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10.すでにそんなものは存在しない
しおりを挟むイールヴィルイ様とデシリー様だったら、本当はどちらかと言うと、得体の知れないイールヴィルイ様の方が恐ろしいのですが……
けれど、ここで逃げるわけには参りません!
「では閣下。デシリー様のおっしゃる通り、私は塔に戻ることにしますわ」
「塔?」
「私のお家です。特別に素敵な場所を与えていただいて、私、快適に暮らしていますのよ」
「……」
「伯爵家が私を放逐するとおっしゃれば、私はもう令嬢ではなくなります。その後は、お好きに扱ってくださって構いません。奴隷でも、慰み者でも……代わりに……私との約束、守っていただけますわよね…………きゃっ!!」
激しい痛みと共に、私は腕を押さえた。そこからは血が流れている。どうやら、私を取り囲んだ杭が伸びて、私の腕を切ってしまったようだ。
おかげで服まで破れてしまった。この前魔物と戦って破られたところを直したばかりなのに!
破られたところを押さえて座り込む私を見て、フィレスレア様が歓声と間違えてしまいそうなほど嬉しそうな悲鳴をあげる。
「ああ!! ああっ!! なんておかわいそう! どうかおやめくださいっ……! リリヴァリルフィラン様だって、伯爵家の御令嬢……衆目に晒された場で裸同然の姿にされるなんて……そのような辱めを受けるなど、あまりにもお可哀想ですわ!!」
叫ぶ彼女を、デシリー様は鬱陶しそうに睨み付ける。
「あなたは下がっていなさい。リリヴァリルフィランの同類だと思われますよ」
「いいえ! リリヴァリルフィラン様が大きな罪を犯したとはいえ、このような場で見せ物のように醜い姿を晒すなんて、残酷すぎます!! 私はリリヴァリルフィラン様がいかに愚かな犯罪者であったとしても、そのようなお可哀想な目に遭われるなど……あまりにもお可哀想で耐えられません! どうか哀れんでいただけませんか? イールヴィルイ様!」
フィレスレア様は、涙を浮かべて閣下に訴えるけれど、閣下は彼女に振り向きもしない。
少し、ホッとした。だって使者たちが彼女の話を真に受けてしまったらおしまいです!
そんな彼を鼻で笑い、デシリー様が私に近づいてくる。
「……リリヴァリルフィラン…………悪女が閣下のそばに侍ろうなど、図々しいにも程があります」
「あら。私が何を言おうと、私の勝手です。あなたが私をどのように痛めつけようとも、私は自分の目的を捨てる気はございません。やりたければ、お好きなだけどうぞ」
「……っ!!」
デシリー様の杭が、鋭さを増して私に迫ってきた。
先ほど伯爵家から預かった……とかなんとか言ってませんでしたか?
きっと本当は、伯爵様からはすでに好きに扱っていいと言われているはず。デシリー様はラペンジ伯爵様と昔から懇意にしていたのだから。
伯爵様も、幼い頃から私を家畜より役に立たないと罵っては虐げてきた。
お二人にとって私は、利用するだけのもの。そんなものが生意気な口を聞いて、さぞ腹が立ったのでしょう。
いい気味!! 少しでも言い返せたのだから、私はそれで満足です!
覚悟を決める。
けれど、杭は突然、ガラスが割れるような音を立てて粉々に砕けて床に落ちていく。
まさか……デシリー様の牢獄の魔法を打ち破った!!??
驚いた私は、声もでなかった。
こんなことが可能だなんて。デシリー様の魔法に敵う人はこの城にいないし、国中探したって、こんなことができる人はほとんどいないはずなのにっ……!
そして、砕けた杭を踏みつけたイールヴィルイ様が、私に近づいてくる。
怯えた私は、慌てて立ち上がり、後ずさった。
「か、閣下! お待ちください!! 牢獄の魔法がっ……!! いやっ……! こっ……来ないでください!!」
「すでにそんなものは存在しない」
彼は、強引に私の手を取った。手の枷も、先ほどの閣下の魔法で壊れている。
強く手を握られているはずなのに、痛くはない。ただじっと私を見下ろすその方と目があって、しばらく視線をそらすことができなかった。
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