従者になりたい犬と犬に悪戯したい魔法使い様

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
60 / 68
第六章

60.お二人の犬です

しおりを挟む





 泣きながらお茶とお菓子の乗った盆を持って走るチイルに、廊下にいた狐や猫たちがびっくりして道を開ける。


 それにすら気づかずに走って、気づけば、二人がいるはずの部屋の前まで来ていた。


 ボロボロ出てくる涙を拭う。こんな風に泣いているところなんて、見せられない。



(落ち着け……ちゃんと聞いてあやまるんだ! そして、許してもらえたら、ずっとここにいたいって言う!!)



 決意して、勢いよく障子を開く。



「フィーレアさまっっ!! デスフーイさまっっ!! うわああああああああっっ!!!!」


 驚いた。


 部屋の中は真っ暗だ。まだ日は高いし、廊下も、障子一枚を隔てた庭も、眩しいくらいに明るいのに。他の部屋も、普通に明るいのに、この部屋だけが、深夜のように暗い。


 その上、チイルが障子を開いても、廊下の光が部屋の中に入ることはない。
 夜の、なんの明かりもないようなその部屋は、奥まで見通せないくらいに暗かった。



「フィーレアさま……? デスフーイ……さま??」


 二人の名前を呼びながら、恐る恐る中に入っていく。


 けれど、二人はいないらしい。


 キョロキョロしながら、部屋の奥に進む。すると、何かを踏んだ。


「いたっ!! わっっ!!」


 びっくりして見下ろすと、踏んだものは、メモスタンドだった。犬の形をしていて、どうやったらうちの犬をずっとうちの犬にしておけるか会議と書かれた札をくわえている。


(い、犬……?? そんなの、いたかな??)


 考えてみるが、この屋敷には、猫や狐、小鳥たちはいても、犬はいなかった。犬の妖精なら、チイル以外ならレアデウがいるが、フィーレアもデスフーイも、彼を犬と呼んだことはないし、彼のことをうちの犬、とは言わない気がした。


(じゃあ……この、うちの犬って、僕??)


 だんだんそれが、自分のことのような気がしてくる。


 けれどそれなら、ふだに書いてあるのはどういう意味だろう。


(ずっとうちの犬にしておけるって……僕、ずっとここにいたいのに……お二人が、許してくれれば……)


 じっと、それを見て俯いていたら、ますます二人に会いたくなってきた。


 ずっとここにいたい、そう伝えたかった。


 けれど、走り出そうとしたところで、今度は座卓に足を取られて転んでしまう。


「わ!!」


 持っていたお盆ごとひっくり返りそうになる。


 そんなチイルの体を、力強い腕が抱きとめてくれた。


「おっと……」


 顔をあげる。すると、デスフーイが、チイルの倒れそうな体を支えてくれていた。


「大丈夫か? チイル」
「デスフーイさま……」


 チイルを見下ろす目は、いつもと同じように優しい。

 その顔を見ただけで、また泣き出してしまいそうだ。彼がチイルをいつものように見下ろしてくれていて、嬉しいはずなのに。



 そばでは、チイルが落としてしまいそうになったお盆を、フィーレアが持って立っている。


「気をつけてください。怪我をしますよ?」
「フィーレアさま……」


 すぐそばに立った彼を見上げる。

 二人とも、いつもと変わらない。


 チイルのことを心配して、助けてくれて、大丈夫か、と声をかけてくれる。


 優しい二人を見上げて、チイルはますます泣き出しそうだった。


(この二人が……出てけなんて言うわけない!!)




 デスフーイに立たせてもらい、フィーレアにお盆を返してもらって、チイルは一歩下がって、持ってきたものを差し出した。


「か、会議をしていると聞いたので、これ!! お、お茶とお菓子をお持ちしました!!」
「おー、気がきくなー。えらい偉い」


 そういって、デスフーイはチイルの頭を撫でてくれる。
 嬉しくて、チイルはその手に身を委ねていた。

「で、デスフーイさま……く、くすぐったいです……」

 見上げようとすると、ブチッと音がして、首輪が揺れる。

「あっ……! あ!!」

 驚いて、恐る恐る首輪に触れる。するとそれはさっきよりますます緩くなっていて、切れ目が深くなっている。
 もともと、少し引っ張れば外れるほど、脆いものだ。
 けれど、二人からもらったものが千切れそうになってしまい、チイルは酷く寂しくなった。


「ご、ごめんなさいっ……! 僕っ……! 外す気なんてなくて……」
「いいって。そんなの」


 デスフーイが言って、チイルの頭を撫でてくれる。


「もう、いらないだろ?」
「えっ……!? で、でもっ……!」


 すると、フィーレアまでもが、同じことを言いだす。


「……そうですね……もう…………あなたを脅かしていたものは、拘束されたことですし……」
「ま、待ってください!!」


 慌てて、チイルは叫んだ。


「ぼ、僕、首輪……なくなるの、嫌です……」
「は?」
「え?」


 フィーレアにも、デスフーイにも、驚かれてしまう。

 けれど、チイルは、真っ赤になりながら伝えた。


「これ……な、なくなるの、嫌です…………だ、だって……お二人がくれたんだし…………僕は、お二人の、従者だから……」


 すると、フィーレアはかぶりを振る。


「確かに、従者として、のようなことを言いましたが、それは、この魔法を使う者が、表向きの理由として使った言い方です。実際は、拷問し、従属させるための言い訳に過ぎません」
「でもっ……! ぼ、僕っ……! ず、ずっと二人といたいんです!! 僕、お二人になら、何をされてもいいっ……」



 チイルは泣きながら、さっき拾った札を、恐る恐るふたりに見せた。



「僕……ずっと……お二人の犬、です……」


 怯えながら出したそれを、二人はじっと見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 1000 Thank_You!!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました

すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。 第二話「兄と呼べない理由」 セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。 第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。 躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。 そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。 第四話「誘惑」 セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。 愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。 第五話「月夜の口づけ」 セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

処理中です...