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68.いつかは
しおりを挟む激昂した様子の伯爵様は、私を指差して喚き出した。
「無礼者!! こ、こんな無礼を働くなんてっ……よ、よくそんなことが言えたものだ!!!! 下品な女めっ……お、お前なんてっ……早く追い出しておけばよかった!!!! こ、殺しておけばよかったんだ!! 何度そうしようと思ったか……そ、それを、ここまで生かしておいてやったのに!! 恩知らずがっ……!」
「落ち着いてください、伯爵様。そんなに焦らなくてもいいではありませんか。あなたは、常に上を目指す、とても向上心のある方です。ですから、アクルーニズ家が自分の上にいることも、それはそれは腹立たしいことだったのでしょう。いつかチャンスが来たら、アクルーニズ家にも潰れてもらう気だったのではありませんか?」
たずねる私に、顔を怒りに染めた伯爵様が迫ってくる。
「黙れっっ……!! 黙れえっっ……! よ、よくもっ……よくもこんなことができたものだ!! こ、このっ……!」
今更怖くもなんともない。この方は腹を立てると、いつだってこうだった。私を殴り倒してすぐに足蹴にする。怯えて逃げれば、相手に愉悦を与えるだけ。
だから動かずにいると、私の前に、閣下が立ち塞がった。
すぐにでも殴りかかるような勢いだったはずの伯爵様は、目の前にこれまでいなかったはずの敵が現れて、たじろいでいる。
「か、閣下……そ、その女が申していることは……」
「リリヴァリルフィランの言うとおりだ。そんな証拠を残してしまうようなアクルーニズ家ではないはずだ」
「し、しかしっ! で、では、それが私たちが用意したものだと、どうやって証明するつもりです!? そ、そ、そんなこと……できるはずがっ……!」
「すぐに貴様の屋敷に使いをやる。調べれば出てくるんじゃないか? 他にも、アクルーニズ家を糾弾させるために用意した罠の一つや二つ」
「そ、それはっ…………な、何のことだか……」
だらだと額に汗を流し、しどろもどろになる伯爵様。
トレイトライル様に渡されたものに、実はアクルーニズ家を陥れるための罠が用意されていたことを知り、デシリー様は、ゆっくりと伯爵様に振り向いた。
「……伯爵様…………これは一体、どういうことでしょう?」
「…………こ、これはっ……違う! ち、違うっ!! こんなことっ……こ、これは陰謀だ……こんなものは……陰謀に決まっている!!」
そう喚く伯爵様は、私を指差した。
「リリヴァリルフィランっ……こ、こんな無礼は初めてだっ……! よくもっ……よくもこんなことができたな! これは陰謀だ!」
……それはもう聞き飽きましたわ。
部屋中から注がれる冷たい視線にも、伯爵様はすでに気づくことができないくらいに焦っておられるご様子。
私は何も企んでいません、そう言おうとしたけれど、私より先に、恐ろしい顔をしたデシリー様が口を開いた。
「……陰謀? 陰謀ですって? あなたがそれをよく言えたものです…………フォーフィイ家はいつかは反旗を翻すと思っていましたわ」
「……な、なんだと…………?」
「いつかは裏切ると思っていたと言っているのです。強く便利なものに媚を売ることばかりが得意な伯爵様なら、いずれ、私たちよりもうまい蜜をくれるものに寝返るはずですもの」
「無礼なっ……! あ、あなたこそっ……アクルーニズ家こそ、国王の失脚を企む一族! い、いずれ陛下に反旗を翻そうとしていた家の者が、何を言う!!」
喚きだす伯爵様の前で、デシリー様はニヤリと笑う。
「フォーフィイ家が陛下を陥れようとしていた証拠を、私は幾つも持っていましてよ」
「な、なんだと!? どういうことだ!! デシリー!!」
「あなた方が、身の程をわきまえずにアクルーニズ家に反抗しようとしていたことに、私たちが気づかないとでも思っていたのですが? 伯爵様がご自分のお屋敷に、封印の魔法の杖を用意するための薬や、そのために必要な魔法の道具を集めていたことは、商人たちや、彼らに協力していた魔法使いたちに手を回し、調べ上げています。証拠もありましてよ? アクルーニズ家は、いずれ陛下にそれをご報告するつもりでした」
「なっ……何をっ…………どういうつもりだ!? まさかっ……アクルーニズ家は、私に間諜を送っていたのか!? ゆ、許さんぞ!」
「伯爵様。私たちは、フォーフィイ家の動きにいち早く気づいただけです。あなた方のその野蛮なやり方には、私たちも嫌気が差していました。そちらの鍵ですが、私には、その作成に関わった魔法使いくらい見当がつきますわ」
「なんだと……デシリー・アクルーニズ!! それはどういうことだ!?」
「あなたが怪しげな動きをする時にいつも頼りにする魔法使いなど、お見通しだと言うことです」
「き、貴様っ……コソコソと卑怯な真似を……」
「私たちを陥れようとしていた方が、何をおっしゃいますの?」
「黙れ黙れ! 人の屋敷に間諜を送っておきながら、よくそんなことが言えたな!! デシリー・アクルーニズ!! アクルーニズ家こそ、人の家に土足で入り込む賊の集団ではないか!」
「……あら…………野蛮な方法で国王陛下を狙ったあなたが、よくそんなことを言えましたね」
「黙れ! そもそも封印の魔法の杖を用意するために竜を拘束したのは、アクルーニズ家ではないか!! そこに飛んでいるあの竜は、アクルーニズ家が連れてきたものだ! わざわざ、結界を破ってまで……閣下!! 悪いのはアクルーニズ家です!! 私は、奴らが陛下を陥れるために用意したさまざまな計画を具にここで説明することができます!」
伯爵様が喚いて閣下に振り向く。デシリー様も閣下に振り向いて、しばらく部屋は静かになる。
そして、閣下は二人に冷笑で答えた。
「もう醜くて見ていられないな」
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