従者になりたい犬と犬に悪戯したい魔法使い様

迷路を跳ぶ狐

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第四章

35.たまにはこんな朝もいい






 チイルが寝返りを打って、柔らかそうな頬が、フィーレアの方に向く。


 また触れたくなる。そんなことをすれば、チイルを起こしてしまうのに。


 まだ朝も早い。寝かせてあげたほうがいい。分かっているのに、そばにいきたくなる。



(どうかしている……私は……)



 チイルのことは、可愛いと思っている。そばに置いておきたいとも。けれど、それだけだ。それ以上なんてない。


 そのはずなのに、なぜこんなにそばに行きたくなるのだろう。





「チイル……」


 こっそり、名前を呼ぶ。


 彼は答えない。

 寝ているのだから、聞こえないのだろう。




 すると、背後でデスフーイの声がした。

「フィーレアっ……! フィーレア!! なにしてんだ! 一緒に探してくれるんじゃなかったのか!?」
「……そんなこと、言いましたか? 私はただ、あなたが寝ているチイルにいたずらしないように見ていただけです」
「するわけないだろ!! 今俺がどれだけ焦ってるか、お前分かってないだろ!! どうするんだよ!! あれがチイルに見つかったら!!」
「どう、と言われても困ります。それに、チイルがあの瓶を見つけたところで、なんのことかわからないはずです。焦る必要はないのでは?」
「万が一分かったらどうするんだ!! お前は他人事だからそんなにのんきでいられるんだ!」
「はい。他人です」

 キッパリといったフィーレアに、デスフーイは、お前は冷たいと言いながら、また押し入れに積まれた布団の間を探し始める。



 なにをしているのかと思う。

 そもそも、まるで手伝って当然、と言ったふうに話すが、昔からそこまで、協力し合うような仲でもない。
 この火山を管理するために協力しているだけで、火山のこと以外ではあまり関わり合いをもたない程度の仲ではないか。


 いつからこんなふうになったのかと考えてみる。


(チイルのことを……助けることが決まったあたりからか……)


 初めて警備隊長がその話をもってきた時、相当面倒なことになるだろうと、覚悟はしていた。そして、それを成し遂げるためには、一人では無理だということも。




 振り向いて、デスフーイが探している押入れのほうに行こうとすると、背後から、声がした。


 チイルの声だ。


 けれど、今度は名前を呼ぶようなものじゃない。
 彼は苦しそうに何かを繰り返していた。

 うなされているらしい。



 起こしたほうがいいのかと、一瞬、迷った。

 その一瞬の隙を見せたフィーレアの隣をすり抜け、デスフーイはチイルに駆け寄り、彼を大声で呼びながら揺り動かす。


「チイル……!? チイル!! チイル! 起きろ! チイル!!」


 肩を掴まれ何度も呼ばれたチイルは、すぐに目を覚ました。


「で、デスフーイ……さま?」
「よかった……大丈夫か? うなされてたぞ」
「……」


 彼は何も言わずに俯いて頷く。


「だ、大丈夫……です……」
「そうか……怖い夢でも見たのか?」
「……な、なんでもないですっ…………」
「でも……」
「そ、それより、お二人とも……どうしたんですか?」
「へっ!? あ、や……えーっと……そ、その……あの……あー……その……あの……び、瓶、知らないか?」
「……瓶?」
「あ、ああ……このくらいの……小さい瓶……」


 デスフーイに手で大きさを説明されたチイルは、あ、と呟いた。


「知ってるのか!?」
「は、はい……狐さんたちがもっていきました。いいもの見つけたっていって……」
「はあーー?? あの狐どもっ……」


 デスフーイは、すぐに部屋を飛び出して行こうとして、障子のところでチイルに振り向いた。


「ありがとう! チイル!! おかげで見つかりそうだ!!」
「は、はい…………」


 彼は小さな声で言って、すぐに俯いてしまう。

 部屋を出て行こうとするデスフーイを、その浴衣をつかんで、フィーレアが止めた。


「待ちなさい」
「なんだよ! お前に引き止められても嬉しくねえぞ!!」
「私だって、あなたなんか呼び止めたくもないどころか、このまま地獄の底へでも行って、二度と戻ってきて欲しくないです。しかし、そうはいかなくなりました」


 フィーレアは、デスフーイの浴衣を離さないまま、チイルに振り向いた。

 デスフーイも、すぐに気付いたようだ。


 チイルがずっと、俯いたまま顔を上げないことに。

 チイルはずっと俯いて尻尾と耳を垂れている。その体が少し震えていた。



 フィーレアは、彼に振り向いて、そっと声をかけた。

「チイル……何かあったのですか?」
「い、いいえ……何も……」
「何もということはないでしょう。震えているのに」
「……ほ、本当に、なんでもないんです!!」
「チイル……」


 今にも泣きそうな彼が、なんでもないはずがない。

 フィーレアは、チイルの正面に立って、彼を見下ろした。


「無理に聞き出すことはしたくありません……けれど、あなたが何か気がかりなことがあるなら、力になりたいんです」
「……」


 それでも、チイルは何も話さない。じっと俯いて首を横に振るばかり。


「ほ、本当にっ……なんでもないんですっ!」


 逃げ出そうとしたチイルを、今度はデスフーイが捕まえる。


「なんでもないってことないだろ。話せよ!」
「……」


 しばらく黙っていたチイルだったが、やがて震えながら顔を上げる。


「ち、ちょっと……悪い夢を見ただけです……」
「夢?」
「……」


 また黙って下を向いてしまうチイルの手を、フィーレアは握った。

 すぐにチイルは驚いて顔を上げる。


「ふ、フィーレアさま??」
「狐たちが、大事な瓶を持って逃げてしまいました。今から探しに行くので、あなたも来てください」
「え?! え……?」
「嫌ですか?」
「い、いえっ……! すぐにいきますっっ!!」


 彼はすぐに笑顔になってくれる。デスフーイもついてくるが、あまりチイルに知られたくないものをチイルも探しに行くことになり、彼は困り顔だ。


「お、おい!! フィーレア!!」
「もうすぐ朝がきます。それなら、たまには早く起きてもいいでしょう。せっかくです。三人で朝日でも見にいきませんか?」
「はあー??」


 はじめてのフィーレアからの誘いに、デスフーイは顔を歪める。少し前までなら、誰がお前なんかとと言っていただろう。

 しかし、チイルが、さっきまでとは打って変わって楽しそうに廊下を走り出している。その姿を見て、デスフーイも、少し笑った。


「仕方ねえな……チイルのためだ! 行くぞ!」
「走らないでください。猫たちが起きてしまいます」
「分かってるよ!」


 分かってる、と言いながらも、デスフーイは、チイルの後を追って走っていく。


 まだ朝も早い時間で風も冷たい。屋敷の誰もが寝ている時間だが、たまにはこんな朝もいい、そう思った。

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