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番外編9.旅行中(三人称です)
125.気配
しおりを挟むダンドは、熱々のコーヒーをいれたカップを、ソファの前のテーブルに置いて、ソファでぼーっとしながら横になっているセリューに声をかけた。
「セリュー、コーヒー、入れてきたよ」
けれど彼は生返事しかしない。振り向きはしたが、いつもと違い、緊張感のない顔をしていた。
セリューのこんな顔を見るのは初めてだ。いつも仕事一筋な彼がこうだと、心配になってくる。
向かい合うソファに腰掛けながら、ダンドは、さらに彼に声をかけた。
「どうしたの?」
すると今度は彼は何も答えずに、窓の外に視線を移してしまう。気が抜けているのだろうか。
数日前から、クラジュとオーフィザンが、二人で新婚旅行に出かけてしまい、普段、魔法の道具の整備で忙しい城も、今はほとんど何もすることがなく、長期休暇状態になっている。
この期間を利用して帰省したり旅行に行く者も多く、ダンドにとっては久しぶりに仕事を忘れられる期間になっていた。
誰もが喜ぶ休暇なのに、どうやらセリューにはそうではないらしい。
「あ、もしかして、クラジュがいなくて寂しい?」
冗談半分にダンドがたずねると、セリューはすぐに首を横に振って否定する。
「そんなはずがあるか。あれは出先で死んでくればいい」
「じゃあどうしたの?」
「オーフィザン様がいらっしゃらない……」
「だからいいんじゃん」
「何がいいんだ……」
「久しぶりにのんびりできるよ」
「……オーフィザン様に仕えることが、私の全てだ……」
「……セリューだって、普段仕事しかしてないんだから、のんびりしたらいいんだよ」
「……オーフィザン様……」
呟いて、彼は背中を曲げたままコーヒーに手を伸ばす。ひどく気落ちしているらしい。
「じゃあ、セリュー、この隙にいっぱい休もう!」
「だが……何をすればいいのか、分からん」
「うーん……じゃあ、まずこの部屋を片付けるのはどうかな?」
「片付け? 片付いてるぞ」
笑えない冗談のようにきこえたが、セリューはあくまで本気らしい。不思議そうに、部屋を見渡している。
あちこちに書類が山積みになった部屋は、ダンドからしたら乱雑としか形容できない。彼は整頓が苦手らしい。
「片付いてないよ。さ、俺も手伝うから!」
「ああ、そうだな……」
やっとセリューが腰をあげる。
しかし、せっかく彼が部屋を片付ける気になったのに、新たな来客がドアをノックする。
「セリュー様、ちょっといいですか?」
「シーニュ?」
シーニュは、オーフィザンとクラジュが旅行に出かけた日から、実家に帰っていたはずだ。
ダンドは少し驚いて、セリューの代わりにドアを開いた。
ドアを開けてくれたのが、部屋の主人でなかったことに、シーニュは少し驚いた様子だ。
「ダンド……なんでここにいるんだ?」
「俺のことはいいの。シーニュこそ、なんでここにいるの? 実家に帰ってたんじゃなかったの?」
「昨日帰ってきたんだ。あ、これ、土産」
彼は可愛らしい犬の絵が描かれた紙袋を渡してくれる。お饅頭らしい。
「ありがとう。セリューと二人で食べるよ。これを渡しにきてくれたの?」
「いや……なあ、ダンド、クラジュって、まだ帰ってないよな?」
「クラジュ? クラジュならまだオーフィザン様と旅行中だよ? 帰ってくるのは十日後のはず……そうだよね? セリュー」
ダンドがセリューに振り向くと、彼は先ほどまでとは打って変わって緊張した面持ちでダンドに近づいてくる。
「オーフィザン様がお帰りになるのは十日後で間違いありません。何かあったのですか?」
尋ねるセリューに、シーニュは持ってきたカゴの中身を見せてくる。カゴの中に入っていたのは、綺麗に二つに割れた花瓶と、それに生けてあったであろう花。
「ペロケがキレてて、絶対クラジュの仕業だって……」
「まさか。なんでもクラジュのせいにしちゃダメだよ」
ダンドは否定したが、セリューはじっとカゴの中のものを見つめている。彼もまたクラジュのドジの可能性を考えているようだ。
「ねえ、二人とも落ち着いて。いくらクラジュでも、離れたところから花瓶を割るなんてできないよ」
「探しに行きましょう」
ダンドの言葉を聞かずに、セリューはきっぱりと宣言する。
「セリュー……クラジュは」
「分かっている。しかし、相手はクラジュ。また何かをしでかしたのかもしれん」
「…………」
どうやら、彼の考えではクラジュの仕業で決まりらしい。こうなったら探しに行かなくてはおさまらないだろう。
ダンドは、ため息をついた。
「わかった。俺も行くよ」
すると、シーニュも安心したように微笑んだ。
「……助かるよ。俺も半信半疑なんだけど、クラジュだからさ……心配で……」
彼は本当にクラジュを心配しているらしい。その彼の後ろで、セリューは脱ぎ捨てていた上着を羽織っている。ダンドにはそれが戦闘態勢を整えているように見えたが、深くはきかないことにした。
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