誰より重くて愛がないと言われる僕の後ろには、いつも監禁趣味のあいつがいる

迷路を跳ぶ狐

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60.どっち?


 調子に乗ったのか、フュイアルさんは、僕の体のあちこちをいやらしく撫で回してくる。尻や内股にまで手が回って、中心まで反応してしまいそう。
 微かな快感に背中が震えて、僕はフュイアルさんの体を押し返そうとした。

「離せよっ……! さっさと弱点教えろ!」
「いいよ」

 フュイアルさんが微笑んで、口を開こうとする。僕は慌てて、そいつの襟元を掴んだ。

 フュイアルさん、この部屋に警戒の魔法をかけていないみたいだし、さっきここへ来たエイリョーゾが、魔法を使ってどこかで聞いているかもしれない。

「ま、待って……ください…………」
「なに?」
「…………耳元で言ってください」
「……もう一回、耳くすぐってほしいの?」
「そんなわけないだろ死ね!! だ、誰かに聞かれたら困るからっ……僕だけが知りたいんだ!!」
「誰かって……誰?」
「え……」

 微笑んで聞かれて、僕はギクッとした。

 フュイアルさんは、いつもと同じ様子で、僕の顔を覗き込んでくるけど、僕はその目を見ることができない。エイリョーゾが聞いているかも、なんて、言えるわけないんだ。

「…………べ、別に……誰かって言ったら、誰かです……と、盗賊、とか……」

 慌てて言い繕うと、フュイアルさんは、僕を見下ろして、微笑んだ。

「……じゃあ、耳元で囁いてあげる」
「囁いてほしいなんて言ってません。死んでください」

 怒りを込めて冷たく言ったのに、フュイアルさんは、僕の耳元に唇を近づけてくる。吐息が耳元に微かに触れて、背筋までくすぐられているみたい。わざとやってるんじゃないだろうな……

 腹に力を入れ、何も感じないように耐えていたら、フュイアルさんは、小さな声で言った。

「好きな子に嫌われたら、悲しくて死ぬかも」

 それだけ言って、フュイアルさんは僕から離れる。

 え……これで終わり? 弱点は??

 見上げても、フュイアルさんはニコニコして、僕を見下ろしている。

「あの……フュイアルさん? 弱点は?」
「だから、話しただろ? 好きな子に振られたら、悲しくて死ぬかも」
「…………真面目に答えてください」
「真面目だよ。大好きなトラシュに振られたら、きっとショックで生きていられないと思う」
「それが弱点ですか?」
「うん」

 ……そういえば、前にもこんなことを聞いた。

 騙された。

 そんなの、弱点なもんか。

 一気に頭に血が昇る。あんな恥ずかしい選択までさせて、こんなのひどい。

 せめて一縷の望みにかけて、僕はフュイアルさんに向き直った。

「フュイアルさん」
「なに?」
「嫌いです」
「うん」
「大嫌いです。付き合うなんて、あり得ません。死ね」
「うん。ご飯にしようか」
「………………全く効いてないじゃないかっっ!!」
「だって、トラシュ、俺のこと好きだろ?」
「……何言ってるんですか? 僕、今、嫌いって言いましたよね? もう怖いんですけど………………死んでくれませんか?」
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ?」
「……」

 全く僕の言葉を聞いていない……会話が成り立っていると思えない……
 嫌いって言っても全く効かない。もう、どうしたらいいんだ。

 僕はもう諦めて、ダイニングテーブルについた。
 すると、フュイアルさんは「少し待っててね」って言って、コーヒーを淹れ始める。

 そもそも、この男本人に弱点を聞いて殺そうとした僕が馬鹿だったんだ。別の作戦を立てよう。

 エイリョーゾのこと、フュイアルさんは今のところ気づいていないみたいだし、あいつと組んでもいいんだけど……なぜか、あの時、あいつの手を取れなかった。今度会ったら、あの手を取れるのか?

