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第四章
40.多少の都合のいい想像を交えて
しおりを挟むフィーレアは、戸惑っていた。
チイルに突然部屋に行きたいと言われて。
もう夜だ。チイルにしてみれば、これからすることは寝ることくらいだろう。それなのに、彼はフィーレアの部屋に来たいと言う。
一体、どういうことなのだろう。
(まさか……そういうことか?)
即座に、自分の望みが叶う方向に想像する。
すなわち、体を許します、の合図だと言うことだ。
チイルとは、ここ最近、ずっと一緒にいる。さらには、頬に口づけもしている。彼は以前、フィーレアの前で下着を脱ごうとした。そして今度は、深夜にフィーレアの部屋に行きたいと言い出した。
(やはり……そうなのか?)
しかし、すぐに考え直す。
確かに、深夜に部屋に行きたいと言っているが、これには、省略されている部分が多い。
正確には、深夜に、従者であるチイルが、主であるフィーレアの部屋に行きたいと言っているのだ。
(いや……まだ省略されている部分が多い……)
さらに正確には、と考える。
深夜に、従者であり、恋人という関係には至っていないチイルが、後日城下町の人魂の捕獲に向かうという話をした後、主であるフィーレアの部屋に行きたいと言っている、だ。
これから導き出されるチイルの目的は、捕獲について、人魂について、まだ相談したい、ではないだろうか。
(特別な思いはない……のか……?)
見下ろしたチイルは、尻尾を振っていた。可愛い彼を見ることができるのは嬉しい。けれど、こうして無邪気に喜ぶ彼が、自分をどう思っているのか、全く分からなくなりそうだ。
部屋に行きたい。それは、従者としてなのか。今、尻尾を振っているのは、主であるフィーレアの部屋に行けることが嬉しいだけなのか。何も意識していないから、深夜に部屋に行きたいなどと言えるのかもしれない。
彼は、自分のいないところで、二人の主が情欲に塗れた視線を向けていると知ったら、どうするのだろう。
チイルは、なにも言えないフィーレアを、キョトンとして見上げている。
なぜだろう。その無垢な目を汚したくなるのは。
(いや……これでは悲観が過ぎるか……)
もう一度、頭を振って考えなおす。
フィーレアとチイルのこれまでの関係を考えれば、もう少し、違う風に解釈することができるのではないか。
すなわち、深夜に、従者であり、恋人という関係にはまだ至っていないチイルが、今後城下町の人魂の捕獲に向かうという話をした後、常日頃より慕っている主であるフィーレアの部屋に行きたいと言っている、というように。
こうすれば、チイルは、ある程度の好意を持って、ともすれば、二人の関係をその先へ進められるのではないかと期待して、こう言っていると考えることができる。
(そういうつもり、なのか……)
あれこれ考えた結果、思考が一回転し、元の場所に戻る。
ここまでの思案、一分。
あれこれ考えていたフィーレアにしてみれば、短い一分。
しかし、突然黙ってしまったフィーレアを前に、じーっと待っていることしかできないチイルにしてみれば、一分は、長い。
「あ、あのー……フィーレアさま??」
「……チイル…………いいのですか?」
「え? えっと……なにが? ですか??」
「……あなたは、自分がなにを言っているのか、分かっていますか?」
「え!? えっと……だ、ダメでしたか? あ、明日の相談をしたかったのですが……」
「……相談……」
「は、はい……」
「そうですか……」
体を許すと言っている可能性は消えた。
(そう都合のいいことはないか……)
これまで、彼はそんなそぶりを一度も見せてはくれなかった。突然、一夜を共にしたいとは言ってくれないだろう。
となれば、チイルは、単に従者として人魂の捕獲の相談をしたいだけなのか、関係を先に進めたくて部屋に行きたいと言っているのか、どちらかということになる。
ここで、自分とチイルの関係を見直してみる。
以前は、フィーレアの前でパンツを脱ごうとすらしたチイルだ。
(単なる従者として、では、少し他人行儀ではないだろうか……そうだ。風呂に入れと言えばすぐに入り、目覚めた時も、私が隣にいて、嬉しそうにしていた。なんの感情もない、ということは決してないはずだ)
事実に多少の都合のいい想像が混じり、だんだん、現実が自分の理想に近づいていく気がした。
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