なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
17 / 29
三章

17.今日、変です……

しおりを挟む

 屋敷の中を、クレッジは、しばらくイウリュースに手を引かれて走った。

 応接室であれだけの騒ぎが起こり、轟音が屋敷中に響いたはずなのに、誰も出てこない。

(くそっ……イウリュースさんに夢中で、屋敷への警戒ができていなかったっ……! パティシニルの様子がおかしかった時点で、気づくべきだったんだ……!)

 後悔しながら走り、イウリュースが屋敷の奥にあった部屋のドアを乱暴に開く。

(この部屋……)

 クレッジは、その部屋を知っていた。不気味なくらいに豪華な調度品と、大きなベッド。壁沿いに並ぶ本棚には、魔法に関する書物が並んでいる。机の上にも棚の中にも、魔法薬の瓶や魔法の植物の鉢植えが並んでいた。

 ヴィルイの部屋だ。

 しかし部屋だけで、部屋の主はいない。ベッドも整えられてからそのままなのだろう。真っ白なシーツにはシワひとつなかった。

(何で……ここに来たんだろう……)

 そう思って、イウリュースの背中を見上げる。

 彼は、部屋のドアを閉めて、魔法の鍵をかけていた。

「クレッジ、大丈夫? 怪我はない?」
「はい……すみません……ありがとうございました……」

 頭を下げた。

(こんな時に……何考えてんだ。俺はっ……! ここがヴィルイの部屋とか……そんなことどうでもいいことだ…………)

 少なくとも今は、優先すべきはイウリュースの安全。こんな余計な感情などではない。

 クレッジは、自分を叱咤して、イウリュースに向き直った。

「イウリュースさん……とりあえず、外に出ましょう……ここは危険です」

 壁に触れると、かすかに指が痛む。魔力を感じた。すでに屋敷には、結界が張られているようだ。中にいる者を逃さないようにするためのものだろう。どうやら、ずっとここで罠を張っていたらしい。パティシニルが、ここを縄張りだと言った意味が分かった。

 イウリュースも、すでに結界に気づいているらしい。
 彼はベッドに腰掛けた。

「あいつ、本気だな…………」
「……」
「クレッジ? そんなに深刻な顔をしなくても大丈夫だよ? 結界の維持には、魔力を使う。パティシニルも、すぐに魔力が持たなくなるはずだ。それを待てばいい」
「……でも、ヴィルイや屋敷の人は……」
「パティシニルだって、伯爵令息をいきなり手にかけたりはしないだろ。ヴィルイだって魔法使いだ。むざむざやられたりしない。さっきパティシニルが魔法使うところ見たけど、魔力も魔法も、ヴィルイの方が上だ。そんな顔して心配しなくても大丈夫」
「……はい」
「この部屋には魔法で鍵をかけたから安全だよ。結界が弱まったらヴィルイを探してくるから、クレッジはここにいて」
「危険です! それなら俺が行きます!」
「絶対にダメ。クレッジはここにいて」
「なぜですか!? 俺だって探します!!」
「……パティシニルは俺たちを恨んでいるんだ。あいつに会ったら危険だよ」
「そんなのっ……! 恨まれてるから危険だって言うなら、あなただって危険です!! むしろ、ヴィルイが選んだのはあなたです! あなたの方が危険です!」
「俺は大丈夫。俺の腕はクレッジだって知ってるだろ? ヴィルイを探してくるからここにいて」
「……」

 やはり、イウリュースはおかしい。こんな事態になっても、頑なにクレッジを置いて行こうとする。普段一緒に依頼をこなす時は、いつも協力していたし、そうしているのが、クレッジは好きだったのに。

「イウリュースさん……今日、変です……」
「え……?」
「なんで俺のこと、置いて行こうとするんですか……? 急に、ヴィルイの男娼なんて言い出すし、護衛だってっ……! なんで急にヴィルイの護衛になるなんて言うんですか? ……俺には……話せないんですか? 俺……イウリュースさんの力になりたいんですっ……だって俺っ……!」

 言いかけて、慌てて口を閉じた。

 あと少しで、伝えてしまうところだった。

(本当なら…………今日、イウリュースさんに伝えるつもりだったのに……好きだって、そういうつもりだったのに、何でこんなことになってるんだ……)

