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69.騒がしく落ち着かない記憶
全く、騒がしい奴ら……
でも、そんな奴らがいなくなったら、部屋はめちゃくちゃ静か。
ケーキを冷蔵庫にいれようとしたけど、箱を入れるスペースがない。しかたなく、冷蔵庫の整理を始める。
一体、僕は何をしているんだ……
誕生日なんて、彼氏ができるたびに適当に伝えてた。最初の彼氏は飴をくれて、二人目の彼氏は帰ってこなかった。あとは覚えてない。そんな、小さなイベントのうちの一つだ。
売られた話なんか、これまでしたことなかったのに、何で話しちゃったんだろう。
気分が悪くなってきて、ダイニングテーブルの椅子にもたれかかる。吐きそう。
売られた先では、僕は奴隷として扱われた。魔法が使えたから、そこで暴れる魔物たちを処分する仕事をしていた。
稼いだ金は全部家に送った。魔物の処分は危険でも、家族は喜んでいると思ったし、そのために働いてるんだと思ったら頑張れた。そのうち、そこで働く奴らの慰み者にされることも増えていったけど、それでもよかった。本当に抱かれることはなくて、口や手でイカせれば、それで金をもらえていたから。
だけどある日、怪我をした僕は、魔法がうまく使えなくなった。もう無理だって言ったけど、奴隷の僕が休ませてもらえるはずもなくて、僕は逃げ出した。
怖かったんだ。魔法も使えずに、魔物と戦うのが。
すぐに追われて、豪雨の中めちゃくちゃに逃げて、気づいたら、歓楽街からは離れた高級住宅地にいた。僕は、家族に会いたかった。彼らなら傷ついた僕を受け入れてくれると思った。だってこの時の僕は、まだ自分が愛されていると勘違いしていたから。
路地から飛び出したら、高級車に乗ろうとしていた、身なりの良い人たちにぶつかった。僕を売った家族だった。彼らは、ずぶ濡れで破られてボロボロの服を着て、泥だらけの足をした僕に、ゴミを見るような目を向けて、車に乗って去って行った。なんてことない。彼らはみんな、僕の顔を覚えていなかっただけ。
全部嫌になった僕は、捕まってひどい折檻を受けた。拷問の末に、繰り返しレイプされて、その日から、僕は檻の中に暴れる魔物と一緒に入れられて、束の間そいつらの気を引くためだけに使われた。
それから何度か、今度は自由になりたくて逃げたけど、それもやっぱり捕まって、その度に数日間痛めつけられた。
それを繰り返して、もう死のうと思って逃げた時、その時だけうまく、首都まで逃げられた。だけど、逃げ出した奴隷の僕が、そんなところで生きていけるはずもなくて、昔、男たちの慰み者として使われていた時に聞いた、砂の中の街を目指して旅に出た。そこくらいでしか、生きていられないと思ったから。
魔物が溢れた砂漠を人族が歩くのはかなり難しいのは分かっていたけど、そのままあの街で死ぬよりいいと思った。
砂漠を越えている途中、気を失って、気づいたら、僕はこの街の魔物対策所に保護されていた。行き倒れた僕を咥えて街を歩いている魔物を見つけたらしい。その時に会ったのが、フュイアルさんだ。
あの時、フュイアルさんに会わなければ、こんなことにはならなかったのに。
頭を抱える。ひどい吐き気がする。焼け付くような頭痛がして、シンクで吐いた。
口元から吐瀉物の匂いがする。気分が悪くて、視界が回って歪んでいく。めまいだ。
そのまま、僕は床に倒れて、そこを何度も殴りつけた。
振りかぶる拳から嫌な音がする。折れたかもしれない。それでもいい。痛みで今を忘れられるなら。
この忌まわしい現実を忘れさせてくれる快楽が欲しい。今を全部、頭から消すほどの焼け付くような快感が欲しい。
僕にはそれが恋愛だった。誰かに溺れていれば、その間この辛い現実を忘れていられる。そのために愛する人が欲しい。僕が必要だと言う人なら誰でもいい。その人がいれば、僕は恋愛の高揚の中にいられる。
それなのに、あの人はだめだ。フュイアルさんは。
僕を初めて見つけたあの人は、ずっと僕のそばにいる。あいつにいらない世話を焼かれるたび、僕には嫌な余裕ができる。そして余裕ができるたび、気色悪い現実の記憶が蘇ってくる。忘れていたいのに。
あいつが余計な世話を焼くから。
ふらふらと立ち上がり、僕は、テーブルのケーキを床に叩きつけた。
そんなもので、この焼け付く感情からは逃れられない。
もうできることがなくなった僕は、ぐちゃぐちゃになったケーキの横で、顔を伏して泣いた。涙でも声でもこの際痛みでもいい。何か僕を、この醜い記憶から逃して欲しい。
雨の音がした。僕が逃げた時と同じだと思った。
ずっと泣いて、僕の心は、微かに落ち着いた。
ふらふら起き上がり、手だけ洗った。石鹸の匂いことだけ考えて、丁寧に洗った。洗うことが終わって、手を拭くときは、タオルで水分を除くことだけ考えた。それも終わって、僕は、ぐちゃぐちゃのケーキの箱を鷲掴みにして、そのまま部屋を出た。
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