【完結】極悪と罵られた令嬢は、今日も気高く嫌われ続けることに決めました。憎まれるのは歓迎しますが、溺愛されても気づけません

迷路を跳ぶ狐

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41.何も知るな

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 残されたのは、小さな竜とイールヴィルイ様と私。

 竜は、キョトンとして首を傾げている。

「なにー? 今の。怖い……」
「黙れ。お前は俺と一緒に来てもらう」

 閣下に言われて、竜はまた私の後ろに隠れてしまった。

「お前は乱暴だから嫌。僕はリリヴァリルフィランと一緒にいる」
「なに……?」

 驚いた様子の閣下ですが、私も驚いた。

「わ、私と?」
「だって、僕を回復させてくれるって言ってただろ?」
「ええ……申し上げましたが……私に回復の魔法は使えないのです……」
「回復の魔法なんて必要ない。だけど心細いからそばにいてよ」
「……それは……もちろん構いませんが……本当に、私でよろしいのですか?」
「もちろん。よろしくね! リリヴァリルフィラン!!」

 竜は楽しそうに言いますが、閣下は竜を抱き上げてしまう。

「貴様は俺といろ。リリヴァリルフィランには近づくな」
「……は? なんで?? 僕はリリヴァリルフィランと一緒がいいのに」
「貴様は何をするかわからない。俺が陛下の城に連れて行く」
「陛下って……あいつかよ……会いたくないなーー」

 ぶつぶつ言いながら、竜はため息をついている。

 ちょうどその時、背後から怒鳴り声がした。ずっと閣下の使い魔の背の上で気絶していたダイティーイ様が、目を覚ましてしまったようだ。

「こ、ここはっ……!? ここはどこだ!? ……リリヴァリルフィラン!! これはどういうことだ!!!」

 喚くダイティーイ様は、すぐに閣下の姿を見つけ、顔色を変える。そして、あたりを見渡し、自分が置かれた状況に気付いたようだ。

「な、なぜ私はこんなところに!?? か、閣下!!! これはどういう事ですか!? 私は、その女に襲われたのです!! 先に私に手をあげたのは、そこにいる悪女ですっっ!! その女は、たまたま塔を訪れた私に魔法をかけ、暴力を振るったのです!!」
「貴様が、アクルーニズ家から、封印の魔法の杖の対価に、いくつかの魔法の道具を受け取ったことは、調べがついている」
「はっ…………!!?? な、な、なんのことでしょう……」
「それ以外にも、随分とあの家とは懇意にしているようではないか……あの家と組んで、何を企んでいる?」
「し、知りませんっ……わ、わ、私はっ……! 何もっ……な、なぜそんなことをっ……そ、その悪女に何か吹き込まれたのですか!? 出鱈目ですっ……その女は、人を欺き利用する極悪人ですよ!」

 喚くその声を聞いて、ゾッとする。

 初めてこの部屋に来て懲罰を受けた時も、そんな理由だった。
 私は、私が歓迎されていないことは知っていたし、城を守る魔法使いたちを束ねるダイティーイ様には蔑まれていることにも気づいていた。
 だから、小さく隠れて関わらないようにしていたのに、ある日、ダイティーイ様が小さな魔獣を追い回しているのを見てしまい、つい、口を出してしまった。その時はトレイトライル様の婚約者だったし、襲われることはなかったけれど、暗い地下に監禁され、長く罰を受けた。

 その時のことを思い出してしまい、怯える私を隠すように、イールヴィルイ様が前に出る。

「閣下…………?」

 呼びかけると、閣下は私に振り向いて、いつものように優しく微笑んでいた。

 その笑顔に、確かに安らぎを覚えるのに、不安が湧き上がる。ダイティーイ様に対してではない。目の前の、イールヴィルイ様に対してだ。

 閣下は、ここに来てから、ずっと私に優しくしてくださった。いつも私を気遣って、それでもどこか不器用で。

 そんな方だった。

「…………リリヴァリルフィラン……先にトルティールスと共に、竜を連れて行ってくれるか?」
「お待ちください! 閣下は……ここに残られるのですか?」
「……すぐに行く。だから、上で待っていて欲しい。俺には、しなくてはならないことがある」
「そ、それは、ここでなければならないのですか? お一人では……危険では?」
「すぐに戻る」