 つい、熱くなってしまった。今は、こんなことをしている場合ではないのに。

「……すみません…………変なこと言って」
「……変じゃないよ。俺のこと、心配してくれたんだろ?」

 顔を上げたら、イウリュースは微笑んでいる。その笑顔を見ると、ホッとするのに、胸がざわついて、落ち着かなくなる。

 すぐに顔を背けてしまう。そして後悔する。

(こんな態度をとるから……俺は誤解されるんだ……)

 二人でいると嬉しいのに、自己嫌悪が湧いてくる。本当は、何より大事なのに。

「あ、あの…………俺、イウリュースさんのこと、嫌ってなんかないです……今こんな話するべきじゃないのかもしれないけど……今日、それを伝えたくて……本当に……俺、イウリュースさんには感謝してるんです。尊敬だってしてるし……嫌うなんて、絶対に、そんなことあり得ないので……」
「うん。知ってる」
「え……?」

 顔を上げる。するとイウリュースは、どこか意地悪そうに笑っていた。

「ごめんね。否定するクレッジが可愛いから、つい、意地悪言ってた」
「は!!?」

 クレッジは、開いた口が塞がらなくなってしまった。

(なんだよ……それ……お、俺、そんなこと言われてすげー焦ってたのに……)

「……ひどいです……イウリュースさん…………俺、すげー焦って……恥ずかし……」

 さっき慌てふためいた自分を思い出して、ひどく恥ずかしい。照れ隠しに顔を隠して、本当にひどいと怒りを伝えながらも、イウリュースが笑うから、嬉しくなってしまう。

 ずるいと思った。そんな顔をされたら、怒るに怒れない。

 イウリュースに誤解されていたわけではなかった。それだけで、嬉しくなって顔が綻ぶ。

 これだけやきもきさせておきながら、イウリュースは、まるで鑑賞するようにクレッジのことを見つめていた。

 悔しいのに、クレッジにできるのは、せいぜいその視線から顔を背けては逃げることくらいだ。

「………………見ないでください……」
「なんで? 可愛いんだから、見せてよ」
「はっ……? 可愛いとか……意味わかんね……」

 赤くなった顔なんて見られたくないのに、イウリュースは、隠すクレッジの顔を覗き込んでくる。クレッジの腕を取って、体を近づけてくる。ふざけているつもりなのだろう。しかし、イウリュースには大して意味のないことであっても、クレッジには平静ではいられない状況だ。

(近いって……イウリュースさん……可愛いとか、これも……からかってるだけ……なんだろうな……嫌ってるって思われてなかったのはよかったけど……困る……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、 両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。 フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。 丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。 他サイトでも公開しております。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

黒豚神子の異世界溺愛ライフ

零壱
BL
───マンホールに落ちたら、黒豚になりました。 女神様のやらかしで黒豚神子として異世界に転移したリル(♂)は、平和な場所で美貌の婚約者(♂)にやたらめったら溺愛されつつ、異世界をのほほんと満喫中。 女神とか神子とか、色々考えるのめんどくさい。 ところでこの婚約者、豚が好きなの?どうかしてるね?という、せっかくの異世界転移を台無しにしたり、ちょっと我に返ってみたり。 主人公、基本ポジティブです。 黒豚が攻めです。 黒豚が、攻めです。 ラブコメ。ほのぼの。ちょびっとシリアス。 全三話予定。→全四話になりました。

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

息の合うゲーム友達とリア凸した結果プロポーズされました。

ふわりんしず。
BL
“じゃあ会ってみる?今度の日曜日” ゲーム内で1番気の合う相棒に突然誘われた。リアルで会ったことはなく、 ただゲーム中にボイスを付けて遊ぶ仲だった 一瞬の葛藤とほんの少しのワクワク。 結局俺が選んだのは、 “いいね!あそぼーよ”   もし人生の分岐点があるのなら、きっとこと時だったのかもしれないと 後から思うのだった。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。 とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて── 「運命だ。結婚しよう」 「……敵だよ?」 「ああ。障壁は付き物だな」 勇者×ゴブリン 超短編BLです。

処理中です...