誰より重くて愛がないと言われる僕の後ろには、いつも監禁趣味のあいつがいる

迷路を跳ぶ狐

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19.空虚な気持ち


 無理矢理フュイアルさんに連れてこられた僕は、嫌々自分のマンションに戻ってきた。

 部屋を片付けなきゃいけないから、いつか来なくちゃダメなんだけど、今は嫌だった。なんでこんなところに来なきゃいけないんだ。

 僕とあの男が出会ったばかりの頃に、ちょうど完成したこのマンションを、二人で決めて二人で生活を始めて、早二週間。まだ真新しいマンションの最上階には、巨大な穴が開いている。

 フュイアルさんは、マンションの入り口で待っていた大家としばらく話をして鍵を受け取り、僕を手招く。

 僕も大家に挨拶くらいしようかと思ったけど、大家には、いきなりこれ以上ないってくらいの嫌悪の目を向けられた。

「どうしてくれんだっ……!! あの穴っ!! 弁償してもらうからなっ!!!」
「弁償って……あれは……」
「うるさいっ!! 近寄るなっ!! 人族の魔法使いっ!!」

 唾でも吐きそうな勢いで言って、そいつは去っていった。修繕課を呼ぶんだろう。

 修繕課は、魔物に破壊されたものを元どおりにするため役所から派遣される魔法使いたちで、費用は無料、今から頼めば、明日の朝には何事もなかったかのように元に戻っているだろう。だから魔物に家を破壊されても気にしないっていう人はあまりいないけど、ああいう言い方をされると、多少は傷つく。魔物やそれに関わる奴らに恨まれることは、僕自身の力でなんとかなることじゃないんだけどな……あの人にしてみれば、全部僕のせいってことなんだろう。

 しばらくは悪評が広がるから、当分部屋を借りることもできなくなりそうだ。

 言い返したいけど、こういう時に反論しても無駄なことはよく知っている。諦めるしかないんだ。

 先にマンションに入って行ったフュイアルさんを追うと、フュイアルさんは、エレベーターの扉の前で、僕を待っていた。

「いい子。キレなかったね」
「……うるさい……早くいきましょう。さっさと終わらせて帰りたいんです」
「はいはい」

 宥めるように返事をして、フュイアルさんは上の階へ向かうボタンを押した。







 僕の部屋は、見る影もなくボロボロだった。ドアや廊下は焦げて、そこにあったはずの家具も破壊されている。

 僕らが部屋を出た時は、ここまでひどい状態じゃなかったはずだ。あの魔物がやったんじゃない。誰かが証拠の隠滅を図ったんだ。おそらく、部屋に飛び込んできて逃げて行った、あの黒い服の魔族だろう。

 ここまで酷い状態だと、僕を責めたくもなるか……

 崩れかけたドアの前で、フュイアルさんは僕に振り返って、大きな杖を渡してきた。

「トラシュは、部屋の中をお願い」
「フュイアルさんはどうするんですか?」
「俺は外の方を見てくる」

 そう言って、フュイアルさんは背中から悪魔のような羽を広げ、割れた窓から外に飛び出していく。あの魔物が入ってきた経路を探し出すためだろう。

 フュイアルさんはいつも、僕に部屋の中の検証を任せ、自分は外壁の作業に回る。しょっちゅう汚染された砂嵐が起こるこの町で、人族の僕が外の作業をするのは危険だと思われているらしい。

 フュイアルさんに気を使われたくなんかないのに。

 僕は別に、砂嵐さえ起こらなければ、外でも平気だ。毎回渡されるこの検証用の杖も、僕にだって作ることができるのに。

 こういう気の使い方はやめてほしい。何度かフュイアルさんにもそう言ったけど「いいから俺に任せておきなさい」以外の返事を聞いたことがない。

 心底ムカつく人だ……何で僕に構うんだ。
 初めて会った時から、あの人はああなんだ。

 だけど今は、怒る気力もない。フュイアルさんと別に作業できるのはありがたいし、もういいや。

 鞄の中から出した小さな箱を開き、杖を振ると、魔物が散らかしていったものが氷のように溶けて、全部箱の中に入ってくる。

 作業はすぐに終わり、部屋にあるのは、壊れた家具だけになった。後は、ここから魔物の匂いと染み付いた血を完全に打ち消すだけ。

 手のひらに、真っ白い魔法の炎を灯す。それは一気に膨らんで部屋を包み、そこにあったものは燃えることすらなく水のように蒸発して消えていく。呆気ないと感じる時間すらなく、割れたままの窓以外は、全部消えた。

