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91.しばらく時間を
しおりを挟む私がお礼を言うと、イールヴィルイ様は、そっと私から離れて行く。その温かい手が少し遠くへ行ってしまうことが惜しいと思った。だって、やっとお会いできたのに……
「な、なぜ……こちらに? 夜会までは、まだだいぶありますわ……」
「あなたが困っているのではないかと思って、予定を早めてきた」
「え……?」
た、確かに、困ってはいましたが……
閣下は鋭い目つきで、ホウィンドーグ様に振り向いた。
「……ホウィンドーグ、彼女に何をしている?」
「イールヴィルイ様。一族の皆様は、イールヴィルイ様の求婚が成功することを、心から願っておられます。そしてそれを成功させることが、私に与えられた使命……私は必ずこの結婚を成立させて見せます」
「そんな使命は捨てろ。俺は、彼女の意思を無視した婚約など望まない」
「イールヴィルイ様も、ご覧になったでしょう? 多くの貴族が、リリヴァリルフィラン様を迎えたいとおっしゃっているのです。もたもたしていると、リリヴァリルフィラン様を連れて行かれてしまいますよ?」
「黙れ。そんなことはさせない」
私に振り向いた閣下の大きな手が、私の手を取り引き寄せる。彼の手が私の腰に回り、気づけば彼の顔がすぐそばにあった。私を見下ろす彼の目が、私を捕らえる。包むように抱きしめられて、息ができなくなってしまいそう。
すっかり動けなくなってしまった私から、周りの皆さんに閣下は視線を移す。
「リリヴァリルフィランは、俺が連れて行く。他の誰にも、触れさせる気はない」
きっぱりと言ったその言葉に、全員が静まり返る。
そして最後に閣下は、ホウィンドーグ様に振り向いた。
他の方々が閣下の迫力に腰が引けてしまう中、この方だけは平然としている。
「イールヴィルイ様…………さすがでございます。そう来なくては……一族の方々に、良い報告ができそうです」
「黙れ。何を話す気か知らないが、貴様にも一族にも、リリヴァリルフィランには一切手出しをさせないからな……分かったら、貴様も一族のもとへ戻れ。帰ったらゆっくり話をしようと伝えておけ」
「では、私はこれで失礼いたしますが……どうか決してリリヴァリルフィラン様をお離しにならないように……」
「失せろ。次は忠告ではなく、魔法で貴様を消す」
「承知しました」
ホウィンドーグ様は、私に背を向け、窓を開いて空に飛んでいく。すぐそばに玄関があるのだから、そこから出ればいいのに……
やはり、縁談が来ないのは、閣下の責任だけではないような気がします……
ホウィンドーグ様が去っていった後も、閣下は私を離してくれない。私はずっとその腕の中で縮こまったままだ。
ど、どうしましょう……私、先ほどまで魔物と戦っていたせいで、髪はぐちゃぐちゃ、お化粧だってちゃんとしていないし、着ているものも、ずいぶん古びた一番動きやすいローブ……
待ち侘びた閣下との再会で、こんな姿を晒すはずではなかったのに!!
せっかく長い時間をかけて、閣下の前に出る時は美しい令嬢でいる用意をととのえたはずなのにっ……!
「あ、あの……閣下……」
「どうした? リリヴァリルフィラン」
「…………」
どうしよう……せっかくの再会なのに、黙り込んでしまうなんて。
先ほどデシリー様だって相手にしたばかりなのにっ……あの時だって、もう震えたりはしなかったのに、私は腰が引けている。
もちろんこれまで、夜会に向けての準備はしてきた。作法は念入りに、ダンスの練習は、クリエレスア様と彼女の従者の方に付き合ってもらって、毎日した。けれどまだだいぶ危なっかしい。すべてが大急ぎで取り繕った感じがする。閣下の前で嫌われるようなことをしなければいいのだけれど……だって、いつまで経っても身につかない。そもそも閣下に踊っていただけるかも分からない……貴族の美しい女性に囲まれていたらどうしよう……そんなことばかり考えていたら、頭が痛くなりそうだった。
思い出したらまたいつもみたいに落ち込んでしまいそう。
すると、クリエレスア様が、一歩前に出て言った。
「イールヴィルイ様。どうかしばらく、私にお時間をくださいませんか?」
「……時間?」
「ええ。ご覧ください。リリヴァリルフィラン様は、今まで魔物と、それに等しいような方々のお相手をしていて、まだ夜会に出るための準備が整っていないのですわ! ですからどうか、今しばらく私に時間をください。すぐにリリヴァリルフィラン様の用意を整えてご覧に入れますわ!」
それを聞いた閣下は、私を見下ろした。
「リリヴァリルフィラン……俺が会いにきたのは……迷惑だったか?」
「い、いいえ!! とんでもございませんっ……! ただっ……き、今日のためにっ……閣下にお会いする時のために、私はずっと準備を重ねてきたのですわ!」
「俺に……会うために…………?」
閣下にじっと見下ろされて、ますます恥ずかしくなる。
私は何を口走っているのか……こんなことを閣下に暴露してどうするの!? これでは今日のために念入りに準備を重ねたことを暴露したもの同然……
「あっ……あの……ち、違うのです…………別に……私は……その…………」
ああ、何一つ、適当な言い訳が思いつかない。だってもう、閣下にお会いできたことだけで頭がいっぱいで……
すると、閣下はそっと私の頬に触れた。
「ひゃっ……か、閣下……?」
「分かった。待とう……俺も、あなたの思いが嬉しい」
「閣下……」
つい、見上げてしまう。すると、閣下と目があって、ますます胸が苦しくなる。少しの間離れることすら惜しくなりそうだった。
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