【完結】極悪と罵られた令嬢は、今日も気高く嫌われ続けることに決めました。憎まれるのは歓迎しますが、溺愛されても気づけません

迷路を跳ぶ狐

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90.懐かしくすら

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 考えられない贈り物に、その場に集まった方々全てが引く中、ホウィンドーグ様はまるでそれを気にせず、私に振り向いた。

「少々手違いがあったようですが……リリヴァリルフィラン様。ぜひ、ランフォッド家にいらしてください。当主様をはじめ、一族は、あなたを歓迎いたします」
「ええ。もちろんですわ」

 即答する私に、皆さんが振り向く。
 クリエレスア様が心配そうに「よろしいのですか?」と小声で聞いてきて、ジレスフォーズ様までもが「リリヴァリルフィラン……し、しかし……いいのか?」と聞いてくる。

「もちろんです。私はずっと、イールヴィルイ様をお守りするため、ランフォッド家に仕えることを目標にしてきました。そのためにはいくつも困難があることなど、すでに承知の上です。今更この程度のこと、怖くもなんともありませんわ!」

 キッパリと言うと、ホウィンドーグ様ですら少し驚いたようだった。けれど、私の覚悟を舐めないでいただきたいわ!
 魔法もろくに使えない私が、イールヴィルイ様のそばに行こうというのだもの。正直、暗殺者の一人くらいくるのではないかと思っていた。それなのに、来たのは殺意のない執事が一人。想像よりも、ずっと可愛らしい。

 とはいえ、勝手なことまで看過する気はない。相手はランフォッド家の方ですが、例えそうであっても、閣下は絶対にこんなことを望まない。

「ホウィンドーグ様。私は確かに、イールヴィルイ様と過ごしたいと思っておりますが、それは今ではありません。私がまだまだ実力不足なことは存じ上げております。今のままの私で、ランフォッド家の城に上がり込むつもりはございません。先ほど申し上げたことを曲げる気もございません」
「リリヴァリルフィラン様……」

 ホウィンドーグ様は驚いたのか、少しの間立ち尽くし、頷いた。

「つまり、順番が逆だと、そう仰りたいのですね?」
「ええ」
「まずは婚約から……そういうことでしたか……」
「へ!? いや……わ、私が申し上げているのは、そういうことではありませんわ!」
「承知しました。では、まずは婚約の手続きからさせていただきましょう」
「私の話を聞いてくださいましたか!?」
「ご安心ください。全て私に任せていただければ、明日までには完了いたします」
「勝手にそのようなことをされては困ります。だいたい、そのようなことを、今ここでおっしゃってしまって、よろしいのですか?」

 今、ここには沢山の貴族の方々がいらっしゃる。それなのに、そんなことを口走ってしまっていいの? さすがに体裁が悪いでは済まされないような気がする。

 けれど、ホウィンドーグ様は、焦るどころか不敵に笑う。

「そのようなことをご心配でしたか。ご安心ください。それなら、裏工作で全てなかったことにしてご覧に入れましょう」
「……」

 慣れた様子でそんなことを言われると、かなり戸惑ってしまう。

 この方……普段からそんなことしているのかしら……

 呆然とする一同の前で、ホウィンドーグ様は勝手に話を進めていく。

「では、リリヴァリルフィラン様。早速、婚約と結婚の準備を始めましょう。必要な書類は全て私が用意しています。サインなどは全て私が偽造しますので、どうかご心配なく」
「偽造と言われて何を安心しろとおっしゃるのですか……勝手な真似をされては困ります!」

 もう! これだけ人の話を開かない方は初めてです!!

 怒鳴っても、ホウィンドーグ様は聞いているとは思えない。魔法で次々書類を作り出していく。手際が良すぎて引きますわ!

 けれどその時、彼が持っていた書類が、激しい炎に包まれた。燃え上がる炎は、偽物の書類を全て焼き尽くし、黒く残った書類の破片だけがハラハラと散っていく。

 突然のことに、皆さんは絶句。書類を持っていたホウィンドーグ様も、彼自身は無事だったけれど、消え失せた書類の破片が散っていくのを眼の辺りにして、そのまま立ち尽くしていた。

「失せろ。ホウィンドーグ……リリヴァリルフィランに近づくな」

 懐かしくすら思える声に振り向く。

 いらっしゃるのは夜になると思っていたのに……

 けれど、その声……確かに聞き覚えがある。だって、ずっとお会いしたかった。ずっと、お会いするために準備してきたのですもの。

 廊下の向こうには、待ち続けた人が立っていた。夜会のためのものなのか、夜に映える美しい刺繍の入ったローブを纏い、長い髪を黒いリボンで結った彼は、私たちに近づいてくる。その金色の目を見ただけで、私は射すくめられてしまいそうだった。
 その冷たくも感じるのに美しい様に、誰もが息を呑む。

 イールヴィルイ様だ……

 待ち侘びたその人が、私に歩み寄ってくる。

 私は、全く動くことができなかった。

 代わりに周りの皆様が、彼の通る道を開けていく。

 イールヴィルイ様は、そっと私の手を取った。その指の感触まで覚えている。初めてここへ来たその日にも、閣下は優しく私を抱き寄せてくれたのだから。

「……かっ……閣下っっ…………」

 けれど、久しぶりにお会いしたというのに、その目はどこか憂いに曇っている。その理由はすぐに知れて、彼は私を心配そうに見下ろしていた。

「怪我は……?」
「……へっ……!?」
「怪我はないか? リリヴァリルフィラン……」
「え、ええ……あ、ありがとうございます……イールヴィルイ様…………」
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