 僕とあの元恋人が、二人で引っ越して来たときと全く同じ状態だ。

 これで元通りだ。

 家具も全部さっきの炎で消したから、本当に今は何もない。

 がらんとした部屋で、ガラスが割れた窓から、外を仰ぐ。

 誰かと別れて、こうして部屋を元に戻す時は、今のこの部屋みたいな気持ちになる。

 何にもない。

 もう、あの男に対する感情はない。最初はそれでも、寂しいって感じてるんだって思っていたけど、違うようだ。

 ついさっきまで、体を埋めていたものが全部消えて、まるで干上がった水槽の中に立っているみたいな気分だ。

 別にそれでもいいんだ。

 空になったら、また、水を入れればいいだけだ。

 部屋だって、また新しい家具を入れればいい。

 心も同じなんだから、きっとまたすぐに埋まってくれるはずだ。

 ボーッと夜空を見上げていたら、割れた窓から、羽を広げたフュイアルさんが入ってきた。

「トラシュー、終わったー?」
「終わりました」
「ふーん。どれどれ」

 そいつは偉そうに周りの様子を確認してから、笑顔で僕に振り返る。

「よくできました。じゃあ、トラシュの荷物を……一つもないけど、もしかして、また全部消した?」
「はい。いらないから」

 あんな男はもうどうでもいいし、荷物もいらない。全部本心なんだけど、急に何にもなくなって、身軽なのに軽すぎて、空虚な気持ち。

 僕は今、何にも持っていない。心の中が、星ひとつない真っ暗な今の夜空になったみたいだ。

「トーラシュ。これだけは持っていきなさい」

 フュイアルさんが渡してきたのは、昔、僕が就職したばかりの頃、上司になったフュイアルさんが僕にくれた小さな杖。魔力を固めたものでできていて、魔族が使うものらしい。

 初めて会った時にこれを渡されて、びっくりしていたら、ずっと持っていなさいなんて、気持ち悪すぎることを言われて、箱に入れて部屋の奥にしまいっぱなしだったんだ。

 部屋の中のものは全部僕の魔力で消したはずなのに、この小さな杖がまだ残っているのは、僕とフュイアルさんの魔力の差のせいなんだろう。

 くそ……ムカつく。

 まるで実力の差を見せつけられたみたい。その杖だって、フュイアルさんに、変に気を使われているようで嫌なのに。

「いりません。フュイアルさんに返します」
「だめ。持っていなさい。なくしたらクビ」
「なんですかそれ!!」
「トラシュは自分をちゃんと守ってくれるものを身につけてなきゃだめ。はい」
「ちょっ……」

 急に体が動かなくなる。フュイアルさんの魔法だ。

 動けない間に、フュイアルさんは杖を小さな髪飾りに変えて、僕の頭につけてしまう。

 こんなのつけてたらキモ過ぎで死ぬ!!

「フュイアルさん!! 外してください!! 聞いていますか?!」
「聞いてるよ。返事は絶対に外さない。そろそろ戻ろうか」
「一人で戻れよ!! 僕は歩いて帰る!!」
「ご褒美に美味しいもの、食べさせてあげるから」
「いらない!! さっきの焼きそばでお腹いっぱい!! 何も食べない!! 死ね!」
「いいからいい子でついてきなさい」
「嫌です!! 一人で帰る!!」
「でも外、砂嵐だよ」
「は!?」

 驚いて振り返る。窓ガラスはフュイアルさんの魔法ですっかり元に戻っていて、その外では、酷い砂嵐が起こっていた。さっきまで、風なんて全くなくて、もちろん砂も一粒も降ってなかったのに。

 外がこの様子じゃ、簡単には帰れない。車がないから、魔法の傘をさして帰るしかない。だけど、歩くとなると、かなり時間がかかりそう。魔力も使う。さっき魔物を吹き飛ばして部屋を片付けたばかりの僕には、かなりきつい。

「なんで急に……フュイアルさん!! 何したんですか!!」
「俺は何もしてない」
「嘘つかないでください!! 窓直すのと同時になんかしたな!! フュイアルさんなら、砂嵐くらい起こせるはずだ!!」
「鋭い推理だけど、全部外れだよ。俺がそんなことするはずないだろ?」
「とぼけないでください!! このクソ上司……もういい!! 一人で帰る!!」
「おーい、トラシュー。無茶はやめなー」

 フュイアルさんは、僕の腕をぐっと掴んで連れて行こうとする。
 こんな奴の言うことなんて聞けるもんか。微かに残っていた魔力を弾けさせて、右手に集中。燃え上がった炎がそいつの手を焼いて、握る力が緩む。その隙に、僕はその手を振り払った。

「あっつ……! おいっ!! トラシュ!!」

 フュイアルさんがこっちに向かって手を伸ばすけど、その時には、僕は直ったばかりの窓を突き破り、外に飛び出していた。

 十階から飛んだ僕に砂嵐が迫ってくる。それを魔法の傘で防いで空を飛ぶ。このまま逃げればいいんだ!

 あんな奴に気を遣われるより、砂嵐の中を進む方がマシだ。

 夜の街を包む砂嵐が勢いを増す。窓のあたりで叫んでいるフュイアルさんの様子を見ると、フュイアルさんの魔法で作られた嵐ではなかったようだ。

 どっちでもいいけど。さっさと逃げよう。

「うわっ!!」

 いきなり、傘が吹き飛ばされそうになる。

 急に風、強くなった?

 これもこの町ではよくあることだ。何度も経験している。魔力を使って自分を守ればいい。

 だけどいくら引き出そうとしても、体に力が入らない。

 多分、さっきフュイアルさんを振り払うために魔力を使いすぎたんだ……

 さすがにこれはまずい……

 なんとか魔法を使おうとするけど、体からは力が抜けていく。傘を握っていることもできなくなって、それは吹き飛んでしまう。

 砂の嵐が襲って来て、まるで体が締め付けられるみたいだ。何かに刺されるみたいに目が痛んで、何も見えなくなる。口の中に風が入って来て逃げられない。砂の中で気が遠くなってきた。

 本当に今日、ろくなことがない……

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