【完結】極悪と罵られた令嬢は、今日も気高く嫌われ続けることに決めました。憎まれるのは歓迎しますが、溺愛されても気づけません

迷路を跳ぶ狐

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70.揺らぐことは

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 何度か、抱き寄せられたことはある。抱き上げられて、窓から連れて行かれたことも。けれどその時は、ひどく優しくて、振り払おうと思えば、できた気がする。

 それなのに、今こうして私の手を握る彼の力は、ひどく強くて、抵抗する気も失せてしまう。

 閣下は私を庭に連れてきた。空は晴れて、涼しい風が吹いている。こんな時でなければ、気持ちいいと感じたはずなのに。

 閣下は立ち止まって、私に振り向いた。

 ずっと繋がれていた手が離れていく。やっと彼の手から逃れることができた。それを好機として、すぐに顔を背ける。もう閣下の顔を見ることができない。見れば必ずまた未練が湧く。

「……閣下……ど、どうなさいましたの? ……もしかして、腹を立てていらっしゃいますの? もしそうなら、申し訳ございません。けれど私は、何度も申し上げているように……一時の気の迷いの求婚なんてっ……きゃああっっ!!!!」

 言いかけた私を、閣下が抱きしめる。今度はあの時のように優しくない。まるで捕らえるかのような力だった。

 急に何をなさるの!!??

 いつもなら「抱き寄せていいか……?」なんて聞いてくださるのにっっ!! それなのに、こんなことっ……!!

 聞いてない。抱きしめられるなんて。

 閣下は私よりずっと背が高くて肩幅だって広い。そんな方に抱きしめられて、まるで包まれているようだった。
 腕の力が強い。私を微動だにさせないくらい。背後に回した手で強く引き寄せられて、少し苦しい。頭の後ろに回された手に、私の髪が絡みついていた。
 ひどく熱い体温を感じた。これだけ体を寄せているのだから、当然なのかもしれないけれど……

「か、閣下……?」

 引き摺り出した私の声が裏返っている。恥ずかしくなりそう。けれど、そんなことにすら構っていられない。強く、体全体で囚われたようで、心臓が苦しいくらいに早く脈打っている。恐れているのかと思った。多分、少しくらいはそう。だけど、それよりずっと、こうして閣下がそばにいてくれることに対する思いの方が強い。

 きっと、感情が顔にまで出てる。これではいけないのに、なんの気持ちに引き摺られたのか、涙まで滲んできた。

「か、閣下…………ど……どうされたのです?
「俺は、あなたというだけで好きだ」
「はいっ……!? ひゃっ……!」

 心臓に悪いので、そんな風に抱きしめないでくださいっ……!

 大きな体に強く締め付けるように抱きとめられて、息ができなくなりそう。

 しかもここは庭! こんな人目につく場所で、閣下が私を抱きしめていたら、後々何を言われるか分からない。

 それなのに、その力強い腕の中にいると、力が抜けてしまう。そして、逃げられるような気もしない。こんな腕の中から、逃げられるはずがない。

「あなたは先ほどから魔力がどうこう言うが、魔力がなくても、恐ろしくても負けずにいようとするあなたが好きだ。むしろ、魔力がない今のあなたが好きだが、魔力などで俺の気持ちが揺らぐことはない」
「か、閣下…………な、何を……」
「あなたが俺といるために気になることがあると言うなら、俺はそれを一つ一つ潰してやる。魔力なら、またあの時のように回復してやる。魔力以外には? 何があれば、俺はあなたを苦しめなくてすむ?」

 そう言った閣下の手が、微かに緩んだ。長く強くその体に抱き留められていたせいなのか、息が切れていた。
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