数でやっていたことを、私がトグディウトルだけの手柄にしていると、そうおっしゃるのですか?」
「もちろんです。その男一人に、そんなことができるわけがない。実際、その男はここで、それと同じことを部隊で行っていたのです。部隊で集めていた量と、あなたがおっしゃっている量は同じだ」
「私が嘘をついているとおっしゃるのですか?」
鋭い口調で公爵様が言うと、領主様がニヤリと笑う。
「そうとしか思えませんな。いいですか? あなたのところと違い、私の領地では、全ての魔法使いたちが協力し、領地を守っているのです。誰もが支え合い、領地を守るために命懸けで戦っているのです。当然でしょう! 私達は仲間なのですから」
「仲間……ですか…………」
「仲間同士、力と知恵を出し合い戦っているから、領地が守れているのです。それを、あなたのお気に入りだけの手柄にしてしまうのは、あまりに彼らに失礼です。部隊みんなの手柄ですよ」
「……私が彼に与えた部隊の手柄を、彼だけの手柄にしているとおっしゃるのですか?」
「だから、そう申し上げているではありませんか。その男が、あなたに何をしたか知りませんが、お気に入りの男娼を連れ去られて、頭に血が昇ってしまいましたか? フィエイウルが感情的になり、無礼な真似をしたことは謝りましょう。その分の補償もします。しかし、これは暴利だ。払えませんな。文句があるなら、どこへでも訴え出ればいい。そんな訴えが認められるはずがありませんが」
「…………」
「ぐうの音もでませんか? 分かったら帰りなさい。そんな顔をなさらずとも、愛妾に溺れて判断を誤るなど、よくあることです。しかし……そのせいで国が傾くこともある。大して魔力もない魔物を少し倒したくらいで王家に目をかけてもらえて、随分自惚れてしまわれているようだが……これからは、上に立つ者として、もう少し慎重になられた方がよろしいのではありませんか? 長くこの地を繁栄に導いてきた領主としてのアドバイスです」
「…………」
黙ったままの公爵様を嘲るように笑い、領主様は立ち上がった。
「では、私はこれで失礼します。あなたが荒らしてしまわれた街の視察に行かなくてはなりませんから」
「ま、待ってください! 父上!!」
喚き出すフィエイウルに冷たく「お前は補償の用意をしろ」と言って、領主様は出て行こうとする。
そこでやっと、公爵様が口を開いた。
「……俺の領地で、トグディウトルに部隊は与えていない」
「…………なに?」
立ち止まって振り向いた領主様を、公爵様は席に座ったまま睨みつける。
「トグディウトルは、俺の領地の森で、一人で素材を集めていた」
「…………まさか。その男が連れて行かれた森は、ひどく魔物の多い森のはずだ……それを、一人でなど……その男にできるはずがない」
「事実だ。必要なものは支給し、監視のための魔法使いはつけたが、素材を集めていたのは彼一人だ。ここに、彼が一人で集めたもののリストもある」
「馬鹿らしいっ……追い詰められたからといって、またそんな嘘を…………」
「事実だと言っているだろう。貴様は、俺と俺の一族と従者たち、周辺の領主たちまでもが、揃って嘘をついていると言うのか? すでに、トグディウトルの功績は、誰もが知るところとなっている。いまだにそんなことを言っているのは、貴様だけだ」
「…………」
「俺の領地に現れた魔物の群れを退治できたのも、彼の集めた素材と、彼が渡してくれた道具や武器があったからだ。彼は、俺が魔物の群れと戦っている間、絶え間なく俺たちを支援してくれた。これも、一人でだ。これも、一族とあの戦いで力を貸してくれた貴族たちが認めている事実だ……お陰で、妙な輩が彼を引き抜きにくるくらいだ……」
公爵様がここで初めて怒りを露わにしたような顔をして、ドウィルラード様が「えー? それって俺ー??」なんて、からかうように言いながら、両手を振っていた。
会議の張り詰めた空気は幾分緩んだが、全員から向けられる冷たい視線。
当然ドウィルラード様はまるで気にしない。「俺、すごいでしょー。一番に彼に声をかけたんだよ?」と言い出して、公爵様に「黙れ」と睨まれている。
すごいな……あの人は……
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