 閣下はそう強く言うけれど、ここは暗い地下。ダイティーイ様と閣下を二人だけで残して行くのは不安だ。

 けれど、トルティールス様の使い魔が私の前に飛んできて言った。

「リリヴァリルフィラン。イールヴィルイの言うとおりです……僕たちは先に上がりましょう」
「え? で、でもっ……」

 ダイティーイ様はひどく追い詰められている。彼は強力な魔法使いだし、一人では思わぬ反撃を受けるかもしれない。

 それに、私の前でイールヴィルイ閣下の使い魔がダイティーイ様を弾き飛ばしたことを思い出してしまう。
 あの時、彼の体は激突した壁すら破壊するほどの力で弾き飛ばされていた。閣下ほどの魔力があって、力加減を間違えた、なんてことはないはず。

 あの時の閣下は、使い魔として私の前にいた。
 だから、その時の閣下が、どんな表情をしていたのか、私は知らない。

 今の閣下は、私には笑ってくださるのに、私にはそうは見えない。

 閣下とダイティーイ様をここに置いて行きたくない。私にできることがないことは知っているけれど……

 頷けず、悩んでいる私に、そっと閣下が声をかける。

「…………リリヴァリルフィラン……」
「か、閣下…………どうしても、ダメでしょうか?」
「頼む。リリヴァリルフィラン」

 私を見下ろす閣下の目が変わる。これから、ダイティーイ様を尋問すると言うのに、場違いなくらいに優しい。照れながら赤い顔をして、すまなかったと言ってくれた閣下とは、まるで違う人のよう。

 私は、この顔を知っている。私と同じ、腹の底の感情を隠すためのものだ。

 閣下はその顔のまま私に近づいてくる。美しく整った表情で。私の前で、そんなことはないと真っ赤な顔で言ってくれた閣下じゃない。

 その顔はいつもと同じように優しいのに、ひどく不安になる。

 閣下の目に映った自分が歪むのが見えた。相手の顔が、そこまで近づいていたからだ。

 その長いまつ毛が、私の額に触れそう。甘い吐息を感じる間もなく、その方の唇は、私に触れる直前で止まった。

「リリヴァリルフィラン……」
「…………っ!!」

 微かな吐息だけで、崩れ落ちてしまいそうだった。恐怖で体がすくむのに、倒れることもできない。

「……上で待っていてくれ……頼む…………」
「…………」

 答えない私から、閣下は微笑んで離れていく。もう何も知るなと、拒絶された気がした。

 慌てて私は彼に手を伸ばそうとしたはずなのに、私の手は動かなかった。

 トルティールス様の使い魔が、私に言う。

「行きましょう。リリヴァリルフィラン」
「……で」

 でも、と言う間もなく、トルティールス様の使い魔は私の背中を押していく。

 振り向くと、イールヴィルイ様はさっきと同じ顔で私に微笑んでいた。

「かっ……閣下っ……!! 私っ……やはりっ…………っっ!!」

 今、何を考えているのですか?

 背筋が冷たくなるようだった。体が震えているのが分かる。

 イールヴィルイ様の足元から、黒い煙のようなものが噴き出してくる。魔力だ。

 声をかけようとした直前で、扉は閉まってしまった。トルティールス様の魔法だろう。
 しまった扉の向こうは当然見えなくて、中で何が起こっているのかも分からない。

「行きますよ。リリヴァリルフィラン」
「あ、あのっ……トルティールス様っ……!! ほ、本当にっ……! 本当に大丈夫なのでしょうか……閣下はっ……!」
「ダイティーイは、封印の魔法の杖を作った張本人です。あれは、誰にでも作れるものではない。彼が魔法の杖に関わったことはすでに明らかで、しかも、アクルーニズ家から、他にも魔法の道具を受け取っていることは、調べがついています。主に魔力を奪うものです。何があったのか聞き出さなくては、危険が迫るのは陛下ですよ?」
「ぞ、存じ上げております……」
「封印の魔法の杖が使われた時、国王陛下をお守りしたのはイールヴィルイでした。封印の魔法の杖の前に立って、陛下の魔力が奪われるのを防いだのです。国王の盾となり、国王陛下をお守りする……それはイールヴィルイの役目です。行きましょう。リリヴァリルフィラン。イールヴィルイのことなら、どうかご心配なく。必ず、ダイティーイから必要なことを聞き出してきてくれます」
「……はい……」

 しばらく階段を上がると、扉が見えてきた。城の一階の廊下に通じる扉だ。その向こうからは、光が溢れていた。

 トルティールス様の使い魔が、魔法で扉を開ける。
 彼がそうして扉に気を取られているうちに、私は使い魔を鷲掴みにして、扉の外の廊下に放り出した。

「申し訳ございません! トルティールス様!!」

 叫んで、扉を閉める。

 トルティールス様が、扉の向こうで叫ぶ声が聞こえる。

 申し訳ございませんと、もう一度腹の中で謝ってから、私は扉に背を向けて、地下に向かって階段を駆け降りた。
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