89 / 96
89.そんなことをした覚えはありません!
しおりを挟むジレスフォーズ様が、「リリヴァリルフィランを追い出すつもりはない」と宣言されて、場に動揺が広がる。
すると、ホウィンドーグ様が、パンパンと手を叩いた。
「皆様。どうか落ち着いてください。リリヴァリルフィラン様もジレスフォーズ様も困っていらっしゃいます」
彼は、優しくそう言って、言い争う方々の前に出る。
「それに、リリヴァリルフィラン様は、すでにランフォッド家のイールヴィルイ様とご結婚されています。勝手なことを言うのはやめていただきたい」
「な、なんだとっ……!? け、結婚!??」
「そんな話は聞いたことがないぞ!!」
「ど、どういうことです!?」
皆さんが戸惑って口々にホウィンドーグ様にたずねている。
けれど、一番驚いたのはやっぱり私。
結婚!!??
そんなことした覚えはまるでないのですが!?? なぜこんなことをおっしゃるの!?
驚く私はホウィンドーグ様を見上げるけれど、彼は柔和な笑みを浮かべている。嘘をついているようには見えないし……きっと何か勘違いをしていらっしゃるのだわ!!
「……あの、ホウィンドーグ様……私、結婚なんて全く覚えがないのですが……何かの勘違いではないでしょうか」
「ご安心ください。奥手でゲスなイールヴィルイ様に変わり、私が全ての手続きを進めております」
「はい!?」
手続きって、この方何をおっしゃっているの!? そんなことになっているなんて、聞いたことがない。
それなのに、ホウィンドーグ様は平然と続ける。
「何しろ、数多の縁談を木っ端微塵に打ち砕き、ついには縁談なんてまるで来なくなってしまったイールヴィルイ様のもとに、あなたが現れたのです。すぐに結婚の準備をするようにと、一族の方々に命じられております」
「お、お待ちくださいっ……! 命じられたからと言って、そんなことをされては困りますわ! そ、それに、ランフォッド家は、私に魔力がないことをご存知ないのですか!? ランフォッド家といえば、強力な魔力を持ち、国の魔法の研究に携わる一族のはずです! それなのに……」
「もちろん、存じ上げております。しかし、魔力なんてどうでもいいのです」
「ど、どうでもっ……!?」
「はい。確かにランフォッド家は、最強の魔法使いの一族と言われていますが、その目的は、貴族として、魔物から王を、国を、民を守ることです。魔力など、あろうがなかろうが、どうでもいいのです。長く城を守り、魔物を遠ざけて来たあなたを、一族の方々はぜひ迎えたいと考えていらっしゃいます」
「ホウィンドーグ様…………」
まさか、そんなふうに言っていただけるとは思わなかった。魔力のない私は、長く魔法を研究して来たランフォッド家からは疎ましく思われるとばかり思っていたのに……
驚く私に、ホウィンドーグ様は優しく微笑んだ。
「リリヴァリルフィラン様。私どもも、魔力をほとんど使うことなく魔物を相手にするあなたには、非常に興味を持っております。しかし、そのことがなかったとしても、あなたにはランフォッド家に来ていただきたい。あなたがイールヴィルイ様の意中の方なら尚更……当主様には、どんな手を使ってでも連れてくるようにと命じられております」
「…………どんな手を?」
なんだかまた不穏なことを言い出した。
もちろん、ランフォッド家に召し抱えていただけたらいいな、とは思っていたけれど、私はわがままなのです! 意に反することには従えませんわ!
けれど、ホウィンドーグ様は淡々と続けた。
「とりあえず、もたもたしているイールヴィルイ様に代わって、婚姻の手続きは進めております。すぐにでも、婚姻を結べます。なんなら、今すぐにでも。夜会の場を、結婚発表の場にしませんか?」
「しません」
「なぜですっっ!!??」
「なぜ驚かれるのです!? 勝手にそんなことをされては困りますわ!」
勝手にそんな手続きを進められては困る。そもそも、そんなことを同意なく勝手に進めることなんてできないはずなのに。
それなのに、ホウィンドーグ様はしばらく考えて的外れなことを言い出す。
「……なるほど、婚姻の準備をしていないことを心配しておられるのですね」
「いいえ。そんなことより、別のことを心配しています」
「ご安心ください。既成事実と初夜の準備は整っております」
「そんなこと心配してません!!」
「さらには婚姻の式典のためのドレスも用意しております。こちらは一族からの贈り物で、選りすぐりの惚れ薬、媚薬をご用意致しました」
そう言って、ホウィンドーグ様は、魔法で彼の身長ほどもある箱をいくつも出現させては、次々に積み上げていく。あっという間に廊下には箱の山ができてしまった。
驚く一同の前で、ホウィンドーグ様は箱の中から一本の瓶を取り出し、「こちらは当主様おすすめの媚薬です」などと言い出した。
もう怖い。縁談が来なくなったのは、閣下のせいだけではないのではないでしょうか……
「さらには、夜を盛り上げるための各種玩具なども用意してございます。そしてこちらは、結婚の際の肖像画になります」
彼は魔法で、天井まで届きそうな肖像画を取り出して見せてくる。美しい額縁に飾られたそれには、私と閣下が、ランフォッド家の紋章が描かれている美しい衣装に身を包み、仲睦まじく並んでいる。しかし、そんなもの描かれた覚えはないし、そもそも結婚の際って、そんなことしてない!!
「ドレスや媚薬などは、ジレスフォーズ様を通してあなたにお渡ししたはずなのですが……」
そう言いながら、ホウィンドーグ様はジレスフォーズ様に振り向く。
すると、ジレスフォーズ様は顔をそむけて言った。
「い、いやー……ホウィンドーグ様……あ、あのようなものはさすがに……リリヴァリルフィランは、その……魔力がほとんどないため、魔法から身を守ることが苦手です。ですからー……そのぉー……あ、ああいったものを贈られてしまうと、その……箱を開いた途端、魔法にかかってしまう可能性もございまして…………そ、そういったものを贈るのはどうかなーと……いえ! も、もちろん、私は素晴らしい贈り物だと思うのですがっ!!!! し、しかし、い、イールヴィルイ様のご意向もおうかがいしておかないとと思いまして!! ですからー、そのー、夜会の日でもいいかなーーと…………」
ホウィンドーグ様に睨まれて、ジレスフォーズ様は迷いながらも弁解を繰り返す。
そんなものを送られていたら、あっさり魔法にかかった私は、久しぶりにイールヴィルイ様と再会できたとしても、何をしていたかわからない。
私は、ジレスフォーズ様に心底感謝した。
32
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。
みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。
死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。
母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。
無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。
王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え?
「ファビアン様に死期が迫ってる!」
王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ?
慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。
不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。
幸せな結末を、ぜひご確認ください!!
(※本編はヒロイン視点、全5話完結)
(※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします)
※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる