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第六章
60.お二人の犬です
しおりを挟む泣きながらお茶とお菓子の乗った盆を持って走るチイルに、廊下にいた狐や猫たちがびっくりして道を開ける。
それにすら気づかずに走って、気づけば、二人がいるはずの部屋の前まで来ていた。
ボロボロ出てくる涙を拭う。こんな風に泣いているところなんて、見せられない。
(落ち着け……ちゃんと聞いてあやまるんだ! そして、許してもらえたら、ずっとここにいたいって言う!!)
決意して、勢いよく障子を開く。
「フィーレアさまっっ!! デスフーイさまっっ!! うわああああああああっっ!!!!」
驚いた。
部屋の中は真っ暗だ。まだ日は高いし、廊下も、障子一枚を隔てた庭も、眩しいくらいに明るいのに。他の部屋も、普通に明るいのに、この部屋だけが、深夜のように暗い。
その上、チイルが障子を開いても、廊下の光が部屋の中に入ることはない。
夜の、なんの明かりもないようなその部屋は、奥まで見通せないくらいに暗かった。
「フィーレアさま……? デスフーイ……さま??」
二人の名前を呼びながら、恐る恐る中に入っていく。
けれど、二人はいないらしい。
キョロキョロしながら、部屋の奥に進む。すると、何かを踏んだ。
「いたっ!! わっっ!!」
びっくりして見下ろすと、踏んだものは、メモスタンドだった。犬の形をしていて、どうやったらうちの犬をずっとうちの犬にしておけるか会議と書かれた札をくわえている。
(い、犬……?? そんなの、いたかな??)
考えてみるが、この屋敷には、猫や狐、小鳥たちはいても、犬はいなかった。犬の妖精なら、チイル以外ならレアデウがいるが、フィーレアもデスフーイも、彼を犬と呼んだことはないし、彼のことをうちの犬、とは言わない気がした。
(じゃあ……この、うちの犬って、僕??)
だんだんそれが、自分のことのような気がしてくる。
けれどそれなら、ふだに書いてあるのはどういう意味だろう。
(ずっとうちの犬にしておけるって……僕、ずっとここにいたいのに……お二人が、許してくれれば……)
じっと、それを見て俯いていたら、ますます二人に会いたくなってきた。
ずっとここにいたい、そう伝えたかった。
けれど、走り出そうとしたところで、今度は座卓に足を取られて転んでしまう。
「わ!!」
持っていたお盆ごとひっくり返りそうになる。
そんなチイルの体を、力強い腕が抱きとめてくれた。
「おっと……」
顔をあげる。すると、デスフーイが、チイルの倒れそうな体を支えてくれていた。
「大丈夫か? チイル」
「デスフーイさま……」
チイルを見下ろす目は、いつもと同じように優しい。
その顔を見ただけで、また泣き出してしまいそうだ。彼がチイルをいつものように見下ろしてくれていて、嬉しいはずなのに。
そばでは、チイルが落としてしまいそうになったお盆を、フィーレアが持って立っている。
「気をつけてください。怪我をしますよ?」
「フィーレアさま……」
すぐそばに立った彼を見上げる。
二人とも、いつもと変わらない。
チイルのことを心配して、助けてくれて、大丈夫か、と声をかけてくれる。
優しい二人を見上げて、チイルはますます泣き出しそうだった。
(この二人が……出てけなんて言うわけない!!)
デスフーイに立たせてもらい、フィーレアにお盆を返してもらって、チイルは一歩下がって、持ってきたものを差し出した。
「か、会議をしていると聞いたので、これ!! お、お茶とお菓子をお持ちしました!!」
「おー、気がきくなー。えらい偉い」
そういって、デスフーイはチイルの頭を撫でてくれる。
嬉しくて、チイルはその手に身を委ねていた。
「で、デスフーイさま……く、くすぐったいです……」
見上げようとすると、ブチッと音がして、首輪が揺れる。
「あっ……! あ!!」
驚いて、恐る恐る首輪に触れる。するとそれはさっきよりますます緩くなっていて、切れ目が深くなっている。
もともと、少し引っ張れば外れるほど、脆いものだ。
けれど、二人からもらったものが千切れそうになってしまい、チイルは酷く寂しくなった。
「ご、ごめんなさいっ……! 僕っ……! 外す気なんてなくて……」
「いいって。そんなの」
デスフーイが言って、チイルの頭を撫でてくれる。
「もう、いらないだろ?」
「えっ……!? で、でもっ……!」
すると、フィーレアまでもが、同じことを言いだす。
「……そうですね……もう…………あなたを脅かしていたものは、拘束されたことですし……」
「ま、待ってください!!」
慌てて、チイルは叫んだ。
「ぼ、僕、首輪……なくなるの、嫌です……」
「は?」
「え?」
フィーレアにも、デスフーイにも、驚かれてしまう。
けれど、チイルは、真っ赤になりながら伝えた。
「これ……な、なくなるの、嫌です…………だ、だって……お二人がくれたんだし…………僕は、お二人の、従者だから……」
すると、フィーレアはかぶりを振る。
「確かに、従者として、のようなことを言いましたが、それは、この魔法を使う者が、表向きの理由として使った言い方です。実際は、拷問し、従属させるための言い訳に過ぎません」
「でもっ……! ぼ、僕っ……! ず、ずっと二人といたいんです!! 僕、お二人になら、何をされてもいいっ……」
チイルは泣きながら、さっき拾った札を、恐る恐るふたりに見せた。
「僕……ずっと……お二人の犬、です……」
怯えながら出したそれを、二人はじっと見下ろしていた。
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