69 / 96
69.おやめください
しおりを挟む閣下は、肩をすくめて言った。
「それぞれの言い分は分かった。言いたいことは後で聞こうではないか」
すると、デシリー様は無言で腕を組み、伯爵様は真っ青になって震えていた。
そして閣下は、私に振り向く。
「行こうか……リリヴァリルフィラン……」
こうして私に振り向く時は、いつもの閣下だ。いつも私を気遣ってくださる時の閣下のままだ……
そっと、恐る恐る、私はその手を取ろうとした。
けれども背後で伯爵様が喚く。
「閣下っ……! 本当に、そんなものを連れていくおつもりですか!?」
喚き始めた伯爵様に、閣下は近づいていく。それでも、伯爵様は喚き続けた。
「その女はっ……役にすら立たない奴隷です! あ、愛玩用になさるにしても、まだマシなものがあるでしょう! そんなものっ……」
喚く伯爵様の胸ぐらを閣下が掴み上げている。
けれど私の頭の中には、伯爵様に言われたことばかりが巡っていた。
……私だって、分かっています。そんなことくらい……
「おやめください……伯爵様……」
ぼんやりと漏れていく言葉は、きっと、自分に対してのものだったのかもしれない。
叶わない恋心なんて持つのは、やめてしまいなさいと。
「伯爵様。あなたに言われずとも、そんなことを考えるほど、私は身の程知らずではありませんわ。私は利用価値のある男が好きなのです。閣下なんて、公爵家の方ではありませんか。そんな面倒臭い方、ごめんです。玄関に近づいた途端、追い払われるのが関の山ですもの。閣下には、そのようなことも分かりませんの?」
例えば、フォーフィイ家のことがなかったとしても、公爵家が、私を認めるはずがない。将来を期待されたイールヴィルイ様の婚約者がこんなものでは、私でも反対する。
最初から、期待なんてしてない。閣下だって、何かの間違い……気の迷いですわ。他にもっと、潤沢な魔力を持った、教養も気品も申し分ない、美しい女性がいるはず。真に受けたりなんか、するはずないじゃないですか。
閣下に振り向くと、彼は無言で私を見下ろしていた。
「…………閣下は、本当に私を連れて行かれるおつもりですか? そんなことができると本当にお思いですか? 公爵家といえば、魔法の名家ではありませんか。それが……魔力のない私を? こんなに笑える冗談はありませんわ!!!!」
さすがは自分だと思った。こんな時でも、高笑いをあげられる。本当に、自分で自分のことを大笑いしたくなる。私はいつのまにか、閣下の隣に並べる気でいたのだ。
「それに、私に魔力がないことや、私が奴隷として扱われていたことを、伯爵家に出入りしていた貴族も、商人も、使用人たちも知っています。皆さまの前で鞭で打たれたこともあるのですよ? 本当に閣下は、こんなものを迎える気でしょうか……? わ、悪い冗談ですわっ……どうか……しています…………本当に……」
だんだん、声は消えそうになっていく。自分で暴露しておきながら、まだ未練があるというの……?
すると、鈍く恐ろしいほど激しい音がした。
驚いて顔を上げれば、閣下が伯爵様を殴り倒している。
「……貴様を生かしておく必要など、もうないようだな……リリヴァリルフィランは、俺が連れていく」
倒れた伯爵様は、すでに気絶していて、もう閣下の言葉は聞こえていないだろう。
私は慌てて、閣下に駆け寄った。
「かっ……閣下!?? な、何をされているのです!?? …………きゃっ……!」
驚く私の手を、閣下は強引に引っ張って連れて行った。
55
あなたにおすすめの小説
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
もうあなた達を愛する心はありません
佐藤 美奈
恋愛
セラフィーナ・リヒテンベルクは、公爵家の長女として王立学園の寮で生活している。ある午後、届いた手紙が彼女の世界を揺るがす。
差出人は兄ジョージで、内容は母イリスが兄の妻エレーヌをいびっているというものだった。最初は信じられなかったが、手紙の中で兄は母の嫉妬に苦しむエレーヌを心配し、セラフィーナに助けを求めていた。
理知的で優しい公爵夫人の母が信じられなかったが、兄の必死な頼みに胸が痛む。
セラフィーナは、一年ぶりに実家に帰ると、母が物置に閉じ込められていた。幸せだった家族の日常が壊れていく。魔法やファンタジー異世界系は、途中からあるかもしれません。
ラヴィニアは逃げられない
棗
恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。
大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。
父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。
ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。
※ムーンライトノベルズにも公開しています。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる