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54.必要がありますか?
しおりを挟むフィレスレア様は、大階段を見上げて私を見つけると、トレイトライル様から離れて、私を睨みつけた。
「リリヴァリルフィラン様……そんなところで……何をしていらっしゃるのかしら?」
「フィレスレア様……その短剣は、封印の魔法の杖と同じものでしょう? どうか、私にお渡しください。使者の方々が、それを探していらっしゃいますわ」
「嫌です。これは、いざという時のための、私の切り札ですもの。なぜあなたにお渡ししなくてはならないのかしら?」
やはり……簡単に渡してなどくださらないか。
そんなことは、分かっていた。手に入れた手段や経緯はまだ分からないけれど、彼女にしてみれば、本当に切り札のようなものでしょう。それがあれば、デシリー様の魔力を封じることもできるかもしれないのだから。
けれど、そんなものをフィレスレア様が持っているかと思うと、ゾッとする! それに、そんな方法をとらなくても、デシリー様には勝てますわ!
「……フィレスレア様。そんなものがなくても、デシリー様はじきにこの城から出て行かれますわ。アクルーニズ家が、あの封印の魔法の杖に関わったことは、すでに明白になりました」
「……どうせ、ろくな証拠もないのでしょう?」
「いいえ。昨日、ダイティーイ様のお部屋からも、アクルーニズ家から渡されたという魔法の道具が、幾つも出てきました。ダイティーイ様は、アクルーニズ家に命じられて、魔法の道具を管理していたのですわ」
「……アクルーニズ家が……」
立ち止まるフィレスレア様。
そしてトレイトライル様は、私に向かって怒鳴る。
「り、リリヴァリルフィラン!! それはどういうことだ!? そんな大事なことっ……なぜ黙っていた!? そんなことがあったのなら早く言え!!」
「黙っていたのではありませんし、そんなに大声を出されても困ります。だいたい、いつも私のお話をまっっったく聞いてくださらないのは、あなたの方ではありませんか。さっきだって、私の話を聞くつもりなんて、まるでなかったのでしょう?」
「ぐっ……く……」
悔しそうなトレイトライル様は、反論の言葉に窮しているかと思えば、すぐまた私に向かって怒鳴り出す。
「お前の話など!! 聞く必要がないだけだ! そ、それなのに私を陥れるような真似をして、どういうつもりだ!! 恩知らずめっ……!!」
「陥れる? 恩知らず?」
「婚約を破棄されたのは、お前がどうしようもなく馬鹿な女だからだ! すべてお前のせいだ!! それでもお前をここに置いてやっただろうっ…………!! それなのに、自らの罪は認めずに悪あがきばかりっ……」
「……トレイトライル様……一体何をおっしゃっていますの? 私をここから追放しなかったのは、単にアクルーニズ家とフォーフィイ家が怖かっただけでしょう?」
「そ、それはっ…………」
「恩と言えば、自分の幸運に対して感じていますわ。この城に来てからというもの、あなたに蔑まれ、酷い扱いを受けたことに関しては、心の底から永遠に恨みますが、婚約破棄に関しては、むしろ、破棄できた幸運を泣いて喜びたいくらいですから」
「なっ……なんだとっ……」
「だって私、あなたのような方なんて、心底嫌ですもの。だいたい、私がこの城へ来た時、顔を合わせるなり、こんなものを誰がよこしたと怒鳴ったことをお忘れですか? 私の方も、突然馬車に乗せられ、婚約しろと告げられたのです。私にとって、あなたに婚約を破棄されたことは、ただ勝手に言われたことを勝手に撤回されただけ。あなたにとっては領主になるための手段だったのでしょう? それだけですわ。私が今、トレイトライル様とこうして対峙しているのは、あなたを陥れたいからではなくて、あなたが先ほどから喚いてうるさいからです」
「うるさい!?? うるさいだとっ……!?」
「はい。とても。私は封印の魔法の杖を探すと約束しています。ですから、先ほどあなたからいただいたもののことをおうかがいしたいのです。あなたではなく、フィレスレア様に」
私は、階下のフィレスレア様に、隠し持っていたものを見せた。先ほど、倒れたトレイトライル様から掠め取ったものだ。
「なんです? それは」
たずねるフィレスレア様に、私は素直にトレイトライル様から先ほど拝借したものです、と答えた。
「ダイティーイ様のお部屋で似たようなものを見てしまったので、少しお借りしました」
「……ダイティーイ様のお部屋で?」
「ええ。同じものをダイティーイ様が持っていらっしゃいました。おそらく、アクルーニズ家からの譲り受けたものでしょう」
「……」
フィレスレア様は、道具をまじまじと見つめていた。
けれど、これは決して借りたものではなく掠め取らせていただいたものなので、当然トレイトライル様は「いつのまに盗んだ!?」と怒鳴り出しますが、無視。
フィレスレア様は、私が見せたものにそっと魔法をかける。するとそれは、ゆっくり形を変えていく。どこかで見たことがあるような……
「……デシリー様の……牢獄の魔法の針……?」
「……それを使って作られたのでしょう……リリヴァリルフィラン様は、よくご存知のはずです」
フィレスレア様はそう言って、ぐるんとトレイトライル様に振り向いた。
「……トーレイートラーーイールーさ、ま! これは、どういうことですか? つかず離れずどころか、べーーったりと協力していた、ということかしらぁ……」
「ち、ちがっ……落ち着け! フィレスレア!!」
「…………そういえば、トレイトライル様……封印の魔法の杖が暴走した時、随分都合のいいタイミングで動いたなぁと思っていましたが…………まさかぁ……デシリー様と手を組んでいた、なぁんてこと、ございませんよねぇ?」
フィレスレア様に、恐ろしい表情で言われて、トレイトライル様は真っ青だ。焦ってフィレスレア様を宥めにかかろうとしているようだが、それでフィレスレア様が止まるとも思えない。
「落ち着け。落ち着くんだ。フィレスレア……本当に違う。こ、これは、悪女リリヴァリルフィランの企みだ! その女は、ダイティーイの部屋からかすめとって来たものを、私のものだと喚いているだけだ!! 先程駆け寄って来たのだって、私に剣が向けられ、心配するあまり駆け寄って来たに決まっている!! そ、それともリリヴァリルフィラン! お前はそれを抜き取るために私に駆け寄ったと言うのか!?」
「はい。言います」
「…………」
即答すると、トレイトライル様は絶句してしまう。
「あなたの身を案じる必要がありまして? あなたは無傷ではありませんか。首が落ちたわけでもあるまいし」
「わっ……私は魔力を奪われたんだぞ!」
「それが何か? 私にだって魔力はありませんわ」
「お前はずっとないだろう! 私にはあるんだ!」
「ある、ではなく、あった、の間違いですわね。とにかく、私はそれが欲しかっただけです。他意は全くありません。フィレスレア様も、どうか絶対に決して何があっても誤解なさらないでください!! その誤解は、本当に迷惑ですわ!」
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