 顔を上げて、フュイアルさんの後ろ姿を睨み付ける。

 すると、フュイアルさんは急に、僕に振り向いた。

「どうしたの? トラシュ……」
「別に……フュイアルさんって、意外に警戒心ないんだなって思ったくらいです」

 自分に殺意を持っている奴の侵入を許すなんて。僕も殺したいと思ってるから、僕をこうして部屋に入れている時点で、この人はダメなのかもしれない。

 けれど、フュイアルさんは、僕に向かって微笑んだ。

「トラシュを警戒する必要なんて、ないだろ?」
「……そんな余裕でいられるのも、今のうちです」

 僕は一体、こんな男に、何を期待していたんだ。馬鹿らしい……

 肩を落としてしまう僕に、フュイアルさんは、コーヒーを持ってくる。僕、飲むなんて言ってないのに、どういうつもりだ。

「いりません」
「トラシュ」
「なんですか?」
「好きだよ」
「……は?」

 なに言ってるんだ、この人。なんでいきなり、そんな話になるんだ。

 訳がわからなかったけど、好きだよと言ったフュイアルさんの姿に、さっき去り際に僕に好きだと言った、エイリョーゾの姿が重なる。

 ……なんで、今、同じことを言うんだ?

 フュイアルさんには、好きだとは言われているけど、この人は僕を嬲りたいだけ。
 それなのに、これまで、こんなに優しく好きだ、なんて言ってたか? いや、そんなこと、絶対になかった。
 いつも僕を縛り上げて好き放題するフュイアルさんなのに、僕が回復していないくらいで何もしないっていうのも、おかしいんじゃないか?
 それに、この人が何度も部屋への侵入を許しているのも、やっぱり怪しく思えてきた。

 ただの疑心暗鬼?

 それとも……

 まさか、フュイアルさん……気づいてる?

 全部気づいてて、やっているのか? 全部わかってて、黙っているのか?

 顔を上げる。
 フュイアルさんと目があった。

 その目はいつもと同じはずなのに、今は違うような気がする。

 バレている……一度そう思うと、そんな気がしてならない。
 フュイアルさんには、バレている。僕の全部が。
 心臓に、その男の手が迫っているような気する。

 でも、バレてるなら、なんで何も言わないんだ? もしかしたら、今は自由にさせて、後で吊るして延々拷問する気なのかもしれない。

 もう一度見上げても、フュイアルさんは、いつもと変わらないようにしか見えない。いつも、僕の前で軽口ばかり叩く、ムカつく男のままだ。

 それなのに、ひどく、恐ろしく思えてきた。

 いつの間にか僕は、開いた口を閉じることすら忘れていた。
 喉が渇いていく気がした。
 目の前の男の目が恐ろしい。目をあわせているだけで、腹の中まで覗かれているようで。

 なにを怯えているんだ、僕は。こんな奴の前で怯えるなんて、どうかしている。バレてたらなんだって言うんだ。こんな男、返り討ちにしてやればいい。

 だけど……僕にそれができるのか?

 カラカラになった喉を空気が通るだけで痛くて、息をすることが苦しくなりそうな中、なんとか口を動かす。

「あ……あの…………フュイアルさん…………」
「どうしたの? 顔色が悪いよ?」
「……っ!」

 大きな、頭全体に響くような、インターホンの音がした。

 何度もドアを叩く音がして、大声で、僕とフュイアルさんを呼ぶ声がする。

 この声、オーイレール?

 そうだ。オーイレールとヴァルアテアが後で来るって、フュイアルさんが言ってたんだ。

 フュイアルさんは、僕に微笑んだ。

「あいつら、来ちゃったね」
「……うん…………あ、迎えに行ってきます……」

 僕は、自分から、フュイアルさんに背を向けた。
 それ以上、フュイアルさんと目を合わせていることができなくなっていたんだ。

 相手が何を考えているのか分からない。一体、どっちなんだ。

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